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番外編 (2) 冷たい紅(雪村冬馬・視点)
 こんなに長い停電は初めてだ。風雨もなく落雷もないこんな穏やかな夜に、どうしてこんな長い停電なんだろうか。僕は首を傾げる。インターネットも見れないので、情報がない。心細くなってくる。非常用のラジオを用意していなかったことを後悔する。

にもかかわらず、海野君はいたって陽気で、むらしの段階に入っていたのでご飯が炊き上がっていたと嬉しそうに言った。今、ロウソクの灯りをたよりにお結びを作ってくれている。ロウソクは海野君がアロマテラピー用に持っていたものだ。海野君の部屋の香りの正体はそれだったようだ。こんな事態にならなければ、僕はきっとその趣味を無駄で、危険だと決めつけていたに違いない。心なしかロウソクがエッヘンとふんぞり返っているように見えた。

「せっかくですから、庭で食べませんか?」
 庭には小さなテーブルと二人掛けのベンチが置かれている。置いてあるだけで、いつもは見もしないテーブルとベンチ。少し肌寒いので、座布団代わりのクッションを海野君に持たせ、お結びの皿と飲物を乗せたお盆を僕が階下へと運んだ。

 月明かりで明るかったけれど、テーブルの上にアロマテラピー用のポットに入れたロウソクを置いて灯りをとる。電気のない夜、ちっぽけな火がやけに頼もしく感じられる。
「お結びだけでごめんなさい」
 海野君が申し訳なさそうに言った。
「仕方がないよ。こんな事態なんだし」
 僕は手を伸ばして、少しばかりいびつな形のお結びを頬張った。梅干しの良い匂いがして、清冽な酸味が口中に広がる。僕は梅干しのお結びが一番好きだ。
「美味しいよ」
 僕の感想に海野君がほっとしたように笑った。

 ここ数日で、ぐっと気温が下がったおかげで、庭の木々は慌てて冬支度を始めている様子だ。柿の木は紅葉したいのにできなかったという風に斑に色づいた葉を無念そうに散らし、もみじは好きな人に告白する直前の女の子みたいに紅色に染まっている。僕は、ふと思いついて、懐中電灯でもみじの木をライトアップしてみた。後ろで海野君のため息にも似た歓声が上がる。
「すっごく綺麗ですよー。でも電池がもったいなくないですか?」
「少しくらい大丈夫だよ」
 海野君の主婦じみた意見に苦笑しながら、僕もベンチへ戻りライトアップしたもみじを見る。

 このもみじの木は、傍にある庭石を飾るように庭師がこだわって小さく仕立てていて、海野君の身長ほどしか高さがない。だから赤く紅葉した葉を間近で見ることができる。月明かりの緑陰の下、もみじは篝火のように紅く薄闇の中に浮かび上がって見えた。
 
 海野君はしばらく無言でお結びを食べていたが、おもむろに立ち上がって、真っ赤に色づいたもみじの木に歩み寄った。 海野君は、そのもみじに近づいて、まるで焚火に手をかざしているみたいに両手をかざした。何をしているのかと僕は首を傾げる。やがてベンチに戻ってきた海野君に問いかけた。
「何をしてたんだい?」
「だって、真っ赤で温かそうに見えたから」
 海野君の不満げな声に、僕はクスリと笑う。
「で?温かかった?」
 海野君は隣に座って、僕の腕に手を回すと肩に顔をすりよせてきた。
「冷たかったです。グレーシャーブルーの先生の方が温かいです」
 冷たい紅、温かい氷河の青
読んでくださってありがとうございました。
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