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消えた冬将軍

作者:海見みみみ
 もみじが紅く染まる頃。
 気象庁に新人の鈴木さんが登庁してきました。その顔には汗が浮かび、どこか焦った様子です。
「おう、どうした新入り」
 そんな鈴木さんを見て、先輩の職員が声をかけてきました。
「実はお手紙を預かってきたんです」
「手紙? 誰からだ」
「冬将軍です」
「なんだそりゃ」
 先輩職員が手紙を受け取ります。そこにはていねいな文字でこう書かれていました。
『今年はお休みをいただきます・冬将軍より』
 手紙を見て先輩職員の顔色が変わります。
「これは大変なことになったぞ!」
 先輩職員が慌てるのも無理はありません。そう、今年は冬将軍がお休みすることで、日本に冬がやってこなくなってしまったのです。

 夜、仕事を終え鈴木さんは街なかを歩いていました。すると巨大なモニターが今日のニュースを伝えます。
『今年は冬将軍が休暇届を出したことで、日本に冬が訪れないことになりました』
 ニュースを聞いて街の人々の反応は様々です。
「たまには冬が来ないのもいいんじゃない?」
「寒いのは嫌だしねぇ」
「暖かく過ごせるならそれが一番だ」
 街の人々の声を聞き、鈴木さんは複雑な表情を浮かべました。

 それから一ヶ月後。もうカレンダーは十二月に近づいているのに、冬の寒さは訪れず気温は暖かいままです。
 鈴木さんが気象庁に登庁すると、先輩職員が慌てた表情で駆け寄ってきました。
「新入り!」
「おはようございます。どうされたんですか、そんなに慌てて」
「各地からクレームが届いているんだよ! 冬将軍の休みを撤回させろと」
「それまたどうして」
 鈴木さんが疑問を口にします。しかし先輩職員は口をはさむ隙すら与えず鈴木さんに紙のリストを手渡してきました。
「とにかくここに書かれている場所に行ってクレーム対応してこい! それと」
「それと?」
「冬将軍を探してこい! お前、面識があるんだろう?」
「え、えぇ!」
 先輩職員の無理難題に思わず鈴木さんは声をあげてしまいました。

 仕方なく車に乗りクレーム対応の旅に出た鈴木さん。ついでに冬将軍も探さなければなりません。
 まず鈴木さんが向かった場所、そこは温泉街でした。その中の一軒の旅館に車を止め、クレームの電話をしてきたという女将さんに会いに行きます。実際に会ってみると、女将さんは心底困っているようでした。
「あの気象庁の者です」
「あら、あなたが。今、冬将軍さんはどうしています? まだ休暇を撤回していませんか?」
「残念ですが」
「そうですか」
 女将さんはすっかり落ち込んでしまいました。
「どうして冬将軍の休みを撤回したいんですか?」
 鈴木さんは思っていた疑問をそのまま女将さんにぶつけました。すると女将さんは真面目な表情で語り出します。
「うちの露天風呂は雪を見ながら入れることが売りなんです。でも冬が来ないと雪も降らないですし、客足が遠のいてしまって。今になって冬将軍さんのありがたさを実感していますよ」
 そう語る女将さんは、心の底から冬が来て欲しいと願っているようでした。
「ところで一つお尋ねしたいんですが」
「なんでしょう」
「冬将軍は今どこにいると思いますか?」
「さぁ、見当もつきませんね」
 その女将さんの一言に鈴木さんは落胆しました。

 続いて鈴木さんが向かったのは港町です。そこで鈴木さんはクレームの電話をしてきたという漁師さんと対面しました。
「冬将軍はまだ休みのままかい?」
「はい、残念ですが」
「そうかい」
 漁師さんは心から残念そうにそう言いました。
「冬が来ないから暖かくて済むというやつも居るが、俺たち漁師にとっては死活問題なんだよ」
「どういうことですか?」
「魚には旬というものがある。冬が来なければ、冬に旬を迎える魚を捕る事もできない。困ったものだよ」
 そう言って漁師さんは缶コーヒーを一気に飲み干しました。
「冬将軍に来て欲しいという人もいるんですね」
「もちろんさ。俺たちが魚を捕れているのも冬将軍の旦那のおかげだからな。旦那には足を向けて眠れないよ」
 そう言って漁師さんは残念そうに顔をくしゃくしゃにして笑いました。
「今、冬将軍はどこにいると思います?」
 鈴木さんが尋ねると、漁師さんは笑顔を浮かべたまま答えました。
「さぁ、わからないね。きっとどこか暖かいところでのんびりしているんじゃないかな」

