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番外編 素直でない義弟夫婦

義姉のモリーヌ視点で、結婚してしばらく経った頃の二人を。

 


 



「え? 結婚!? あのエヴィーが?」

 モリーヌ・リドレイは夫の言葉に大変驚いた。

 エヴィーと言うのは、彼女の夫の弟、エヴァラード・リドレイの事である。

 彼はモリーヌの五つ年下で軍隊出身。今は大陸横断鉄道会社の設計部に勤めている、前途有望な青年だ。金髪と青い目を持つ美男で、どことなく冷たい雰囲気を持つ合理主義者だが、義姉のモリーヌとは割合気が合い、甥である息子のフィンも可愛がってくれるから悪い人間という訳では決してない。

 しかし、女性との噂もよく聞くし、彼自身も自分の欠点を自覚していて家庭には向かないと思っている様子だったから、モリーヌは、彼は一生結婚しないのだろうと何となく感じていた。

 だからこその驚きである。

「それでお相手はどんな方なの? あのエヴィーに年貢を納めさせることができたなんて」

 よく動くようになったフィンを目で追いながらモリーヌが更に夫を追及する。

「え? じゃあ、おじい様が探してきた女の方を押し付けられるって事なの?」

 夫と義弟の祖父、ヴィリアン・リドレイは厳格な人だが、そんな理不尽な事はしない人物である。それに口や態度は厳しくても、内心自分によく似た末の孫のエヴァラードを大変気に入っている事は、兄嫁のモリーヌの目にも明らかだ。

「あのおじい様が! 信じられない」

 更に驚いた事に、エヴァラードは見ず知らずの娘との結婚を承知したと言う。

 なにかあるんだわ。

 モリーヌはそう考えた。

 自分も夫もごくごく平凡な人間である。更に言えば夫の両親たちもそうだ。

 だが、ヴィリアンとエヴァラードは違う。彼らは顔だちも似ているが、人を寄せ付けない雰囲気を持ちながら、それでも磁力のように周りの人間たちから否応なく注目を集めてしまう、そういう種類の人間であった。

 姿も頭もよく、その才気と魅力を以って。

 しかし、晩秋に行われた彼らの結婚式にモリーヌは生憎出席することができなかった。二歳のフィンが熱を出してしまったからだ。帰ってきた夫に尋ねても、女性を形容する語彙の乏しい朴念仁からは、彼女が満足する情報は少しも得られなかった。

 唯一聞けた言葉は、

「なんだか、灰色の娘だった」

 と言う、妙な言葉だけ。

 花嫁衣装を纏った新妻を形容するのに灰色とはどういう事なの?

 モリーヌの好奇心は最高潮に高まったが、これ以上夫を問い詰めてもどうにもならないと諦め、義弟夫婦に会える機会を自ら作ることにした。


 そして、義母にせっついて開いた茶会に現れた娘。

 本当だ。灰色だわ。

 正確には灰色だったのは髪と瞳だけなのだが、彼女の持つ静かな雰囲気と控えめな所作がそう思わせるのだ。姿勢がよく、聡明そうな顔立ちだったが、自分を主張する様子は少しも感じられなかった。

 でも、私はこの子が好きだ。

 直感的にそう思ったモリーヌは、初めて会った義弟の妻、マリエに駆け寄った。

「ようこそ!」

 その日開かれたお茶会は、マリエにとって決して楽しいものではなかったろう。

 地方出身の彼女に対し、社交が趣味である義母も義姉も、ねちねち嫌味は言うし、夫であるエヴァラードもそれへ少しも助け舟を出さなかったのだから。

 けれどマリエは大変巧みにそれらを受け流していた。穏やかな態度で夫の家族に相対し、尋ねられたことには適切で正直な答えを返していた。

 彼女が感情を表したのは唯一祖父、ヴィリアンの見舞いに行こうとした時だけで。

 やっぱり、何かあるんだわ。

 モリーヌはこの不思議な弟夫婦を、これからじっくり見守っていこうと、そう心に決めたのだった。


 それからは彼らに会う機会を努めて作るようにした。

 無論彼らも忙しいし、モリーヌにも家庭があるからそう頻繁におとなえる訳ではないが、それでも間を置く意味はある。

 エヴァラードとマリエ。

 愛し合って結ばれたわけではないだろう、この二人に少しずつ変化が見え始める。

 初めは夫であるエヴァラードが新妻に無関心なようで、マリエもそれに甘んじていた。結婚に向かないと言った彼の言葉通りだ。

 マリエは真面目な娘で、家の切り盛りが得意らしく、小さな古い家はいつも清潔で、良い香りがしていた。特に料理の腕前は主婦としては一流で、パンは自分で焼くし、肉料理などは絶品だ。そのせいか、あれほど外食が多かったエヴァラードが、近頃では殆どの夕食を家でとっていると言う。

 そして、モリーヌは気がついた。

 口では冷たげな事を言いつつも、その青い瞳がいつしかマリエの後姿を追っているという事を。自分の放った心無い言葉に、マリエがどう反応するか様子を伺っている。

 そんな事に少しも気づかないマリエは、モリーヌから見れば些か慎ましくしすぎるほどに夫の言葉を温和に受け流し、エヴァラードの気を引こうとしない。

 話しかける言葉も優しいながら最小限で自分の夫の名を呼ぼうとはせず、こんな小さな規模の家庭なのに、旦那様と一線を画した呼び方をしている。

 王都では珍しい灰色の髪をきっちり結い上げ、同じ色の瞳は思慮深げで。

 そして、あのエヴァラードの魅力に屈していない。

 女性に優しくされることに慣れた彼に、懸命に尽くしてはいてもその態度はどこか職業的で、エヴァラードはそこに苛立っているのだ。


「マリエ、茶を淹れてくれ」

「はい、旦那様」

 ぶっきらぼうな要求にマリエは素直に立ち上がる。彼女は部屋のすみっこで、遊びに来たフィンと積み木で遊んでくれていたのだ。

「フィンも行く」

「ダメですよ、お湯を使うから危ないです。お母様と待っていてね、フィン」

 追いすがるフィンを抱き上げ、丸いほっぺたにキスをして幼子を納得させると、モリーヌの腕に息子を返し、ふんわりと微笑んでマリエはエヴァラードの前をすたすた素通りしていく。

「あ、その……昨日君が作った菓子はまだあるか?」

「ありますよ。持ってきましょう」

 エヴァラードの言葉に、ほんの少し会釈してマリエは部屋を出て行った。すっと伸ばされたその背中を、エヴァラードは忌々しげに見つめている。


 へぇえ。

 モリーヌは思った。

 こぉれは、新しい楽しみができたわ。

「ねぇ、フィン?」

「えぅ!」


 春はまだ遠そうね。







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