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魔法少女は空へ飛び立つ夢を見る 作者:楠楊
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第十九話 中編

 灯りを消した部屋で跪く少女一人。カーテンで光を遮られた部屋に影はないが、そこでこうべを垂れる少女が確かに一人いた。奥には寝台で体を半分起こしている男がいる。彼は一言も声を出さずに、少女が話し始めるのを待っていた。

「お父様……」

 救いをこいねがうかのように少女は顔を上げた。

「僕はいつになったら"大人"になれるのでしょうか。心も体も成長せずに、永い時間が過ぎました」

 押しとどめた少女の問いに応える声はない。ただ沈黙を守りながらも男は目を伏せて笑顔を作った。口元や目元に生きた年月が深く刻まれる。
 男の顔色を逐次伺い、少女は言葉を続ける。

「僕は……僕は、老いることを許されません。貴方のように肉体を変化させて時を感じることができません。僕は時間に置いていかれてしまった」

 再び男は顔に微笑みをたずさえた。上着の裾から伸びた手はおいでおいでと少女を呼ぶ。その血管の浮かび上がった手からは年相応の時間を汲み取ることができた。目を合わせるだけで相手の思念が体に流れ込んでくる。意思疎通に言葉はいらず、非言語で事足りた。会話とは己の解釈が間違っていないか確認する行為。言葉はその手段。互いの言語認識が異なれば、会話をしても無意になる。
 薄目を開き、少女はおもむろに口を動かす。まぶたの奥から微かに覗く瞳には雲ひとつかかっていない。

「……お母様はお父様にとってどんな人でしたか?」

 優しい揺籃歌ようらんかの中、少女はまどろむ。こうして頭を撫でてもらえることが"夢"であっても、夢がいつか覚めるものであったとしても、今という瞬間に体を預けていた。


     *   *   *


 斜光を背に受け、青い鳥が飛び立った。誇らしげに広げる両翼でくうを切り、天蓋にぶつかる前に旋回し、地上へと降りていく。背の高い木に足をつけ、小さな実を丸呑みする。
 人工の光で育った緑が、太陽光で育ったものとどう違うか人は知らず、そもそもどう違うか考えることをやめてしまった。この世界こそ至高のもの。この世界が壊れない限り我々は生き続けられる。体を水に浸し、顔だけを水面から出す。
 初夏のいろどりへ移ろう街を、翼と雲雀は歩いていた。先導するのは勃然ぼつぜんとして「行こう」と言い出した雲雀だ。会話は軽やかに弾み、途切れることがない。それは雲雀が話し上手で話題を提供し続けたからでもあり、翼が聞き手として熱心に耳を傾けたからでもあった。
 学校をはじめとした主要施設のある中心部から離れ、二人は住民区へ踏み込んでいく。窮屈そうに建物はひしめきあい、足元のコンクリートは劣化して亀裂だらけだ。ここからここまで自分の土地であるという線引きを越えて迫ってくる緊迫感もあった。建物が今にも動き出しそうだと感じ、こんなに狭いならば動くこともままならないかと翼は傍観する。足を止めて建物の向こうを見ようとしても、連なる住宅の壁しか目に入ってこない。

「なーによっ、上を見上げちゃって。へーきへーき! 事件なんて起こんないって。近いからこそアットホームだし……まあたまに隣の家の会話が聞こえてくるのが玉にキズかなあ」

 ダジャレかと翼がぼやくと、雲雀は目を釣り上げた。

「はぁあああ、ダジャレー!? あたしそんな気持ちで言ったんじゃないし! だいたいダジャレっていうのは――」

 雲雀の熱いダジャレ講義はかれこれ十分は続いた。その間雲雀は一人ツッコミを織り交ぜたマシンガントークを続けるのだから、彼女に適している職業は一人芝居に違いない。例文を使っての実践練習になってようやく、翼はもうやめようと切り出すのだった。
 玄関へと続く通路に余裕はあっても、二階の窓から飛び上がる空間的余裕はなさそうだ。斜め上に加速していくのではなく、ほぼ垂直に真上へと推進しなければ、この建物の迷路から抜け出せない。高度な技術が必要だ。できれば任されたくない区域である。上空を見回る魔法少女も、この区域は警備しづらいだろう。
 先日――とある民家に押し入ったとき。あのあたりは以前から住んでいた者が多く、地価も高くインフラも整備されている。天蓋制作にあたり移転してきた者たちの土地がここであり、こうして限られた土地に押し込められたということだ。
 続いて現行犯を逃がしてしまったことも思い出す。九藍の言葉の真意も紐解けないでいることも。
 翼が物思いにふけっている間に、雲雀は家の玄関に手をかけていた。ただいまと大きく声を出すと、後ろに突っ立っていた翼を急かし、翼が来るまで扉を開けたままにしておく。

