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キャッチとアイのないテキスト 作者:日野泰雅
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41.普通の小説として扱われてしまうならラノベとしての意義はどこにゆくのか


 先に書くが、公立中学校の図書室にラノベを置くことには(現状だと)反対の立場だ。
 これが私学や高等であれば言うことはないし、部外者が口を出すのは「誰だおまえ」になる。
 ラノベの定義だの中身だの表紙だの、そういった問題以前の話。
 内容が卑猥だとか、漫画と変わらんとか、そんな話じゃなく。

 今の世の中で、税金(の一部分)を使ってまで娯楽作品・嗜好品を買い与えることにどれだけの必要性があるのか? が無視されすぎだと感じる。

(ここに「ラノベも○○も内容はそんなに変わらない。ラノベだけを嗜好品とするのはおかしい」というような言い分があるかもしれないが、文学・文芸がある中で「ラノベ」として出版されている以上は、その違いこそ無視するのはおかしい)

 こんなん、金が貯まらないと言いながら酒やタバコは購入しているようなものじゃねえのかとすら思う。公務員や議員が公費で業務に無関係な各々の欲しい物を購入するなどと報道されたら高確率でバッシングが起こるだろう。
 図書等購入費もその元をたどれば国民の税金だ。
 皆から徴収した税金でラノベを買いあたえますと発言したらどうだろうか? よほど余裕のある人でなければいい顔はしないと思うのだ。
 多額の税金を納められているわけではないのでそんな大義名分を偉そうに言える人間ではないけれど、それゆえに、これっぽっちもいい顔はできない。これは余裕がない僕だけなのだろうか。
 医療や福祉などにきっちり回るのであれば(よほどの人からでなければ)文句は出ないだろうが、一部の享楽にまわされているとわかれば、違和感を持つのではないかと。

 ラノベを含む様々な本を置きたいなら、出版社から集めるなり本を置きたい生徒たちから費用を徴収するなり、そういった方針に切り替えればいいのではないのか。
 それか、PCかタブレットを用意して青空文庫なり「なろう」なりに繋がるようにしておけば、それなりに読むようになると思う。

 そもそも本を読む習慣が身につかない、なんてのは個々の特性で変わること。
 大人が強制しなくとも読む必要があれば読むし、読まない者は優遇措置をとろうと読書をする人間にならない。
 読まないでいて後悔することになっても本人の問題であって社会が介入することではない。そんなのは親がする教育であろう。

 本を読ませたいなら「本を読んでいたことの利点」を言動や生き方で示せばいいだけではないだろうか。
 例えば、まともに良いとされる本を読んでこなかったら常識や知識や語彙が少なく低収入で落伍者の僕のようになったとか、そういう反面教師を出したほうが効果はあると思う。



  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 子供が「勉強にもなる本を買うからお金をくれ」といって、渡したお金でラノベを買っていたとしたら、自分ならどう反応するかを考えればいい。
 内容次第で諌めるのが多数になるだろうか。

 僕ならまず怒る。内容がどうこうではない。
 正直に申請しなかったことを怒る。
 趣味というのは自分で支払える安全な範囲でやるものなのだと、そういうことを教えるほうがいい。
 子供はいないがそう考えておく。
生活や精神的に余裕のある人たちはこんなことを気にしないのだろう。
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