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魔法少女は空へ飛び立つ夢を見る 作者:楠楊
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第三話

 桜の花が何度ほころんでも、世界は春の空を知らない。
 覆う天蓋、黒いブラックホール。何もかも飲み込んでしまいそうな黒い天蓋は時として人間に感謝されながら畏怖の対象にもなっていた。天蓋の向こう――本来ならば空が見えるはずであるのに、黒く配色された天蓋のせいで空を見ることは叶わず、たとえ天蓋に透明色の板を使われていたとしても、異物を通して見た世界は昔見えたという"空"とは別物であろう。

 空を飛んで天蓋や住民を守る飛行警備隊・通称"魔法少女"。
 年端もいかない少女は女を知る時までしか輝けず、空を自由に舞うことができない。女を知ってしまったら、男を知ってしまったら、そして大人を知ってしまったら――両の羽がもがれてしまうのだ。それはきまり。それは規約。それは規律。子供と大人の区別が明瞭な時代において、権力や利益を求める大人は嫌われた。人間である以上求心力や向上心は必要であるというのに、作り物の翼で飛べるのは子供時代のみ。大人は汚れた存在だと決めつけられ、飛べない鳥が自力で餌をとれないように、じっくりとじんわりと真綿で首を絞められるように衰弱していくのだ。

「……ん」

 黒髪を乱して翼は起き上がる。閉じがちな目は線のように細く、開いていないと錯覚するほどだ。時刻は朝の六時に差し掛かり、太陽の代わりに朝を知らせる街灯がぼちぼちと灯り始める。翼は立ち上がると隣のベッドで寝ている少女の耳元でささやいた。

「起きろー空音。朝だぞ」
「……うぅ。まだ寝ていたいよぉ」
「起きろ。今日は入隊式だ。寝坊したら魔法少女になれなくなるぞ」
「そうだった……空音起きる……」

 赤い目をごしごし手で擦り、空音は夢の中に片足を突っ込んでいるような状態で上半身を起こす。うんと伸びをしてあくびもし、ベットからずるずる這い出た。

「顔洗ってこい。朝食は私が作る」
「はーうぃ」

 洗面所に空音を送り出し、翼はパジャマから制服へと着替える。魔法少女用の制服ではなく、隊員であることを示す制服だ。魔法少女の制服は一人一人デザインやテーマカラーが違っており、機動性よりも華やかさに重点を置かれている。対して隊員用の制服は組員であることを証明する画一的なもので、魔法少女を裏方で支える大人達は皆この隊員用制服姿で従事する。
 プチプチとボタンを外すと翼の平坦な胸が露になった。なだらかな丘というよりは硬さが目立ち、夢や希望を抱こうとしても無理だと理解してしまうほどにない。下着をつけずに寝るのが翼の習慣で、うつらうつらとした顔でのっそりと着替え終えた。

「ツーちゃん、制服似合ってるね」

 洗顔を終えた空音が戻ってきて、翼の上着を引っ張りながら言った。黒髪をなびかせる翼は細身で身長も高く、体の線が出る服を着こなす。これが空音となると、背を伸ばしてませている感がいなめなくなる。

「空音も似合うよ。ほら、着替えて着替えて」

 母親のように空音を急かし、翼は寮の部屋に備えつけてあるキッチンへと向かった。
 冷蔵庫の中を覗くと、賞味期限がきれそうな野菜と肉があった。それらを豪快にフライパンで一気に炒め、昨夜予約して炊いたごはんをよそる。

「もぐもぐ……ツーちゃんのご飯、空音好きだよ」

 ほっぺを膨らましながら空音はご飯を口に含んだ。喉が詰まりそうになったら水で流し込み、まるで早く席を立てと脅迫されているかのように急いでいる。
 そんな彼女を目にして、翼は空音の頬についていたご飯粒を手で取った。

「空音。急がなくても時間は大丈夫だよ」
「……ツーちゃんを待たせたくないから」
「何度も言ったじゃないか。私のことは気にしなくていい」

 透明なテーブルに用意された食事は空音の分だけだ。翼は水分を摂ることもせずに食事中の空音を見守り続ける。傍から見れば子供が食事を終えた後に食べる親のようにも見えるので、特別おかしな光景ではないのだが。

