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魔法少女は空へ飛び立つ夢を見る 作者:楠楊
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第十五話

 たとえどこかで血なまぐさい戦争が起きていても、天蓋が住民を守ってくれた。紫外線から、嵐から、豪雨から、日照りから。しかしそれは外からの攻撃に対する防御であって、内に生じた反乱には何の意味もなさない。
 寝静まった夜は暗黒に包まれている。多少の街灯はあるが、星の光も月の光も天蓋下にはない。街灯の光が届かない場所は晴れない闇であり、一歩踏み込んでしまうと足を引きずり込まれてしまう沼だった。

「お役目ご苦労。君は用済みだ」

 今夜、天蓋の守護を享受した世界の中で、乾いた銃声が鳴り響く。
 銃声は一度ではすまず、幾度も幾度も繰り返される。見せしめとなった遺体には穴があき、血がとめどなく流れていた。足元のコンクリートは赤黒く彩られ、ぼうっとしていると心を奪われてしまいそうな大輪を描いた。

「僕が転機になる。僕が歯車になる。誰かが求めるならば何度だって」

 夜空色のマフラーに煌く星はない。空に願う思いはないというのに、いつの日にかに見た星影ほしかげが目元を濡らす。知りたいものがあった。知りたくないものがあった。知れば知るほど雑音に惑わされ、やがて雑音一つ一つが誰かの本意のように聞こえてくる。ああ煩わしい。小事が大事を招いてたまるか。たった一度の失敗が、全てを崩していいはずがない。

「……僕は、お母様のようになれますか」

 羊水に浸る夢を見る。父親の腹から生まれたというのに、未知なる液体に焦がれる夢は己の胸の中でくすぶっている。
 銃を懐にしまい、藍色の少女は明後日の方向を向く。視線の先には誰もいないというのに、少女の瞳は揺れ動いていた。





 日曜日の昼、翼はとある質問をするために木花研究所を訪れていた。空音も一緒であり、空音は紺色のワンピースを着てぐるぐる動き回っている。

「こんにちは翼さん。潜入捜査は順調ですか?」
「一応任務は完了した。あとは報告書を書くだけだ」

 翼は右へ左へ首を傾けたのち、木花の手元へ視線を向ける。木花はちょうど何かのプログラミングをしていたのか、意味があるのかないのかわからない文字列をひたすら打ち込んでいたところだった。翼の検索技能を駆使してもその文字列を解読できなかったため、従来の言語ではない――あるいは木花が独自に生み出した言語であるという可能性も捨てきれない。

「ああこれですか? 未来予測のための数値を書き換えていたんです。私が作ったものなので、世に出回っているものとは色々と違うかもしれません」
「まさかお前が未来予測に関わっていたとはな」
「親が子に、自分の手の内全てをあかすわけないでしょう? いつかは言おうと思っていましたが」
「木花。お前は大人になる試練にも関わっているのか?」
「一時期は。……あれは強烈で色がどぎついですから、私のように心の綺麗な人には毒にしか見えないのですよ。その毒を知り、毒に蝕まれずに自分を保っていきなさい……というのが本来の目的でした」
「シミュレーション中毒のことか」

 翼の呟きに木花は返事をせず、自分が入力した数値のみを正視している。口の中でなにやらもごもごさせながら翼を何度か一瞥しても、そのどれもが二秒以下であった。

「それで、翼さんは何の用ですか? 以前も言いましたが、不具合はどこにもありませんでしたよ?」
「……危険な思想家に出会ったんだ」

 翼は地原に聞いたことを熱を帯びながら説明した。未来視の魔法少女の部分は伏せ、彼が空を飛びたいと思っていること、天蓋がなくなればいいとぼやいたことを強調して伝えた。
 話を聞き終えた木花はこの話題を想定していたかのようにすました顔をしていた。風ぐらいでは山を動かせないと、薄冷えた瞳は語っている。

「天蓋が作られたのは三十年も前のこと。ほぼ同時期にデジタルコードや大人になるためのシミュレーション試練の法案が可決され、施行されました。私は物心つくかつかないかというあたりだったので、詳細は人づてにしか聞いていません。どの時代にも変化を怖がる者はいますから、当時反対者は大勢いたらしいです。大きな暴動が発生しなかったのは、敵が人間ではなく自然だったため、反乱する気にもなれなかったとか」

