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第二十二話

 藍の魔法少女が消えてもなお、七色の軌跡は残っていた。幼子のステップのように、道程は軽やかで乱れたリズムを刻んでいる。七色のうち、赤と青と紫のしるべは早々に薄れていった。残った四色が鮮やかに翼を導く。

 飛行警備隊本部にたどり着き、黄色の光が建物に吸い込まれた。

 住宅街を越えて、橙色の光があらぬ方向に道を外し、消滅した。

 研究所の上を飛び越えると、緑の光は渦を巻いて地下に沈んだ。

 最後に残った藍色の導きは、翼を縦横無尽に惑わした。天蓋を一周し、この道は間違いだったのではという後悔が胸に生まれたとき、小さな建物が見えてきた。天蓋の隅、地図に載っているかどうかあやしい僻地に、小奇麗な建物が一軒建っている。森に囲まれ別荘にも見えるそこからは子供らしき高い声が聞こえてきた。

 藍色の導きは建物の入口に続き、翼の訪れを今か今かと待ち望んでいる。

 建物の名前はどこにも書かれていなかった。表札もなく、子供がいるということ以外、外から得られる情報はない。

 入るべきかどうか建物の前で立ち往生していると、玄関の扉がぎいと開かれた。


「翼くんだね」


 中から出てきたのは物腰の柔らかそうな男であった。外に向ける剛ではなく、内へと秘める柔を感じさせる男は、にこやかな表情を崩さすに、「いらっしゃい」と来訪者を迎え入れた。

 困惑しながらも、これが九藍の示した場所だと決意を固め、翼は足を踏み入れる。

 建物の中では、たくさんの子供たちが無邪気に笑っていた。一人は積み木で遊び、一人はおもちゃで騒ぎ、一人は賑やかな中庭でうとうとしている。チャンバラごっこをしている子供達が賑やかな原因だ。部屋の隅っこで落書きをしていた子は男に褒められ、にいと歯を出した。

 喧嘩をしそうになると、近くにいた子供がだめだよと仲介に入る。誰かが一方的に悪者扱いされることはなかった。みんなが一人の声に耳を傾けていた。

 見慣れない客に子供達は興味津々で、翼はすぐに囲まれてしまった。その中にはかつて九藍に連れさられた子供の姿もあった。

 母親の声に怯えていた少女は、のびのびと翼に声をかけてきた。彼女は翼を覚えていたようで、あのときのお礼を恥ずかしげに言った。その中には九藍へのものも含まれていた。


「ここにいる子供たちは全員、九藍が連れてきた子なんだ」


 男は九藍に似て、どんなことを言われようとも波風吹かせないよという顔をしている。

 己の行動を咎めるような苦笑いではなく、ただ穏やかに通り抜ける空気に、翼は顎を引いて慎重に構えた。

 そんな翼の雰囲気を察してか、男はのんびりと話を切り出す。


「挨拶はこれぐらいにしておこうか。君はここまでの道のり覚えてる?」

「念のために記録してはあります」

「ははは、すごいなあ。用意周到だねぇ。聞きたいことがあったらいつでもおいで。僕はたいていここにいるから」

「失礼ですが、あなたと九藍の関係は……」

「ご想像におまかせするよ」


 笑みを絶やさない男からは、底の知れない気味悪さがあった。どうしてそう思ってしまうかは翼自身にもわからなかった。


「君の探し人は向こうにいるよ。行っておいで」


 彼の指差す先には森へと続く一本道があった。

 なぜ私が人を探しているのか知っているんだ――、と聞こうとした瞬間、翼は男に背中を押され建物から追い出された。他にも聞きたいことがあった気がするけれども、自分がしなければならないことを確認し、翼は砂利がごろつく道を歩んでいく。

 新緑に塗られた景色に隠れるように、ドーム状の建物があった。近寄ってみると、『プラネタリウム』とかかれた看板を見つける。プラネタリウムについて検索してみると、天体の位置や運動を説明するための光学装置をそなえた施設だとヒットした。円天井に惑星や太陽や恒星を映し出すらしい。現代には必要のない娯楽だとして数十年前に閉鎖されたプラネタリウム。入口の扉を押してみると、難なく開いた。


 ほこりがたまっている中、誰かが踏んだのか少しだけ綺麗な場所があった。その小道をたどり、奥の星座館に足を踏み入れる。


「……一年に一度、七夕の日にだけ、おりひめとひこぼしは出会うことができるのです……」


 中央に、ほこりさえも振り払う清らかな少女が佇んでいた。上をじっと見つめ、星座早見と照らし合わせている。

 閉鎖されているはずなのに、今日はなぜか稼働していた。アナウンスとともに天井に星座が映し出され、翼は己のデータベースを検索しなければ、それらの星座の名前がわからなかった。


