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魔法少女は空へ飛び立つ夢を見る 作者:楠楊
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第十八話

 窓から見える街は暗く、夜間時間への移行を終えていた。天蓋に設置された照明は消され、地面に伸びた街灯や住宅から漏れ出る光が人々の生活を支えるものとなる。市井に灯る光こそが、この土地に人々が居着いている証であった。
 どんなに暗かろうと機械である翼には問題ない。己が魔法少女になる原因を作った少女の名を口にこもらせ、腕を組んで壁に寄りかかる。外に向けて数秒視線を投げかけてから目蓋をおろし、外部情報を遮断して瞑想する。その瞑想も長くは続かず、薄目で足元を眺めた。掃除が不十分なのか白い髪の毛が落ちていた。吐き出したい言葉は体の奥底で硬化して沈んでいる。
 機体に異常はないというのに、目を開けていると青い光がちらつき始めた。この幻に侵されるようになってからしばらく経つため、今更驚きの声は漏れない。放射状に広がる光の中心を見つけられず、翼は顔をしかめて髪をいじる。ふとそこで自分がいつも無意識に同じところだけを触っていることに気付き、手を離した。

「機械だから、か」

 長い髪がさらりと落ちた。髪から離した手で翼は携帯端末を取り出し、横目で画面を確認する。現在翼がいる場所の近傍きんぼうで点滅する赤い光。みしりというひび割れた音がどこからか発せられた。

「あら……開いてるわ」

 木の上でさえずるような声とともに、金色の髪を一つに束ねた金糸雀が部屋に入ってきた。彼女は扉に鍵がかかっていなかったことを不審がり、翼の顔を逃がさずに伺う。

「いつでも帰ってきていいように開けていたんだ」
「そう。けれど無用心よ。ロックしないとだめ。誰が入ってくるかわからないんだから。何か盗まれたらどうするの?」

 感情の込もっていない無機質な翼の声に、金糸雀は熱と真剣さを込めて詰め寄った。

「侵入者が来たらわかる。私は機械だ。お前より五感も運動能力も秀でている」
「第六感はどうかしら?」
「私は個体差ではなく種族差として言っている。シックスセンスなどという個体差の大きいものを引き合いに出すな」
「話をそらすの?」

 金糸雀が翼に食いついた。がさないように、のがさないように、そして何よりも置いていかれないように。の黒翼に己のクチバシで食らいつく。弓矢のように真っ直ぐ飛ぶ視線ならばいいが、蛇のように曲がりくねる視線は嫌にまとわりつく。どこに目をそらそうとしても金糸雀の金の双眸そうぼうが常にあった。

「……与太話をするために来たのか」
「いけない?」

 小首をかたむける金糸雀の仕草に、翼は眉を曇らした。この話の腰を折れないということがわかり、旋毛つむじを曲げて横目で金糸雀の姿を見やる。

「お前はわけもなく突っかかってくる奴じゃない」
「ふうん? 珍しく取り乱しているわね。空音ちゃんのこと、そんなに気になるのかしら」
「私の発言からなぜそうなる」
「あなたが人間と比べているから」

 プログラムが異常を起こして急停止したかのように翼は静止する。

「いつものあなたは何を言われても波風を立たせずに平然としているわ。多分それは、あなたに人間とは違うという自負があったから。それが今は私を跳ね返せないぐらいひどく動揺しているのね。人間と比べなければ己を見いだせない機械なんていらないわ。……違う?」
「黙れ。部外者が口を挟むな」
「いいえ、挟むわ。事実空音ちゃんは私を訪ねてきたのよ。苦しそうな顔をしながら」

 金糸雀の言葉は続く。

「私にあってあなたにはないもの。……ちょっと違うわね。私になくてあなたにあるもの。それが何だか、あなたにはわかるかしら?」

 激情に駆られそうになっていた翼を、金糸雀は淡々と諌めた。沸騰しそうになっていた状態に冷えた水が混入し、温度を下げて蒸発を防ぐ。翼ははっと顔を上げ、そこでようやく金糸雀の表情を知る。震えている目元と口元。言わなくてはいけないという使命感に似た決意が金糸雀をここまで言わせていた。少し前の己の発言を思い返し、翼は息を詰まらせた。この詰まりは不思議と苦しくない。

「翼くん、機械という広義の意味に囚われるのは終わりにしましょう。確かにロボットにはロボットの歴史があり、人から意味を持たされて創造されてきたわ。ときには人の援助になるために、ときには人よりも優れた存在として注目を浴び……人への驚異にもなったわ。ねぇ翼くん。あなたはどんな経緯で生まれたの? 人の子は誤りで作られることがあっても、あなたは違うでしょう? ロボティックマザー(人間性が希薄な母)と呼ばれた木花技師にあなたは何を教わったの?」
「木花を知っているのか」
「ええ、木花技師は私の憧れよ。あなたを生み出したのがあの人だって知って嬉しかったわ。あの人は間違っていなかったんだって。学会は機械の母になるとする技師を否定して、ロボティックマザーなんていう異名をつけたけど、私には技師が眩しく見えた――」

 恍惚とした表情で金糸雀は語ってみせた。翼のデータベースにも木花の略歴が記録されている。生まれた時間から論文の数まで余すところなく登録されている。試しに読ませてもらった論文は人間とアンドロイドの交流について書かれていなかったか。検索をかけて引っ張りだそうとしたが、今この場でやろうとすると体が震えた。

「その、私にしかないものは空音にもないのか?」
「ないわ。恐らく空音ちゃんが苦しんでいるのも、あなたにしかないものに気付いてしまったからだと思うわ」

 思いつく点がいくつかあり、翼は息を切らす。金糸雀に煽られて抱いた怒りなどもうどこにもありはしない。窒息しないよう呼吸するために――呼吸という行為が必要不可欠ではないというのに――翼は窓に隔たれた外を無意識に見つめていた。作り物の眼球で捉えたものは黒い傘に覆われた世界だった。出口がなく、外から空気が入り込んでこない。また胸の詰まりを覚えたが、次に見るべき場所はどこにもなかった。視線が泳ぐ、泳ぐ。だがここは海中ではなく、水槽の中でもなく、空気に満たされた地上。

「空音もこんな気持ちだったのか?」

 金糸雀が帰っていった後も翼は胸に手を当ててひたすら考える。金糸雀から声援を受けた気がして、思考停止に陥らずに最後まで考え抜こうと意を決した。



 ――あの空にまで飛んでいきたい。
 魔法少女になったら、どこまでも飛んでいけると思っていた。
 でも現実はそんなことなく、あの空までいけることはなく、ただ地面の餌をつつく鳥のようなもの。
 魔法少女は夢を見る。大空へ飛び立ち、天蓋の向こうにある世界へ飛び出す夢を。
 魔法少女は夢を見る。己の希望を盲目的に求め、空から落ちる、そんな夢を。
 永く焦がれた夢に手を伸ばす。身を焦がし、夢を焦がし、残るのは色を欠いた塵だとしても。




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