 最後に鈴木さんが向かった場所。そこはオモチャ工場でした。内緒の話ですが、オモチャ工場にはあのサンタクロースがいるのです。クレームはサンタクロースから寄せられたものでした。
「本物のサンタさんとお会いできるなんて光栄です」
 鈴木さんが手を差し出すと、サンタクロースは大きな手で優しく握り返してきました。
「日本のクリスマスは寒いからこそ盛り上がるイベントだ。このまま暖かいままじゃ、クリスマスは迎えられんのです」
 サンタクロースは自身の白いヒゲをさすりながらそう口にしました。
「寒い中、皆で集まって暖まりながらパーティをする。それが日本のクリスマスじゃないですか。暖かいクリスマスなんて迎えたら、子供たちも残念がりますよ」
「やはり冬将軍には休みを返上して欲しいですか?」
「それはもう。ぜひ冬将軍には日本にいてもらいたい。同じ冬を代表する風物詩としてね」
 そう言ってサンタクロースはどこか遠い目をしました。
「……サンタさんは、今冬将軍はどこにいると思いますか?」
 他の人達にもしてきたように鈴木さんが尋ねます。するとサンタクロースは意味深に笑みを浮かべました。
「そうですね、案外近くにいるかもしれませんよ」

 一日各地を回って、結局鈴木さんは冬将軍を見つけることができませんでした。鈴木さんは先輩職員にクレームの処理が済んだことと、冬将軍が見つからなかったことを伝えると、仕事を終え気象庁を出ます。
 夜の街なかを歩いていると、また様々な人の声が聞こえてきました。
「やっぱり暖かい冬なんて嫌だよな」
「冬将軍に戻ってきてほしいね」
「冬将軍、今ごろ何をしているのかな?」
 街なかの人々もまた冬将軍に戻ってきて欲しいと口々に言っていました。
「……冬将軍は多くの人から愛されていたんだな」
 鈴木さんはそう口にすると手をぎゅっと強く握りました。

 ビルの屋上で鈴木さんは街の景色をながめていました。
『冬将軍の休暇を返上して欲しいという声が全国から集ってきております』
 巨大モニターがニュースを報道します。
 鈴木さんは今日一日の事を思い出していました。
『今になって冬将軍さんのありがたさを実感していますよ』
『俺たちが魚を捕れているのも冬将軍の旦那のおかげだからな。旦那には足を向けて眠れないよ』
『ぜひ冬将軍には日本にいてもらいたい。同じ冬を代表する風物詩としてね』
 他にも多くの人が日本に冬将軍が戻ってくることを願っていました。その言葉を鈴木さんは一人噛み締めます。鈴木さんは内心ずっと思っていました。もう日本に冬将軍なんて必要ないんじゃないかって。しかし、
「どうやら私はまだまだ多くの人々に必要とされているようだ」
 そう口にすると、鈴木さんの姿が一瞬にして変わりました。大きなヒゲをたくわえ、鎧兜を身につけたその姿。それはまさに冬将軍そのものでした。
 そう、鈴木さんこそが実は冬将軍その人だったのです。
「さぁ、冬の始まりだ!」
 鈴木さん、もとい冬将軍が軍配を空に向けます。すると今までの暖かさがウソのように街なかが冷え込んでいきました。冷たく心地いい空気。日本に冬がやってきたのです。
「どれ、ここは一つオマケだ!」
 そう冬将軍は口にすると、大きく軍配を振り下ろしました。その途端、空からちらちらと何かが降ってきます。それは今年日本で初めて降る雪でした。
「雪だ!」
「冬将軍が帰ってきたんだ!」
「やったぞー!」
 街なかからは人々の歓声が聞こえてきます。それを聞いて、冬将軍は自分にまだ居場所があることを改めて確認し微笑んだのでした。


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