「春のさんかっけーに、夏のさんかっけーに、秋のさんかっけーに、冬のさんかっけーい!」


 静かな建物内に、はしゃぎ声が響きわたる。静かにしなさいと怒る者はおらず、この少女専用の施設であるかのように、独り言というには大きめな声が翼にも届いていくる。

 暗い建物の中に浮かび上がる影は白。長い髪は大きく揺れ、さらさらと流れる。暗闇に憧憬を抱く瞳は真紅。光のない黒を目にしても、その瞳は夢を追い続けている。

 翼は無邪気に遊ぶ空音を久しぶりに目にし、声をかけられなかった。近寄ろうとしても近寄れない。金縛りにかかっていたら、唯一動かせる部位であった手を椅子にぶつけてしまう。


「……ぽよ? 誰かいるのー?」


 空音が注意をこちらに向けてきた。今しかないと翼は足を動かす。


「空音」

「ツーちゃん……」


 翼の登場に、空音はたいして喜ばなかった。少し前までは帰宅した翼を飛びつくようにして迎えていたというのに、じっとしたまま動かない。

 再びアナウンスが流れ始める。次のテーマは『太陽』だった。空音は翼から視線をはずし、天井を見上げた。

 太陽は動いていないこと。地球が太陽の周りを回っていること。地球は一日で横に一回転していること。実は地球は少し傾いていること。

 一昔前には常識であったことがつらつらと説明されていく。次にめらめらと燃える太陽の画像が映し出された。太陽は赤く輝き、ところどころに黒い点があった。


「空音、ぜんぶ知ってる」


 紫外線については一切触れず、放映は終了する。空音は顔をくしゃくしゃにして、上を睨みつけていた。口を横に引き、眉間に力を入れ、ほどなくして唇を噛んだ。そのままプラネタリウムから出て行き、すかさず翼も後を追う。

 外はプラネタリウムと違って明るかった。この明るさの原因がなんであるのか(太陽ではないことを)空音は知っている。知らないものといえば木の葉の間から漏れる木漏れ日の安らぎだけだ。

 日の下に出て、翼は空音が魔法少女服を着ていることに気付いた。


「ツーちゃん。空音と会った日のコト、覚えてる?」

「ああ、覚えているよ。忘れたことは一度もない」

「空音ね、じいじが自慢げに語ってた"空"を見てみたかったの。じいじが空音に教えてくれたのは、いつも空のコトだけだったもん。空のコト以外はね、あんまり教えてくれなかった。赤ちゃんがどうやって産まれてくるのかも、教えてくれなかった。空音は誰から産まれたの? って聞いても、答えてくれる人はいなくなっちゃった。

 ねぇ……ツーちゃん。空音はなんだぽよ?」


 かつてこのような質問に、『空音は空音だ』と翼は答えた。今回翼は熟考し、安易な言葉を選ばないようにした。空音がどういう答えを求めているのか、何て言われたいのかは空音自身にもわからないのだから、他人である翼にわかるはずもない。


「それはな、空音が自分で見つけることだ」


 出会ってから四年目にしてようやく、翼は空音に"答え"を与えた。


「生まれてきてまっさらだったお前に、じいじが"空"を教えた。いわばじいじがお前に残してくれたもので、お前自身が生み出したものではない。じいじからのプレゼント――それが"空"だ」

「じいじからのプレゼント……?」


 空音は瞳を揺らし、視線を下げる。


「じいじからもらった夢に浸るのは終わりにしよう。これからは空音が自分で夢をつかみとっていく番だ」

「わかんないっ。ツーちゃんの言ってること、全然わかんないぽよっ」

「空音」


 翼は中腰になり、空音と目線を合わせる。


「わからないことは怖いことではないんだ。無理してわからなくていい。今はわからなくても、後々わかってくるようになる。お前が自分の夢を夢だと再認識したときには、私も足踏みを終えて進み出している。四年も待ってくれたのに、まだ待てというのは酷だろう。それでも空を飛びたいか」


 表情をころころと変えていく空音は、今自分が抱いている感情がなんであるのか整理できていないようだった。目を回し、足先を明後日の方向に向け、何か言おうと口をもごもごさせる。隣にいる"夢を追い続けた同志"の存在を意識しながら、胸の中に渦巻くものはなんであるのかと必死に問い続けた。

 翼の黒い目も髪も、ごくあふれた日本人の容姿だ。空音が翼を目にして連想したものは人ではなく、一羽のカラス。


「ぱたぱた……ぱたぱた……鳥さん、空音をつれてってくれるぽよ?」


 幻影を追いかけて、空音は鋼鉄の翼を広げた。虚無に投げ出された白のワンピースとケープを身にまとった少女の眼前に続くのは、愛を誓う道ではない。誰かに汚されるくらいならば、という断固たる意志は天へと向けられている。今まさに天に昇ろうとしている彼女は喜びに満ち溢れていただろうか。

 咄嗟のことで動けなかった翼をよそに、空音は徐々に高度を上げていく。森を抜け、高層ビルを超え、地上と天蓋の下に挟まるようにして広がる虚空にアルビノの白い髪が舞った。

 空を飛ぶ間、少女は全てのしがらみから解かれ、鳥になる。

 夢たがう。大空へ飛び立ち、天蓋の向こうにある世界へ放たれる夢は――。

 夢にれ。己の希望を盲目的に求め、空から落ちる、そんな夢は――。






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