 教師を連想させる優しい語り調が無機質な研究室に響く。木花は翼が聞いていることを確認し、その記録回路に刻みつけなさいという調子で言葉を続ける。

「天蓋はいわば、周囲と断絶された孤立集落です。地下鉄道の発展もあって完全な孤立をしているわけではありませんがね。天蓋のない地域での生活を望んだ人もいました。愛する故郷と運命をともにするつもりだったのでしょう。そういう人達はデジタルコードを与えられず、戸籍を削除されました」
「流石に戸籍削除は重くないか」
「いいえ。似たような事件を防ぐためにも処罰は重い方がいいのです。見せしめになりますからね。それに紫外線を浴びて新しい病気を連れてくる危険性もありましたから。……続きを聞きますか?」
「天蓋の歴史についてはもういい。胸糞悪くなりそうだ。人間には必要不可欠であったことも考えると頭が痛くなる。
 それで木花。これから私が聞きたいことなんだが、女しか飛行警備隊になれないのは何か特別な理由があるのか? 男が飛べないっていうのは男女差別じゃないのか」
「男でも女でもないあなたがそのようなことを思うとは。空音さんの影響も……恐らく雲雀という娘の影響もあるのでしょうね」
「どうしてここで雲雀の名が出てくる」
「さあ、どうしてでしょう」

 自分が優位であると自負している木花は笑顔を崩さない。選ぶ言葉も柔らかいもので、あの語り口調は続いている。途中で連絡が入って受け答えしている間も、彼女は冷静に物事を対処していく。

「結論を言えば男性でも飛べます。女性よりも筋力があって重いので、現在の装備と少し方向性の違うものを作れば飛行可能でしょう。まあ装備面から言えば平気ですが、社会が許すでしょうか」
「どういう意味だ」
「共通認識……俗に言えば刷り込みです。男はこうでなければならない。女はああでなければならない。飛行警備隊を発足するにあたり、女の方が適していると当時の大人は考えたのです。日本でなければ屈強な男が空を警備していたかもしれません。でも女が飛べてよかったですね。男だけならば、空音さんは夢を断念しなければなかった」
「もしもそうであったら、私が女でも飛べるようにしたぞ」
「法改正ですか。いえ、暗黙のルールみたいなもので法律にはなっていませんでしたか……? はぁ……あなたならそういうと思いましたよ。あなたは空音さんのためならば社会の認識さえも曲げられる。それは鋼鉄の心でなければできないでしょうし、社会全体としてはあなたの行動を感動的だと涙して許すでしょう。――しかし」

 木花は足を組み替えて、翼を睨みつける。

「人間は変化を許容できない生き物です。変化はアイデンティティの崩れをもたらし、人間関係にも影響を及ぼします。変化に上手く順応できなかった生き物は衰退していき、現にそうして絶滅していった生き物もいます。この点、機械は美しい。彼らは変わらない。あなたも見た目は変わらない」

 木花は立ち上がり、翼の頬を撫でてそのまま胴体へ太ももへと手を滑らせる。人工の皮膚は弾力性に富んでおり、人間の欲望の結晶だった。滑らかでシミ一つない絹のような肌は、誰が見ても言葉を失ってしまう芸術品だ。これを作った技師は、自分の能力と芸術品の完成度に酔いしれる。香りのよい酒があったら翼の頭にかけて舐めてしまいそうなほど瞳は沈んでいた。

「変化を許容できなかった者は、荒んでいくか聖人となるかの二択なのですよ」

 木花の艶かしい手が翼の頬を包み込む。加齢を感じさせない手は若さの保存とも見え、垢抜けていないようにも見えた。

「空音さんも来ているならば身体計測を行いましょうか」

 木花が呼び出すと、研究員達に手を繋がれて空音は顔を出した。四年前よりも彼女は大きく成長し、思春期という年齢になりつつある。翼のことを精神面で支え、自身も心の機敏の察知に長け、その心はどんな心も癒せるほど清らかだ。朱に交われば赤くなる。白と交わるとどんな色でも淡くなる。

「こうして見ると、空音さんも大きくなりましたね。あと数年もすれば私と同じぐらいの背丈になるでしょう」
「空音もコーノみたいに大きくなれるの!? カナみたいにぼいんぼいんになれるー?」
「ぼいんぼいんって……そんな言葉どこで覚えてきたんだ」