「ご飯美味しいよ?」

 空音はフォークでソーセージを刺し、翼の口元に近付ける。それを翼は丁寧に断った。

「空音も頑張ればご飯食べなくても生きていけるようになるのかなぁ」
「ならないよ。空音は人間だからね」

 頬杖をついて、翼は目を細めた。そして空音には自分のようにならないでほしいと願い、優しく空音の手に触れた。空音の手は小さいながらも熱があり、血管が通っている。弾力のある肌も作り物ではなく、生命の神秘ともいえる部分がたくさんあった。十歳という瑞々しい少女は翼が思っているほどに生きる力を抱えている。翼は固かった表情を崩し、空音が食事を終えるまでそこから離れなかった。





 年度替わりの四月。桜はすでに散り、春の陽気が街に漂っている。太陽光は天蓋に吸い込まれているので春という感覚も錯覚に近いのだが、鑑賞用植物機械は日本人の四季感を忘れないように様々な顔を見せる。
 四月の第一週。魔法少女科による春季魔法少女入隊式は例年通り厳粛に行われようとしていた。ホールには関係者と数百人もの見物客で埋め尽くされ、独特な熱気が場を満たす。その熱気は少女達のやる気や大人達の打算的願いを含み、夢を見続ける限り冷める気配がない。
 先月無事に試験を突破した翼と空音はそこで特待生として最初に呼名こめいされる。特に一級である翼は誓いの言葉を整然と宣言し、己が魔法少女として街を守ることを確約としてみせた。
 特待生である二人に対して良くない感情を持つ者は少なからずいたが、入隊式は滞りなく進んでいく。

「今日という素晴らしい日に――」

 市長が新しく配属された魔法少女達に長い祝辞でエールを送る。代替わりということで春季の入隊式は盛大に行われるのが通例であり、壇上には桜の枝がこさえられていた。勿論造花である。
 祝辞を聞きながら、翼は一級の名を何度も出されていることに気付き、自分はそんな褒められるようなことをするつもりはないと内心毒づいた。目立つ人物というのはいつの時代でも注目され僻みと羨望の的となる。壇上の人物から注がれる視線に嫌気が差し、翼はぼんやりと意識を遠のかせていた。

「ツーちゃん、ツーちゃん」

 隣にいる空音に上ずった声で話しかけられ、翼はふと我に返る。中央に立っているので話すだけでも目立つ行為であるのだが、上手く重なった祝辞の言葉に空音の私言はかき消された。

「お話長いね」
「大丈夫か? 足が痛くなったのか?」
「違うの……早くお空飛びたくて」
「そうか。あと少しの辛抱だ。今は我慢するんだぞ」

 空音の一番の理解者である翼は優しく呟き、空音の手を温かく握る。

「……ツーちゃん」

 手を握り返し、空音は大切な人の名前を紡いだ。抱きつきたくなるのを我慢して、手の温もりだけで我慢しようと棒立ちする。
 そうして格式高い入隊式は終わろうとしていた。



「ツーちゃん、これで毎日お空飛べるんだね!」

 入隊式終了後、二人は試験の翌日から利用している寮で休憩をとろうと向かっていた。必要最低限の家具は最初から取り付けられていたため、持ってくるのは己の体のみ。体に加え、空音はぬいぐるみやアルバムなど宝物をいくつか持ってきていた。
 親子のように微笑ましく手を繋ぎ、物理的に精神的に寄りかかろうとする翼と空音には相互依存の気があった。そのまま二人だけの世界に入ろうとしていたところ、第三者の声が仲睦まじい雰囲気を壊した。

「ちょっとあんたたち」

 刺を含む声が廊下の奥から届いてきた。
 橙色のツインアップにスタイルの良い肢体。姿勢は真っ直ぐに伸びており、自信に満ち溢れた少女――雲雀が一人で翼と空音に声をかけてきた。入隊を示す制服はパリッとしており、新しさが見て取れる。主張の弱い制服の色は、いるだけで華となる雲雀には不釣り合いだ。
 空音は気軽に声をかけようとしたが、翼は雲雀の心中を探るように睨みつける。首筋に針を刺されるのはお世辞にも気分がいいとは言えない。

