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俺様のラッカス・後編

「そこかぁっ!!」

 やばい。あの男、絶対にラリッてやがる。

 俺様は長衣の切れ端を腕に巻きつけて、慌てて上昇した。しかし、一度見つけたものはなかなか見逃さないのが人間という生き物である。俺様がいくら上昇しても見失ってくれそうにないし、残念ながら俺様は成人男性が走るくらいの速さでしか飛べないのだ。

「待てコラァ!」

「バケモンが!」

「汚ねぇ事しやがって!!」

 その言葉を聞いて、俺様は思わず呟いた。

「そう思うなら、一人くらい彼女の傍にいてやれよ……」

 聞こえたところで、奴らがどうリアクションするか知らないが。

 俺様はゆっくり旋回して、物陰に隠れたりしながら移動を試みたが、少し動いては発見され、少し動いてはまた見つかるの繰り返しだった。そして奴らは、俺様が飛ぶより少々早く走っては、俺様に乱暴な手つきでナイフや小石を投げてくるのだ。

 ……ひょっとして、史上最大の危機なのだろうか。


 また隠れたり見つかったりしながら、俺は教会の上まで戻ってきた。

 ちなみに相手は全員まだついてきていて、教会の下から「降りてきやがれ!」とか「教会に乗るんじゃねー、ドラキュラの癖して!!」とか叫んでいる。

 突っ込みどころがありすぎる。彼らが日頃からキリスト教を信仰しているとは思えないし、ちゃんと手入れされている純銀の十字架でもないと俺様にダメージは与えられない。ちなみにドラキュラというのは、有名な話だが小説上の人名で……もういいや。

 どうせここにいるのはバレバレなので、居心地のいい十字架の上に腰掛けながら、俺様は策を巡らせた。

 真っ二つになった長衣は……俺様の両腕に巻きついているが、これを使おうとしても数分しかもたないだろう。一番いいのは、その数分でなるべく遠くまで行くことだ。風も使って……うまくいけば、町を出られるだろう。なるべく上空を飛んで……

「あ、……駄目だ」

 旅をする吸血鬼には、鉢合わせを防いだり噂がたたないようにしたりするための絶対的なルールがある。その中でも基本なのが、「一度『食事』をした後で、その場所から二キロ以上離れたら、もうそこには戻ってはいけない」というものだ。

 つまり……まだ公園から二キロ以上離れるわけにはいかない。

 俺様はトランシルヴァニアの血を受け継ぐ立派なヴァンパイアだ。ラリッた若造相手に怯えてなどいられない。

 十字架から飛び立つと、下から聞こえる男達の怒鳴り声が大きくなった。ちょうど教会を三方向から取り囲んでいる。俺様はなるべく三人をばらばらにしておくために、そのうち体格がよくない二人を選ぶとその間に降下した。そのまま全速力で低空飛行しながら、俺様は周囲を気にせず大声で叫んだ。

「ラッカス!!」


 初めて出会ったとき、ラッカスはスマートな体を綺麗に揺らして、俺様にこう囁いた。

「あんたの影は、底無しに暗いのね」

 それは影猫としては、それなりに褒め言葉になるらしかった。


 影猫は、闇さえあれば生きていける点、吸血鬼よりも燃費がいい動物だ。とはいえ、とりわけ「濃い」影を持っているのは得てして人である。そのため、影猫は時折、こっそりと人の影に棲みつくものらしい。……そしてラッカスは、どういう理由なのかは知らないが、極端に濃い闇がないと生きていけない影猫なのだった。人間なら耐え切れないほどの濃い影が、住処として必要なのである。

 つまり。

 俺様がラッカスを捨てたら、ラッカスは確実に生きていけないのだ。


「何処にいるんだ、ラッカス!」

 ラッカスの好きな細い路地は、羽を広げた俺様には少々狭い。結果、速度が落ちる。小石の的になるくらいなら体力的には耐えられるが、精神的には結構きつい。トランシルヴァニアの血が泣く、という感じだ。

 それでも縫うように飛ぶと、とりあえず敵の目は逸らすことができる。俺様は自慢の聴力を駆使して、相手の足音を聞き取ると避けながら飛んだ。もちろん、ラッカスの軽い足音も聞き逃さないように注意している。