 翼が眉をひそめる傍ら、空音は手をぱたぱたとさせる。

「ツーちゃんが学校に行ってから、他の魔法少女さんに色々教えてもらったぽよ。小学校? ではね、カードゲームが流行っててね、友達同士で協力したり戦ったりするんだって!」

 はつらつとした陽気が凍えた冬に訪れるのはいつだろう。いつになれば冬は身を引っ込めて春の来訪を許すのだろう。春はいつになったら自分の存在をアピールし始めるのだろう。天蓋に遮られた夏の日差し。こもる熱気のせいで天蓋の夏は熱い。秋が来る。冬が来る。春が来る。夏が来る。巡りゆく季節の中、変わらないものは何があったのか。空へ飛び立つ夢をいつになったら叶えてあげられるのか。空音の笑顔は翼の不安を駆り立てる。

「まずは身長を測りましょうね……おお、これは……。次は体重計に……ふむふむ」

 空音の体重を計っていた木花は口元を歪ませ、結果を告げるために空音と翼の方を向く。

「先月よりも一センチ伸びていますね。対して体重は変化ありません。恐らく成長期でしょう。一次性徴もそろそろ始まるでしょうか。翼さん、わかりますか。空音さんは変化していくんですよ。一次性徴、そして二次性徴を迎えたらあなたの知る空音さんではなくなります。あなたは空音さんの姉ですか? 兄ですか? 親ですか? ――恋人ですか?」
「……っ、そんなことどうだっていいだろう!? 空音は私の家族だ。私は男が空を飛ぶ方法について聞いているのに、話をそらしすぎている。早く話を戻せ」

 木花は翼の反論を聞き入れず、身長が伸びて喜んでいる空音へと目を向ける。木花の深緑の瞳は、空音の肩を抱くかのように強く、そして逃げ場を封じるかのような圧力を宿していた。だというのに空音が恐怖で体をすくめたのはものの一瞬であり、彼女は自身のもう一人の保護者的存在を真摯に見つめ返す。
 ふふ、という木花の声が漏れた。

「では空音さん。あなたにとって翼さんはどんな存在ですか?」
「何を聞いているんだ木花。空音は母親も父親も知らな――」
「ツーちゃんはツーちゃんだよ」

 空音が紡いだ答えに、翼は息を呑み、木花は目を丸くした。
 すかさず木花はそういうことを聞いているのではないと再度質問をする。翼はあなたにとって姉であるのか、兄であるのか、親であるのか。どれかに翼を当てはめてみなさいという誘導はあからさまであったが、それに気付くほど空音はまだ世間擦れしていなかった。

「おねーちゃんはヒバヒバとカナかなぁ……コーノはおばあちゃん?」

 おばあちゃんと呼ばれて木花の青筋が一瞬浮き上がったものの、すぐに澄ました顔に戻った。

「ツーちゃんはねっ、ツーちゃんはね……ツーちゃんは――」

 真剣な表情で空音は翼の顔を覗き込んだ。交差する視線は白でもなく赤でもなく青でもなく黒でもなく、どの色と一言では表現できない七色の可能性と透明性を含んでいた。無音の世界で二人は心を通わせ、互いを確かめる。その時間は永遠。永劫。第三者が邪魔しなければ死ぬまで続いたであろう関係。内部から生まれた疑問と外部からの刺激がなければ、終わりを知らなかったであろう関係。
 難しい顔をするのが疲れたのか、空音は翼の前で自分の頬をぐりぐりつまんだ。変顔とまではいかない少女らしいさっぱりとした顔つきに戻り、空音は一言だけ言う。

「空音の大好きな人!」

 迷いのない愛は曇りを晴らす。たとえこれが結論の先延ばしであっても、今の翼と空音にはこれ以上の答えを模索できなかった。

「好きという脆い感情だけで人間をつなぎ止めておくのは難しいこと。私はあなたたちの苦しむ顔を見たくないだけなのに……。いいでしょう、私からは何も言いません。定期検査もありますからこれからも一ヶ月に一回は帰ってきてくださいね」

 耳のよい翼だけに聞こえるように、終わりにしましょうと木花は淡白に囁いた。






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