「……何の用だ、雲雀」
「あ、あたしのこと覚えててくれたの」
「うるさいハエは潰そうと思っていたからな」
「……っ!」

 喜びで赤くなっていた雲雀の顔が激怒へと変わる。彼女は馬鹿にされたことに耐えられず翼へと肉迫し、感情の赴くままにがむしゃらな一発を叩きもうと腕を振り上げた。

「――だから人間は嫌いなんだ」

 翼が雲雀の腕を握りしめたため、雲雀の一撃は届かない。ただ翼は雲雀以上の力を加え、己に敵意を向けた少女の細腕に負荷をかける。その状態で雲雀の呻きを耳にしてもすぐには離そうとしなかった。

「いだいっ……いだだだ、放して!」
「自分から一方的に殴りつけようとしたのに、命乞いだけはするんだな」

 このままじゃ壊されるのではないかという恐怖にかられ、雲雀は一層声を張り上げる。

「……何よ冗談に決まってるじゃない! こんな冗談が通じないなんて、あんたの頭には石が詰まってるんじゃない? ……いいいっ、放しなさいよこのっ!」
「口だけはよく動く」

 苦渋にまみれた雲雀の顔を呆れたように見つめ、翼は手を離した。

「ツーちゃん、暴力はだめぽよ」
「……因果応報だ。空音、怖がらせてごめん」

 翼は空音の頭を撫で、それから自身の黒髪に指を絡ませ、雲雀へと視線を向けた。本来なら雲雀にびるべきなのであろうが、翼はやられたことを返しただけと謝る素振りを見せない。

「で、私達に何用かな雲雀」
「……あっあんた……本当にあたしと同じ人間なの? 魔法少女になりたいって思った女の子なの?」
「お前と価値観が違う人間は、全員人間ではないって言いたいのか? そりゃあおめでたい頭なことで」

 翼と雲雀はお互いに譲らず睨み合う。翼はやる気のないような半開きの目で、雲雀は主張の激しいつり目で。
 一歩も動けない魔法から先に解放されたのは、友人を隣につけた翼だった。

「……お前にとっては、飛行警備隊――魔法少女は憧れの的かもしれない。だが私と空音にとっては、魔法少女は合法的に空を飛んで天蓋へと近付ける方法なんだ。わかってくれとは言わない。私の価値観をお前に押し付けようとは思わない」
「あんた達はそんなに空が飛びたいの……?」

 雲雀の脳内にちらついたのは入隊試験後の会話だった。あの日雲雀は翼と空音が特待生であることを信じられずに突っかかり、喧嘩を売られた翼は事前に準備していた結果だと言い放った。準備していたということは真摯な気持ちで試験に向き合っていたのではないだろうか。ほとんどの少女達が何も準備せずに騒ぎながら試験に臨んでいたというのに、白と黒の二人は違っていたというのか。
 瞳を揺らして雲雀は迷っていると、そうだと翼が目で訴えかけてきた。

「夢に近付くために努力をするのは当たり前だ。その結果が特待生として認められただけのこと。もてはやされたいためだけに魔法少女になろうとした人間よりも強くて当たり前だろう」
「ツーちゃん、言い過ぎだよ。ツーちゃんも、もっと人間のこと知ろうとしないとダメ。これだから人間は……っていう言葉、ツーちゃんの悪い癖」
「そうだったな。善処する」

 空音に抱きつかれ、翼はそれ以上言うのをやめた。
 そんな翼の態度を了承だと受け取り、空音は雲雀に向けて微笑んだ。

「ヒバヒバ、また会おうね! ヒバヒバの飛ぶところ、空音見たいぽよっ」
「ヒバヒバ……?」

 雲雀がたじろいでいる間に翼と空音は通り過ぎる。
 気に食わない奴、と雲雀は小さくこぼした。それから見返してやる、と胸に新しい火をつけた。


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