いらっしゃいませ。
どうぞこちらへ。
本日はいかがなさいますか?
甘い香りのバイオレットフィズ?
それとも、危険な香りのテキーラサンライズ?
はたまた、大人の香りのマティーニ?
わかりました。本日のスペシャルですね。
少々お待ちください。
本日のカクテルの名前はガタガタ椅子でございます。
ごゆっくりどうぞ。
私は小さなカフェを開くことにした。
そして、店に並べる家具を選びに、アンティークの店を覗くのが少し日課になりつつあった。
そんなある日、とても味がある椅子を見つけた。かなりの年代ものらしく、いい木の色が出ていて、その肌は何とも言えない艶さえある腰掛椅子で、カウンター用に使うには丁度よさそうな高さだった。
私に触ってごらん。とその椅子は私に呟いているように思えた。
私はその誘惑に負けて手を、その椅子に伸ばした。
その触り心地は、引っかかりもなく、ザラザラ感もない。なんとも心地よい感触だった。
私は店員に断りをいれて、腰を掛けてみることにした。
すると、座り心地はガタガタと安定性がなく、いいものではなかったのだが、私はその揺れがなんだか気に入ってしまったのだった。
店員はガタつかないように足を揃えますよ。と言ってくれたが、カウンターの高さからあまりに低くては使い勝手がよくないと、適当な理由をつけて、少し考えたふりをして購入したのだった。
店員はしつこく足のガタつきを気にしていたが、私はこれでいいと、きっぱりつっぱねてお金を強引に手渡し、ソソクさとその椅子を抱えて店を後にしたのだった。
どうせ、高い買い物でもないし、いざとなったら私だってノコギリくらい。
その帰り道は、まるで衝動買いをしてしまった罪悪感を思いっきり引きずるかのように、店になる予定地に重い足取りで辿り着いた。
私は、あまりない予算の中で無理を言ってやってもらっている、兄貴の知り合いの頭領に頭を下げた。
頭領は昔堅気の職人さんで、現場監督をしている兄貴のところの大工の中では一番の腕の持ち主らしかった。
あまり急いでいないと言う私に、暇をみてやってやると、ブッキラボウに言って、図面に少し手を加えながらいい内装を作りあげてくれていた。
私があまりに毎日顔を出すものだから、無愛想だった頭領もこの頃は挨拶くらいしてくれるようになっていたのだった。
私は買って来た椅子を、形がやっと見えてきたカウンターの前に置いてみた。
思った通りぴったりの高さだった。
私はそれに腰を掛けてみた。やはりガタガタ、椅子は揺れた。
私はお客さんに座らせるにはちょっぴり危ないから、レジのところで事務用にして私専用にしようと決めた。
そしてカタカタリズムを刻んでいると、頭領が手を止めて私のところに無愛想な顔を相変わらず崩さずに、よう。と低い声で挨拶して近寄ってきたのだった。
私はご苦労様ですと、すかさず缶コーヒーを差し出すと、少し照れてありがとよ。と受け取った。
頭領は缶を持ち上げ、コーヒーの銘柄をみるので、ポッカですよ。と言うと、おうっ。また無愛想に答えたのだった。
私が店をゆっくり眺め渡していると、こんなもんでいいだろ。と呟いた。
私はさすがですね。と誉めると、鼻の下を指で擦った。そして、コーヒーをすすりながら頭領はふと、私が揺らしている椅子に目をやった。
私は今アンティークの店に行って買って来たことと、このガタガタいうところが気に入っていると、早口で説明した。
ちょっと見せてくれ。と言うなりその椅子の足元にある柄を手で確かめるように撫でて言った。
この椅子はワザと足の長さを変えてるんだな。見てみな、足元の動物の足のような柄はどれをとっても擦り減った痕がない。しかもどれも極端な曲がりもない。きっと、何かの目的があってやったんだろう。こんないい木を使って、しかもこの造り。かなりの腕の職人が作ったにちがいないからな。
そういうと頭領は、ご馳走さんと言って仕事に戻っていった。
このガタつきに目的?私は少し考えたが、帰って打ち合わせがあることを急に思い出し、簡単な挨拶を頭領にしてそこを後にしたのだった。
そして、それから間もなくして、頭領の頑張りもあって私の店は開店を迎えた。
