月立淳水の入院記
先日ちょっと入院してきました。ちょっとした手術のための計画入院です。
転んでもただでは起きない。
せっかくなので、入院体験をつづってみます。
■一日目
入院手続き。病院窓口に行って、診察券と保険証と限度額認定証、それと、入院申込書を出すと、ものの三分で「はい、結構です、病棟受付に声をかけてくださーい」……病歴とか飲んでる薬とかいろいろ用意してきたんですが……「はいそれも病棟に出してくださーい」とのこと。
実はこの大学病院には何度もお世話になっていて(なので今回の手術で『どこかの大学病院じゃないとできない』と言われたとき即答でこの大学を指名しました)、大学、病院(外来)、病棟(入院)がしっかりと組織分けされてるんですね。なので、まあこのくらいのタテワリは予測済み。ちなみに病院と病棟で領収書のフォーマットまで違います(笑)。
病棟に着くと、「あらこんなに早くお着きで」ということで、ベッドの準備が整うまでしばし待つことに。その間に今日の検査の一部やっとく? ってことで病院に(検査は病院側なのです)問い合わせていましたが、結局回答がある前にベッドが整ったので、入室。
で、検査の呼び出しとか、入院のオリエンテーションとかがあるので待っててと言われて、そういったものに時々呼ばれる以外は普段着のままベッドでぼーっと待つ一日でした。
■二日目
早速病院を抜け出す(笑)。両親が飛行機で来るので、それを迎えに空港へ行ったのです。ということで病院での出来事は無し。この日は検査も準備もないので、そのまま外泊です。
ちなみにこのとき、普段飲んでる薬を外泊期間分だけ受け取ります。そして、飲んだあとの『カラ』を必ず持ち帰るように言われます。要するに、薬のカラがあることでその患者がちゃんと薬を飲んだことのエビデンスにするわけですね。近所の病院に入院したときはそんなこと言われなかった記憶があるんだけど。この辺は病院によっていろいろありそうです。
■三日目
逃亡二日目(え?)。子供の保育園でイベントがあるのでまたも逃亡。夕方に無事捕獲。
明日の手術に備えて準備が始まります。と言っても、絶飲食の始まりくらいです。
手術中に漏らしたらやだなー的な意味で、排便の方もちょっとがんばってみます(出ました)。
■四日目
四日目朝っぱらからの手術です。9時スタートで、準備は8時から。家族に見送られて(自分で歩いて)手術室へ。
事前説明だと、点滴とって動脈圧とって脳波形つけたりとかなんとかいろいろ言われてたんですが、手術台に乗せられて十字架に縛り付けられたあと点滴とったところで「じゃあはじめまーす」ってことになりました。なんかいろいろ違う(笑)。
ではお待ちかね、全身麻酔の感じを。
左手の甲に点滴を入れられていて、全身麻酔薬はそこから注入されました。
入ると、すぐに分かります。
ほわっと手が浮くような感覚、明らかにしびれます。それが、血流に乗って肘、肩と上ってくるのが本当によく分かります。きたきたーって感じです。ああ、これが脳に届いたら私も終わりか……とか一瞬頭をよぎります(笑)。
首筋に同じ感触を感じた直後、鼻いっぱいに桃の香りが広がります。もう、おわっ、って感じでした。
私は『麻酔我慢して起きててやる』的な天邪鬼ではなくて、もうほんと、薬が来る前に寝ちゃおうって思ってたくらいなので、その香りと同時にふーっと眠くなるのが本当に心地よかったのを覚えています。
で、とんとんと肩を叩かれて、「起きてくださーい」と呼びかけられて目を覚ますわけです。このときの感覚は、『あー久しぶりに熟睡したなあ』でした。よく『あっという間に意識を失って気がついたら終わってる』なんて言われますけど、私の場合は、結構長い時間寝てたなあっていう感覚がしっかり残ってました。で、手術室の時計を見て、四時間ちょっとしかたってなくて「結構早かったですね(予定は六時間)」「案外簡単にとれたから」っていう会話の後、もう一眠り。起きると十五分くらいたってて、もう病室でした。うん、全身麻酔で二度寝しました(笑)。
