やっておきたい事
インターホンが鳴るので玄関に出てみると、そこには友人が立っていた。
根岸修治。それが彼の名前。――俺の親友だ。
「よぉ」
「おぉ、来たのか」
いつもの調子で挨拶をした。お気に入りのスニーカー、涼しげな短パン、麻のシャツ。動きやすい服装が、いつもの修治のスタイルだった。
部屋に案内し、紅茶を淹れる。修治はといえばソファにどっかり座り、付けっ放しになっていたテレビを見始めた。
いつもこいつはこういった風に、何の用もなく突然来るのだ。そして雑誌を読んだり、テレビを見たり。そして飽きれば、帰ってゆく。お互い飾らずに、素のままの自分を見せられる。“親友”ってのはそういうもんなんだろうと、俺は思う。
二人掛けのソファの真ん中に、いつものようにエラそーに両手と足を広げ、ヤツは座っていた。俺が紅茶を差し出すと、「おう。あんがと。そこ置いといてくれ」と言った。
俺は一人掛けのソファに座り、紅茶を飲んだ。そして、色々話した。最近の近況だとか、昔話だとか。懐かしい話が色々出てきて、俺たちは笑ったり、驚いたりした。「アイツがユイちゃんと結婚するとはなぁ……」「ホントなぁ……」。そんなことを。
――しばらく時間が過ぎて、俺はこう切りだした。
「修治さぁー。……なんか“やっておきたい事”って、あるか?」
と。
「“やっておきたい事”かぁー……」
しばらく天井を見上げて考え込んでいた修治は、突然「アッ」と言うと、満面の笑顔でこう言った。
「いつだったかよ! お前、パスタ作ってくれたろぉ! オリーブオイル入れ過ぎてギトッギトになったやつさ! アレ、もう一回食いてぇよ!」
*
――それは十年くらい前。俺たちが、高校二年の時だった。
その日俺たち二人は、俺の実家でゲームなんかをして遊んでいた。少しすると、修治が「腹が減った」と言い出した。その日は土曜日で、午前中授業。俺たちはまだ、昼飯を食っていなかったのだ。
そこで俺は、両親が出かけていたので「台所でなんか適当に作って食おう」と言った。料理素人の俺たちでも、簡単なものなら作れるだろうと思ったのだ。
そこで俺が作ったのが、その『オリーブオイル・ギットギト・パスタ』だった。……初めてだったので、目分量で入れてしまったのだ。修治はそれを見て、笑った。……俺も笑った。
ただ――食べたらこれが何とも不思議なことに――「なんだコレ! ウマイなぁ‼︎」
*
キッチンに立った俺は当時のレシピを思い出しながら、それを再現した。ニンニクと玉ねぎを刻んで炒め、オリーブオイルを入れ過ぎって程に入れる。麺は少し硬めだった記憶があり、早めに湯を切る。食べ盛りだった当時の、多過ぎな麺の量まで再現をした。
そして、完成した。二つの皿に盛り、リビングのテーブルに持って行く。ギトギトにテカる麺が、頭上の照明の光を反射した。
「ウッマそうだなぁ!」
「だろう?」
俺はキッチンに戻り、二つのコップに冷たいお茶を入れた。
リビングに戻ると――もう修治はいなかった。
俺は無人の二人掛けソファの前、テーブルの上の、パスタの盛られた皿の横にコップを置いた。
少しの間修治のいた方を見つめ――やがて身体に悪そうな夜食を、一人で食べ始めた。
時刻は午前三時。
修治が死んで、ちょうど一週間後のことだった。