私的には、店のコンセプトが落ち着きのあるアメリカの田舎をイメージした板張りのカフェで、インテリアには西部劇に出てくる馬の蹄や、カウボーイの使ったようなロープ、骨董品の拳銃。それにジェームスディーンばりの爽やかなガンマンのレトロなお尋ねものの写真など、少し古びた感じを出す塗装まで施して、なかなか思い通りの店が出来上がったのだった。
そして、小さいながらもある駅の近くに店を出したのが幸いしてか、結構な繁盛ぶりに私自身驚いた。
本番のアメリカの肉料理や、少し違うが、メキシコのスパイスが効いたタコス、そして自慢のコーヒー。これをランチにしたのが評判になったらしい。
都内ではあまり珍しくないものも、この辺の近郊あたりでは珍しいかったのもあるみたいであった。
そして、しばらくたっても、噂を聞いた家族連れのお客さんや、カップル、そして学生や奥様方と、客足はいい調子だった。
そんなある日、あれは平日の昼時が落ち付いてきた頃に、一人の人相が怪しい男のお客が入ってきた。
男はコーヒーを注文すると、レジの脇に席を陣取った。
そして腰掛けたのはあの椅子だった。
普段、私はお客さんがその椅子に座ろうとすると、謝って足つきが悪いから使わないようにと言うのだが、そのお客にはナゼか言わなかった。
男は細い目であちこちを見て回し、何かのタイミングを伺うかのように黙ったままで静かだった。そして、他のお客さんが出て行った後に、しばらくして男は急に立ち上がろうとした、が、椅子の思わぬガタつきに足を取られたらしく、凄い勢いで倒れ込んだのだった。
私は男を見ると、その手にはナイフが握られていた。
私はそれを見た瞬間体が固まってしまた。が、同時に店のドアが開き、誰かが入ってきた。
頭領だった。
私は倒れた男をとっさに指さして悲鳴を上げた。
頭領は倒れた男の手にあるナイフを見て、一瞬にしてそれを蹴り上げた。そして男を締め上げたのだった。
男は私が電話した警察に引き取られて行った。
私は頭領に半泣きでお礼を言った。すると頭領はじゃあ、コーヒーおごってくれと笑ったのだった。
それからしばらくまた忙しい日が続いた。
そしてまた、ある日のこと、今度はかなり元気のない青年が、混雑した時間帯にやってきた。
彼は満席の店を見て、帰ろうとしたのだが、私はナゼか、その青年に無性に興味を惹かれ、やはり普段は出さないあの椅子を出して、座り心地のよくないことを説明し、それでもよければと勧めてみると、構わないと彼は席についたのだった。
青年はコーヒーを注文し、しばらく賑やかな周りをよそに、ため息混じりにコーヒーにゆっくりゆっくり口つけていた。
やがて、青年は組んでいた足を変えようとした時に椅子のガタつきに振られ、倒れそうになったが、大丈夫だった。
青年は少し不機嫌そうに座り直すと、今度はその椅子をワザと揺らし始めた。
すると何かに気が付いたような表情になり、夢中で軽快なリズムをとり出した。
しばらくすると、それは手にもリズムが飛び乗ったように弾け出し、彼はみるみる元気になって、上機嫌で店を後にした。
そして、ニ、三日してふと見た雑誌に、この間の青年が大きな写真で載っていて驚いた。
記事によれば、彼は某有名な人気グループのメンバーで、ドラムス担当のリーダーだったらしい。
彼はスランプで曲のイメージに行き詰まっていたのが、息抜きで出掛けた先で違った空気に触れて何かを感じてこの曲ができた。と書いていたのだった。
私は驚いたが、何かそれが、あの時に奏でた軽快なリズムだたのかなと、勝手に期待して笑ってしまったのだった。
そして私は今日、落ち着いた時間を見計らって、たまってしまった店の売り上げの整理をしていた。
この椅子に座って。
つかの間のお客がいない間になんとか少しでもやってしまわないとと思っていると、いきなり店のドアが開いた。
私はすっかり油断してたせいで、椅子のガタつきを忘れて立ち上がった瞬間、つまづいて倒れそうになった。
しかし、その突然入って来たお客さんに抱きかかえられた。
見上げると、そこには感じの良さそうな男の人が立っていた。
私は、私は迂濶にも一目惚れしてしまったのだった。
そして私はこの椅子のおかげで、運命的な出会いをしたのであった。
おしまい。
いかがでしたか?
今日のオススメのカクテルの味は。
またのご来店、心よりお待ち申し上げております。では。 |