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魔法少女は空へ飛び立つ夢を見る 作者:楠楊
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第十九話 前編

 一週間の始まりが学友への黙祷という最悪なものであろうとも、時間は止まらずに流れていく。塞ぎ込んでいた者の一部は悲しみを吹っ切り、平常通りの生活に戻りつつあった。笑顔を失っていた者も周りに励まされ、精一杯前を向こうとしている。だが実際に彼らを苦しませていたのは学友が死んだことではなく、自分もいつかあんな風に殺されてしまうのだろうかという恐怖であったと翼は察した。すると人々の涙が滴型の飾りに見えてきた。みんなみんな目から飾りをぶら下げている。なんて滑稽なのだろう。
 授業で取り扱う内容は以前木花から教わったものばかり。内容に目新しいことはなくとも、教師らは一つ一つの事柄に感情を込めて説明し、それらが翼を引きつけた。この単元は得意だと力強く教える者もいれば、その逆もいる。机を並べているクラスメイトも同様で、最後尾の位置からは他の生徒らの動作がよく見えた。姿勢を正して真剣に授業を聞いている者、明後日の方向を見ながらぼんやりとしている者、教師の目を盗んで内職をしている者。これが個性か、これが個体差か、と翼の目には何もかもが興味深く映った。

「天蓋が施工されて約三十年……そんな昔なんですねぇ、いやあ、その頃わたしは頻繁にへそ出して寝ていましたぁ。ああ今はへそを出して寝るなんてことしませんよ。腹巻してますからね」

 教師がポンと腹を叩くと、せんせーださーい、という笑いが教室の隅から上がる。

「腹巻しないとお腹冷やしますよぉ。夏は蒸れて暑いんですけどねぇ、冷たいものを食べてもお腹壊さないんですよー。……おや、なんの話をしていたかなー?」

 天蓋の話です、と真面目に板書していた生徒が答える。

「そうでしたそうでした! 天蓋の完成はぁ社会の構造改革に繋がりました。きみたちに直接関係するのは大人への通過儀礼である試練ですかねぇー。昔は元服がありましてぇ、現代にも成人式というのもありますがー、この試練で十八歳を境界にし、子供と大人は区別されるようになったのですー。十八歳で煙草もお酒も解禁されますからねぇ。法律を変えるのは骨がポキッと折れたって聞きましたよぉ。あー試練ではですねぇ、生まれてから死ぬまでを見せられるんですよぉ。追体験? 疑似体験? んまんま、そんな感じなんですよ~。よぼよぼのおじいちゃんになって体動かなくなるのは本当に大変だったんですよー。ああ、みなさんが聞きたいのは違うことなんでしょうねぇ。ぜひ帰ってお父さんやお母さんに聞いてみてくださいねー」

 数名の男子生徒が反射的にうつむく。赤らめた頬を必死に隠そうとしている生徒もちらほらといた。片手で数えられる者は意味がわからずにぽかんとしており、翼も教師の少ない言葉や生徒の反応から何についてなのか判断できず、微動だもしなかった。

「若いことはいいことですよー。わたしも子供できてからぁ、すっかりおじいちゃんになっちゃってー」

 チャイムが鳴り、授業が終了する。クラス委員長の掛け声とともに起立、礼を行い、着席した頃にはなんだか一息つきたくなっていた。休憩時間になった途端ざわつき始める教室の空気の変化にも追いつけない。まだわからないことが多いと教室を見渡してみると、花が添えられた机が目に入り、そこから目を動かすことができなくなった。
 任務登校最終日も立つ波のない穏やかな朝であり、少しだけ後ろ髪を引かれる思いを抱かせる。

「つーばーさー。今日で学校終わりでしょう? どうだった? お別れ会とかしてもらった?」

 橙色のツインアップがぴょこんと動く。放課後翼を迎えに来た雲雀は機嫌が良いのか普段より声も動作も大きい。
 彼女の弾んだ声を耳にして、教室に残っていた数人の生徒が振り向いたが、すぐに興味をなくして自分の物事に集中し始める。――と思いきや、二人を遠巻きで観察しているグループが一つ。

「たった二週間だぞ。そんなにもてはやされても困る」
「もてはやされても困る。だってー? わぁ、かっこつけちゃって。さっすがクールビューティ……ぷふっ、は違いますねぇ。夏休み明けたら正式にこの学校の生徒になってみない? もっと面白くなるって……ぶふっ」
「簡単に言わないでくれ。それと何だ? クールビューティっていうのは」

 翼の質問には答えず、新しいイタズラ方法を考えた子供のように雲雀はニシニシとほくそ笑んでいる。聴覚のよい翼には押し殺した声も漏れずに笑い声に聞こえるのだから、翼の前で独り言なんてするものではない。

