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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

怖いひとたち

2LDK、いわくつき、2万2千円

作者:鈴本耕太郎
 社会人になったばかりの頃、それまで住んでいたおんぼろアパートが取り壊される事になった。老朽化が原因らしく、新しく建て直すという話だったと思う。それに伴って、引っ越しを余儀なくされた訳なんだけど、その当時の俺には金がなかった。今も大して持ってはいないが、当時は引っ越しすら危ぶまれるレベルだったんだ。
 それでも何とかしなければいけないって事で必死になって金策したり、安い物件を探し回ったりした。そんな時に目に留まったのが、いわくつき物件だった。

 見つけたのは、二LDKで二万二千円。築たったの三年、バストイレ別で四畳のウォークインクローゼット付、更には二台分の駐車場まで付いていて、駅までたったの五分という超が付くほどお得な物件だった。外観も内装も綺麗で、部屋も広くて申し分なかった。
 問題点があるとすれば、夜な夜な声が聞こえるらしいという事。お祓いも効果がなく、新築時の三年前から、何人もの人が入れ替わっているようだった。
 という事を、不動産会社のお姉さんが丁寧に教えてくれた。 
 本来なら客には教えない情報らしいのだが、たまたま俺が、お姉さんの弟に似ていた為に心配してくれたらしい。せっかくの好意ではあったのだが、如何せん金がなかった。お姉さんに、お礼と謝罪をして、そのアパートを契約した。

 正直言えば、信じてなかったのだ。
 今の時代に幽霊なんて非科学的な存在がいる訳がない。
 そう思っていた。

 友人に協力して貰い、行った引っ越し作業。諸々の作業を終え、友人にお礼を言って送り出した時には、すでに日付が変わっていた。まだ開封していない段ボールがいくつかあったが、疲れていた事もあり、その日は風呂に入って寝る事にしたんだ。
 色々と嫌な噂を聞いていた事もあって警戒していたのだが、特にそれまでは変わった事はなかった。そのまま何も起きずに朝を迎えるだろうと楽観視して眠りについた。

 異変が起きたのは深夜二時を回った頃だった。
 不快感を感じて目を覚ました俺は、変な音が聞こえる事に気が付いたのだ。それはガサガサと何かを引っ掻くような音だった。
 噂を思い出して、一瞬恐怖を感じたのだが、すぐに気が付いた。これは壁の中に小動物が入ってしまったのではないかと。そこで俺は、隣人に迷惑かとも思ったが、壁を一発殴らせて貰った。すると、あっさり音は治まったのだ。
 間違いない。
 お祓いなんて効く訳がないのだ。
 そう思うと、あまりにもバカらしくなった。
 明日、管理会社に連絡しようと心に決めた。

 声が聞こえたのは、そんな時だった。

『……て』

 初めは気のせいかと思った。

『……い』

『……けて』

『……がい』

 でもその声は何度も繰り替えされ、徐々にではあるが、はっきりと俺の耳に届くようになってきた。
 か細くて弱々しい子供の声だった。
 心臓がバカみたいに大きな音で脈打ち、呼吸まで浅くなった。俺は震える手でリモコンを弄り、灯りを付けた。明るくすれば大丈夫。何の理由もなく思いついた希望は、聞こえてくる声によって、あっさりと崩れ去ってしまった。

 やばい、やばい、やばい、やばい……。

 とにかくここに居たらダメだ。
 そう思った俺は慌てて着替えて、スマホに財布、鍵だけをもって外へと飛び出した。ガチャガチャと震える手で鍵をかけて、車まで走った。慌てて乗り込み、エンジンボタンを押した。最悪の事態を想定していたけれど、何の問題もなくエンジンがかかった。僅かに安堵し、そのままアクセルを踏み込んで近くのコンビニへと向かった。
 駐車場に車を停めて店内に駆け込むと、ようやく冷静さが戻って来た。
 不審な顔でこちらを見る店員に、軽く頭を下げて雑誌コーナーへと向かった。適当な漫画雑誌を開いて、溜息を吐き出した。

 違和感を感じて見下ろせば、Tシャツを前後ろ逆に着てしまっていた。
 情けない。
 そんな事を想いつつも、俺は引っ越し早々に挫けそうになっていたのだ。
 翌日が休みである事だけが、僅かに救いだった。

 結局その後、ファミレスへと向かい、朝まで過ごした。
 そして完全に日が昇るのを待って、自宅へと戻った。怖くて仕方なかったが、帰らない訳にもいかなかったのだ。
 部屋に入ると電気もエアコンも点けっぱなしになっていた。何かするべきなのに、何をしていいのか分からなくて、俺はしばらくその場に立尽くしていた。

 どういう訳か、声は聞こえなくなっていた。

 寝不足の頭でしばらく考えて、何も思いつかなかった。そしてそのまま眠る事にした。昼間なら、きっと大丈夫。自分に言い聞かせて、夏掛けの布団を頭からかぶった。

 目が覚めたのは、すでに昼過ぎ。
 ダラダラと顔を洗い、着替えをして軽食をとった。

 大丈夫。

 そうやって自分に言い聞かせた。

 粗品を持って挨拶周りに向かった。隣の部屋の人には前日壁を叩いた事を謝らなければいけない。意を決してチャイムを鳴らす。インターホンから見えるように粗品を持って待っていると、ドアが開いた。
 出て来たのは、人の好さそうなおっさんだった。用意していた言葉を喋れば、おっさんは気にするなと笑った。どうやら夜の仕事をしているらしく、夜中は不在らしい。俺の住んでいる部屋の噂についても知っているらしく、夜の仕事を勧められた。
 夜に家にいる事がないというお隣さんは、あの声を聞いた事がないらしい。
「仕事が休みの日はどこで過ごしているんですか?」
 そう問いかければ、これの所だと小指を上げて笑って見せた。このおっさん、なかなかモテるみたいだった。