「ありがとう」

 後続する人のために扉を押さえる。翼にとってよくわからない文化の一つであるが、空気を悪くしないためにも感謝を述べた。

「いいっていいって。ようこそ我が家へっ」

 雲雀の声に導かれて翼は玄関に足を踏み入れる。翼が家の中に入るのを見届け、雲雀は玄関に鍵をかけた。二人が靴を脱ごうとしていると、家の奥からスリッパのようなもたついた高音が聞こえてくる。歩く速さはそれほど速くなく、この家の中にいることに対してやましい気持ちが一切ない者の足取りだった。ただ少しだけ左右の足音の間隔が違った。
 やってきたのは小柄で髪の毛をふわふわにさせた女性だった。夕飯の準備中だったのか紺のエプロンを身につけている。その女性は雲雀に微笑み「おかえり」と言おうとして、雲雀の隣に凛々しく立っている翼を見て絶句する。

「……お母さん?」

 雲雀が声をかけると、石化の魔法を解かれた母親は暴走しだした。

「あ、あ、あなたぁぁああ! 雲雀が男の子を連れてきたわぁぁぁ! しかもすっごく美人のぉぉ!」

 雲雀の母親らしき女性は慌てた足取りで奥に引っ込み、大声で言葉にならない何かを叫ぶ。動揺しているのは明らかであるが、なぜこんな騒動になったのかと、玄関で二人は顔を見合わせる。そしてそこで雲雀があることに気付いた。

「あんた、男子の制服じゃん!? てことは、これは勘違いされたパターンっ!?」
「もしかしなくてもそうみたいだな」

 冷静に言い返した翼と項垂れる雲雀。この誤解を解くには少々骨を折りそうだ。



 雲雀一家は特に戸惑うことなく翼を受け入れた。翼が男物を着ていることについて、雲雀はどう説明しようか頭の中をぐるぐるさせていたが、本人の「急な転校で体に合うものがなかった」という発言で騒動は収まった。雲雀の母親は自身にも経験があるのかうんうんと力強く頷いていた。

「スカートの調製って結構時間がかかるのよねぇ。雲雀もウエストを細くするんだって、無理なサイズを業者にお願いしちゃってねぇ。しばらく履けなかったことを、お母さん忘れてないわよ?」
「忘れてよ! 早く忘れちゃってよ! いいじゃん、結局痩せて入るようになったんだから」
「あのねぇ。あなたはまだ一年生なのよ? そのスカートは卒業するまで着られるの?」

 ずいずい言い寄ってくる母親に、雲雀はたじろいだ。だが負けず嫌いの雲雀がこのまま母親に打ち倒されるわけがない。一周回って強気な態度で鼻をうごめかした。

「痩せればいいんでしょ、痩せれば。太らないよう食事には気をつけてるって」
「食事に気をつけているのはあなたじゃなくてお母さんでしょう? あなたは出されたものを食べてるじゃない。このままじゃ一人暮らしは心配ねぇ。豚にでもなっちゃうんじゃないかしら」
「ぶー、あたし豚になんかなんないよ」
「またダジャレか? 面白くないぞ」
「だからダジャレじゃないって! 翼、あんたわかってて言ってるんでしょ!?」

 母親と父親に仲の良さを感心されても、雲雀はどこか煮え切らない様子でヘソを曲げていた。
 家族団らんの輪の中に入り、翼はこんな体でなければ食事を断りたくなかった。肉体構造上仕方ないといえど、同じ楽しみを共有できないのは気が引けたのだ。
 雲雀が翼はアンドロイドであることを説明すると、雲雀の両親は驚きに目を丸くする。それからあっけらかんと「一緒に夕飯を食べないか」と言ってのけた。
 機械という異質な存在を、すんなり受け入れられたことについて当初翼は困惑した。私とお前達は違うんだと熱弁しそうになると、雲雀の母親に言葉を遮断される。

「何を言ってるの。ただ食べるものが違うだけじゃない。私達にとって食事は野菜や肉とかだけど、翼くんに必要なものは電気なだけ。野菜の栄養分は土と水。吸血鬼には血が必要。同じ食べ物をみんなが食べる必要もないわ。同じ人間だって風土によって食べる物は変わるでしょう? だから引け目を感じないで。ね?」

 種族が違うからではなく、食べ物が違うだけだと彼女は言った。特に種族が同じでも風土によって主食は変わる、生まれた場所によって特定の成分を分解する能力がない場合もあるというくだりは説得力があり、思わず翼も納得しまっていた。

「電気って美味しいの? ていうかあんたに味覚ってあるの?」
「味覚という情報はある。嗅覚や触覚も情報として処理されている」
「じょーほーとしてしょり? たまに難しい言葉を使うわよね、あんた」
「お前の体にだって電気信号が流れているんだぞ」

 雲雀家の食卓では笑いが絶えず飛び交っていた。空音が翼の顔を伺うような引き締めはなく、全員が自然体で振舞い、口を動かしていた。人間は喉を動かして食物を嚥下えんげし、機械はそんな彼らに温かな視線を送る。遠慮はなかった。人は己の食事を楽しんだ。肩身が狭い思いもなかった。機械は人に迎えられていた。
 人間主体の考え方だと翼は思う。動力源確保の時間を人と合わせる必要はないのだ。食事の時間は安心感からか油断が増えるタイミングだ。なのに人間は多くの人数で食卓を囲みたがる。理解不能だと思いつつも、そういえばなぜ自分は空音の食事を見守っていたのだろうかと考え直すきっかけにもなり、充足感に包まれて、翼は椅子の背もたれに寄りかかった。



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