 ラッカスはなかなか見つからない。

「おい、ラッカス! 速く出て来いよ! ここを出たら、暖かくて柔らかい本物のマント新調してやるから!」

 少し太い道に出たので、少し速度を上げた。しかし挟み撃ちになりそうだったので、上昇して道を一本移る。また速度を落として、ついでに呼びかけてみる。そういう事を何度か繰り返すうちに、俺は公園周辺の半径二キロ地帯をほぼ全て回ってしまった。

 運が悪すぎる。ラッカスは久しぶりの遠出をしてしまったらしい。

 ここからどうするかはかなりの大問題だ。どちらかにずれながら進んでいくわけだが、一度半径二キロの範囲から出るともう戻れないわけだから、反対側に移動しようとすると、かなりの遠回りをして行かなければならない。

 本当に、笑わないでほしい。俺様たちがこういう細かいルールを死守しているおかげで、一般の方々は吸血鬼のことなんて何も知らずに過ごせているのである。

 とはいえ、時間がない。俺様は少しだけ考えて、再び教会の方へ移動することに決めた。「何かあったら」、とりあえず寝床に戻る。そういう事にしていた。寝床が神社ではなくて教会なのは、吸血鬼としての気分の問題ももちろんあるが、外から見てよく目立つのも大きな理由なのである。

 しかし、教会の方向から二キロ範囲を越える瞬間、俺様は少しだけ躊躇した。

 奴らはそれを見逃さなかった。俺様が動きを止めたのを見て、一気に近付いてくる。そして先頭を走るその男の手には、ナイフが握られていた……重くて投げられなかったのだろう。そのナイフは、普通の店ではお目にかかれないような大きさだった。

 あいにくこの道はひどく細いので、俺様の得意技である急旋回を使うのには無理がある。それでは上昇で避けるか……しかし、一歩進んだらもうバックできない今の状況で、下手な動きをすると一気に不利になる。


 あのナイフが刺さったらどうなるか、を考えてみる。心臓を貫通でもしない限り、致命的な攻撃にはならないだろうが、当たり所によってはここからの動作に支障が出てくるのは間違いない。動脈が切れると、かなりまずいだろう。吸血鬼は貧血に弱いわけで……しかも俺様は、種族としての血も半分なら年齢だってまだ二桁の半人前なのだ。


「覚悟しやがれっ!」

 男はナイフを振り上げた。俺様は仕方なく身構える。

 ところが、次の瞬間。


「なっ、何すんだよこの野郎!!」

 男が悲鳴にも似た声をあげた。見ると、ナイフを持った手首に何かがくっついている。真っ黒くて、少々丸っこい……


「ラッカス!!」


 ラッカスは俺の声を聞かなかったことにしたようだ。手首から軽やかに跳び上がると、そのまま男の顔に猛烈な引っ掻きを食らわせる。あー、あれすごく痛いんだよな。

「ぎゃああっ!」

 男が堪らず悲鳴を上げる。背後にいた二人が慌てて駆け寄った。

 ラッカスはその瞬間を見逃さなかった。街灯が作った三人の影が、接近することで重なったのを確認すると、その中に飛び込んだのである。ラッカスの姿は急に見えなくなる。三人はしばらく、混乱して周囲を見回していたが、不意に揃ってばったりと倒れてしまった。

 ラッカス自身も、かなり濃い闇を持つ影猫だ。普通の人間では、三人がかりでも耐えられないのである。

 ラッカスは失神した三人の下から再び軽やかに跳び出して来た。俺は駆け寄ってラッカスを抱えると、そのまま一気に上昇した。


 長衣はすっかり破れてしまって、俺の周囲をふらふらと回転していた。これでは数分どころか一分もつかも怪しいが、失神した追っ手を撒くには十分だろう。

 俺様は飛び続けながら、腕の中のラッカスを撫でた。

「ありがとうな、ラッカス。助けてくれて」

 ラッカスは長いため息をついた。

「あーあ。あたしはあんたの使い魔じゃないんだからね? でも……」

 言いかけて、ラッカスはまた息をつく。ところが今度は、どうやら喉を鳴らしているようだった。ゴロゴロいう音が心地よい。

「……でも、ありがとうね。探してくれて」

 満月はそろそろ沈んでしまいそうだ。朝日が出る前に、新しい寝床を見つけないと……長衣をかぶっていれば屋根の上でも平気なのだが、しばらくはちゃんと日陰を探さなければならない。

 日光は苦手だ。

「廃屋とかねーかな……」

「お寺の森は?」

「ふざけんなよっ!」

 とりあえず俺様は、もう少し飛び続けることにした。

 まったく、いい夜は長続きしない。



連休中に書きあがる予定が……

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