もちろん、体中に管が。下馬評どおり、やっぱりお小水の管が一番うっとおしかったです。
寝るからと言って家族を帰らせて、実際寝ます。まだお昼の三時ごろでしたが、いろんな薬が点滴されてるおかげか、よゆーで眠れました。ちなみにこの時点で、私は四人部屋に一人だけ。差額無しで病室占有だぜひゃっほぃ、とか思ってましたが、ほぼ一ミリも動けないので意味無し。
夕方頃に一人、新しい患者さんが入ってきました。ガンが全身に転移したうえ脳出血で倒れて手術してきた人のようです。超レベル高いです。なぜ私と同室。
昼間寝すぎたのか、夜になると目が冴えてきました。同時に、手術の傷が激しく痛み出して、点滴に鎮痛薬をぶち込んでもらいました。
ずっと右腕に血圧計がついてて、一定時間ごとに圧をかけて測っているんですが、夜中になると、計測→ピンポンピンポン(低血圧アラーム)→看護師さん飛んでくる→いろいろチェック、時々「大丈夫ですか?」に「なんともないです」と返す、の繰り返し。普段から低血圧だからなあ。アラームの閾値は80だったのでそれを下回るってことは相当血圧下がってるってことなんですけど、夜中そんなに低くなってるなんて知らなかった(笑)。
ちなみに、手術の難易度ですが、
・10%くらいの確率で五感の一つを持っていかれる
・5%くらいの確率で五感のもう一つを持っていかれる
・0.1%くらいの確率で感情を奪われる
・0.0001%くらいの確率で目覚めない
はい、わざと変な書き方しました(笑)。
ちょっと微妙なところの手術なので、感覚とか顔面筋肉とかに影響あるかもよ、っていうアレです。分かる人はこの情報だけで何の手術したか分かっちゃうだろうなあ。
■五日目
眠れぬ夜を過ごして、朝。ごはんが運ばれてくるけれど、痛くて食べられない。お昼はおかゆにしてもらいます。
痛さのレベルはほどほどですが、長時間継続するのがつらい。あと、血圧計でずっと締め付けているので、右手がしびれているのもつらい。それと、小水の管(笑)。
ともかくその管をなんとかしようと、起きられるよアピールを開始。ナースステーションまで往復して、じゃあもう大丈夫か、ってことで管を抜いてもらいました。抜くとき痛いって聞いてましたけど、全く痛くなかったです。手術の傷の方が痛かったからかな。
午前中に、さらに二人、新規の患者さんがやってきます。四人部屋、これで満室。短い天下だった……。一人はなんかすごい脳系の難病みたいで他の大学病院から転院してきた人、もう一人は、もはや理解不能な病気。大学病院だからしょうがないけど、私だけ超小物でした。
お昼ごはんはおかゆに……カレー。カレーライスの流れをおかゆにしてしまった。ああでもカレーは出すんだな、なんてことを一人つぶやく私は孤独のグルメ。
手術した先生と助手の先生が何度も様子を見に来ました。手術した先生はなんとも頼りない感じですが、対処は丁寧。丁寧すぎて外来の時間割をしょっちゅう崩しているみたいです。助手の先生は全盛期の観月ありさみたいな美人女医さん。独身だったらアプローチしてますね(ヒモ的な意味で←コラ)。
■六日目
痛みが少しだけ引いてきたので、通常食へ切り替え。完食できたので、点滴を引っこ抜きます。午前中の診察で浸出液を抜くためのドレーンも引っこ抜き、これで、体についていた管は全部取れました。ていうか、ドレーンって案外ぞんざいに引っこ抜くものなんですねえ。
看護師さんは毎日担当が替わります。昼番、夜番でも替わり、そのたびに挨拶に来ます。