「えー、物語ではよくあるじゃん。生徒会長とかが主人公を見初めちゃう展開。住む場所も提供して、ぜひうちの生徒になってくださいってラブコールするの! 雲雀、君は今日から俺の生徒だ。す・て・き……っ。……あ」

 ここが教室で翼以外にも生徒が残っていたことを思い出し、雲雀は爆発する勢いで顔を真っ赤にさせた。翼の腕を強引につかむと廊下に向かって走り始め、階段のところにまできて足を止めた。

「あんたのせいで変なこと言っちゃったじゃん! どうしてくれんのっ」
「お前が勝手に言ったんじゃないか」

 フンと鼻を鳴らし、仁王立ちした雲雀からは不満のオーラが漏れていた。だが翼の手をつかんでいたことを思い出すと、さっと振り払って何事もなかったように明後日の方向を見ながら口笛を吹いた。翼が反論をしようとも、雲雀は「なによ」と視線を険しくするだけで取り付く島もなく、言っても無駄かと翼は水に流した。
 一度教室に鞄を持ってくるために戻り、それから歩く速さを合わせて二人は昇降口にたどり着く。上履きから靴に履き替え、翼は上履きを鞄にしまい、校門を通り抜けた瞬間に学校へ別れと礼を告げた。
 帰路を通り抜けていく風は乾いていた。一歩一歩早く歩け、止まるなと急かしてもいた。振り返ってもこれまで見てきたはずの光景を思い出せず、隣にいる存在の息遣いだけを感じている。足並みも揃えて、お互いの音が一致して、自分がどうしてここにいるのかわからなくなってまで、切り取った一瞬には君しかいない。
 笑いながら雲雀は突然歩みを止める。どうかしたのかと翼が声をかけると、なんでもないと雲雀は苦笑して再び歩き出す。誰かいただろうかと雲雀が見ていた場所に顔を向けてみても犬猫の姿さえなく、まして人がいたならば翼が気付かなければおかしい。虫でも飛んでいただろうか、あるいはただたんに何か思い出して足を止めたのか。予測しかできずに翼は雲雀と肩を並べる。

「そうだ報告したいことがあったんだった。あたし、やっと研修が終わったの! 待ってなさい、いつかあんたに追いついて、一級になってやるんだから!」

 胸を張って豪語する雲雀に翼は苦笑して、頑張れと声援を送る。白い歯を見せて笑った雲雀の表情は晴れ晴れとしていた。再び眩しいと思いつつ、翼の視線は雲雀の後頭部へ導かれた。

「お前の髪も伸びたな」

 ツインアップにした部分はわからないが、襟足は肩を越える長さになっている。
 翼は雲雀の頭に触れようとし、彼女と視線が合うとその手を引っ込めた。燃えているかのような焔色の髪は人工風に煽られて毛先を揺らしている。その色は無ではなく有。情景に浮かび上がる橙は色を抑えた世界に悠然とあり、無の中で目印となる有。空気に溶け込んでしまいそうな白銀ではなく、周囲を侵し、奪い、燃料としてまで強烈に存在しようとする炎。
 眩しい。目がくらむ――。

「へっへーん。長い髪も似合ってるでしょ?」
「ああ、似合ってる。綺麗だな。見ていて飽きない」
「や、やだなぁ……照れるじゃない。あんたもすっごく綺麗よ」
「……作り物だぞ?」
「そんなこと言ったら、あたしのだって作り物よ。毛根が髪の毛を頑張って作ってるんだからねっ」

 常に前を向いている少女には太陽を模した翼があった。その両翼には煌く粒子が織り込まれており、動くたびに光を撒き散らす。真夜中でも光るそれは人々の目印にもなり、一筋の光明こうみょうとなって暗夜を照らす。

「自分の体がどこまで自分のものなのか、翼は考えたことある? あたしはあるよ。嫌なことがあると、心と体が分離するの。痛いはずなのに痛くない。痛くないはずなのに痛い。全部全部あべこべで、わけわかんなくてさ」

 現在ではない"ある日"を見ている目元は至極優しい。

「そういうときはね、お母さんとお父さんに相談したの。あたしはどうすればいいのって。あははっ、あたし結構馬鹿でさ、相談するのにも時間がかかったんだけどねぇ。ほらさ、悩んでるって言っちゃうとさ、解決策の話になっちゃうでしょ? あたしが欲しいのはそういうのじゃなくて、今こうなの、この気持ちをどう処理すればいいの? ってことが聞きたくてさ」
「お前にもそんな時期があったのか」
「なんだかムカつくー」

 口を尖らせて、雲雀は空を仰ぐ。相変わらず見えるのは黒い傘だけであるが、両手を広げて深呼吸する余裕はあった。なだらかな胸が下に動き、呼気が大地に向かって吐き出される。今度は上に膨らんだかと思うと鼻から音を出して勢いよく息を吸う。最後にあくびを一つして、雲雀はニッと歯を見せた。

「今からあたしのうちに行かない?」




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