 一通りの挨拶を済ませて、部屋に戻った俺はどうしようかと頭を悩ませた。さすがに入社して半年も経ってないのに、こんな理由で転職する訳にもいかない。かと言って、もう一度引っ越すだけの金はない。結局答えなんて出ないまま、再び夜を迎えた。

 前日同様に夜の早い時間は何もなかった。
 やはり幽霊だから丑三つ時がいいのだろうか。そんな事を考えていたら、そのまま眠ってしまっていた。目を覚ました時には既に時計は、深夜の一時を回っていた。

 逃げたい。

 そうは思ったが、まだ引っ越してからたったの二日。
 こんな早くに逃げ出したら、良い笑い物になってしまう。友人や会社の人達に揶揄われる事を想像して、今日は部屋に留まろうと決心した。

 二時過ぎ。
 前日と同じように何かを引っ掻くような音が部屋に響いた。
 今度は何もせずに、じっと待つ。明るくした部屋の中で、御守を握り締めながら。

 ――そして。

『……て』

『……い』

『……けて』

『……がい』

 声が聞こえて来た。
 身体の震えを必死で堪え、聞こえてくる声に耳を澄ませる。
 大丈夫。
 何もされない。
 そうやって自分に言い聞かせながら、何と言っているのかを聞き取ろうと努めた。それが分かれば、対処法が見つかるような気がしたから。
 しかし、か細い声は聞き取り辛く、何と言っているのか分からないまま恐怖ばかりが募っていく。すぐにでも逃げ出したいと思うと同時に、しっかりと聞き取らなければいけないとも思った。相反する二つの気持ちがせめぎ合う中で、俺は必死でその場に留まり続けた。

 どれだけの時間をそうやって、過ごしていたのだろうか。
 ようやく聞き取れた声は、どうしようもない程の悲しみを含んでいるように思えた。

『たすけて。おねがい』

 それは助けを求めるモノだったのだ。

 言葉の意味が分かった時、不思議と恐怖心が消えた。俺は声の出どころを探すようにゆっくりと移動する。
 ウォークインクローゼットを開けて、衣装ケースをどかす。
 そこにあるのはただの壁。
 何かあるとするならば、壁の向こう。少し前に見せて貰った見取り図によれば、このアパートは隣合う部屋が勝手違いになっていたはずで、この向こう側にあるのは、お隣さんのウォークインクローゼット。俺は嫌な予感を抑えながら、聞こえてくる声へと耳を澄ませた。

『お願い、助けて』
 先程よりもはっきりと聞こえるようになった声。勇気を振り絞り壁をノックした。

 ――沈黙。
 少しして、叩き返された壁と、先程よりも大きくなった声。

『助けて!』

 間違いない。
 幽霊なんかじゃない。
 嫌な予感が当たってしまった事に、焦りを感じつつ、壁の向こうに向かって慎重に声をかけた。

 ――そして。
 大方の事情を聞いた俺は、大きくため息を吐き出した。

 隣の部屋に姉妹が監禁されている。

『お姉ちゃんを助けて』

 壁の向こうで泣いているであろう健気な少女を必死で励ましながら、急いで警察に電話した。始めは半信半疑だった警察も、壁越しに聞こえる少女の声を聞いて、ようやく信じてくれた。

 目立たないように原付でやってきた、交番勤務だという警察官を部屋に案内し、一緒に少女と話をした。警察官がどこかに連絡をすると、その後はあっという間だった。

 隣人は逮捕され、少女は保護された。
 聞いた話によると、彼女達の両親は失踪扱いになっており、犯人の供述から殺害された事が判明した。そして両親の殺害と同時期の三年ほど前から監禁を続けていたという。

 これで事件は無事に解決。
 のはずなのだが、保護された少女の内、既に一人は亡くなっていた。ウォークインクローゼット内の壁際に横たわっていた少女の遺体は、既に腐敗が始まっており、死後一週間程と判断された。少女の手は、爪が剥がれ、壁を引っ掻いた後が無数に残っていたそうだ。
 生き残った姉は、死亡した妹とは別の場所に監禁されており、鎖に繋がれて身動きが出来ない状態だったという。

 また最初に駆けつけてくれた警察官と、後日に話をしたところ、俺が通報した際の電話の録音音声に少女の声は一切残っていなかったそうだ。さらに現場検証の結果、アパートの壁には、それなりの防音性があり、声が聞こえる事はあっても壁を挟んでの会話は不可能だと判断された。

 その話を聞いた時、不思議と恐怖心は全く感じなかった。代わりに助けてやれなかったという強い無力感に襲われた。少なくとも俺が越して来たタイミングでは既に手遅れだった訳だが、どうにかして助けてやりたかったと思わずにはいられない。

 深夜二時。
 ウォークインクローゼットの壁の前。
 ジュースとお菓子を置いて手を合わせた。
 それに何の意味もない。
 でも、何もせずにはいられなかったのだ。

 その時、壁の向こうから声が聞こえた。

『お姉ちゃんを助けてくれてありがとう』

 一度きりのその声は、俺の願望が生み出した幻聴だったのかもしれない。
 あれ以来、壁の向こうから声は聞こえない。













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