さて、ちょっと話は逸れますが、大学病院、若い看護師さんが非常に多いです。ほとんど二十代。昔お世話になったときにそのからくりを聞きました。
というのが、大学病院って重症患者が多いので、まず体力が無いとやっていけない。患者さんを起こしたり持ち上げたりなんてのが本当に多いので。なので、若い頃は良くても歳を取ってくると体力がきつくなってくるし、もちろん病院としてもそういうリスクが高い看護師を余り置いておきたくないので、ある程度の歳になると自動的につながりのある病院に天下り(笑)していくのだそうです。なので、大学病院の看護師は若くてピチピチ(死語)してるわけです。
ちなみに私がいる間、運よく(?)、近所の看護学科の実習生が入っていて、ひときわ若ピチしてました。ていうか、その医大、顔見て合否決めてるだろってくらい美人ばかりだったんですけど、なんなんでしょうあれ。深く触れないほうがよさそうですね(笑)。
病状の方は、この日も痛かったなあ、って感じ。ほとんど眠れていません。あとベッドを血まみれにしてしまいました。先生に訊いても「そのくらい出るのはふつーふつー」みたいな反応でした。慣れてる人ってこわいなあ。
■七日目
朝の診察。「明日退院でよさそうですね」のお言葉。さすがに「いやまだ結構いろいろ出てますけど」「うん、出る出る、ふつー出る。でも寝てなきゃならないほどじゃないからだいじょーぶ」……えぇー。
何度かの先生の訪問時に、退院後あれしていいのかこれしていいのかといろいろ質問攻めにする一日。
痛み止めは飲み継げるぎりぎりの時間で服薬し続けて、それでも熱痛い。
傷口を濡らさないようにしてシャワーを浴びて人心地。久々に体がさっぱり。
お昼前に病室を引っ越しますってことで、連れて行かれます。「割と元気になった人を移す部屋です」とか結構大声で看護師さんが言う。残っている三人に聞こえてるって。……え? 私も今日まで『元気じゃない組』だったの?
そうそう、慣れちゃってたけど、外がずっと騒がしいんですね。都心ど真ん中ってのもあるんですけど、常に救急車のサイレンが聞こえてます。大学病院がいくつか集まってる地域なので。この日はそれに加えて火事騒ぎまであってうるさかったなあ。
■八日目
朝の診察、「うん順調」と表のガーゼだけ変えて去っていく先生。入院中の処置はこれが最後でした。
朝ごはんを食べて、荷物をまとめてシャバに出る時間までまったりしてると、看護師さんが。ちょっと新規入院の人がたくさん来たから、出てって、と。
そんなわけで追い出されました。すっごい雑に追い出されました。
退院手続きも、何もしてないです。病室に請求書持ってきて、「じゃこれ、帰りにでも支払ってね、お大事にー」でおしまい。本当に支払い窓口でお金払うだけでサヨウナラ。処方薬は前日のうちに全部渡されちゃってたし。
その後電車でお家に帰って、半日くらい痛い痛いと唸りながら寝てました。その翌日くらいには痛みはほぼ収まってきたので、やっぱり痛みが引き始めるタイミングってのをお医者さんはよく把握してるもんだなあと感心したものです。
■さて気になるお値段は……?
一応ヒミツ、ですが、『限度額適用認定証』を事前に出しておいたので、支払いは十○万円で済みました。それにしても手術の点数がすごい……。
割と軽めの手術での入院の流れはこんな感じでした。いやぁ、バカンス気分で入院してようと思ったんですが、痛くてそれどころじゃなかったです。もうほんと、常時痛いってだけで、思考力をごっそり持っていかれます。寝てるだけだから小説でも書いてようと思ったんですが、文字が何も頭に浮かんでこないです。闘病生活をしながら執筆してました、なんていう作家の話があったりしますけど、やっぱり、本当に有名作家になるような人は、文章に対する情熱と根性が違うなあと思います。