剣の願い
ここに一本の剣がある。煌びやかな造りで、刃もピカピカと輝く立派な剣だ。
この剣を作ったのは国で一番の鍛冶師である。彼は国の王様の命令で、世界一頑丈で、世界一立派で、世界一切れ味のある剣を作った。
王様はさっそく剣を使った。最初に使われたのは罪人に向けてだ。死刑になる様な罪を犯した人間で、剣で切られても当然の行いをした人間である。
剣は罪人をすっぱり切って、それが余りにも切れ味が良かったから、王様は作った鍛冶師を褒め称えた。
そうして、その頃、剣には意識が芽生えた。あまりにも立派な剣だったから、自分がどういう存在かが分かったのだ。
剣は自分の生まれや切れ味を誇った。これこそ剣である。世界一の剣だ。悪い奴をやっつける立派な剣なのだ。
最初、剣は王様に宝物として扱われた。宝物庫に大事に仕舞われて、時々、王様が剣の素晴らしい輝きを見にやってくる。
自分が使われないことを剣は不満に思ったが、自分は素晴らしい存在なのだから仕方ないと思い、王様が満足する様に、いっそう輝きを放つのだった。
そんな剣に使われる機会がやってきた。国に悪い奴が現れ、それを倒す勇者も現れたらしい。勇者は大層立派な人間で、そんな勇者ならばと王様は剣を宝物庫から取り出した。
剣は漸く使われる機会が来たと喜んだ。それも立派な勇者の剣だった。どんな事に使われるだろう。悪い奴をたくさん倒すのか。それとも、魔法を掛けられて、水や炎を切り払ったりできるのだろうか。
剣はわくわくしていたが、残念ながら一度きりしか使われなかった。悪い奴の親玉を退治する時、トドメの一撃だけが剣が使われた瞬間だった。
悪い奴は倒される時に何か言って、勇者も何やら大切なことを悪い奴に話していたが、剣は何も聞いていなかった。
一度きりしか使われないなら、他の剣でも良かったのに。
剣はその後、王様に返された。また退屈な宝物庫暮らしかとうんざりしてきた剣。どうにか自分が使われる機会が無いものか。自分で動けない剣は、何時もそんなことを考えていた。
そんな剣が、活躍する場面が遂にやってくる。王様の国で戦争が起こったのだ。戦争の原因は、傲慢な王様が勇者を国の外に追いやったからだとか、悪い奴らの代わりに王様が悪いことを始めたからだとか、様々な理由を耳にした剣であるが、そんなことはどうでも良かった。ただ、自分が使われる機会が来るだろうとわくわくしていたのだ。
剣が使われたのは、王様が戦争相手に追い詰められ、沢山の人間に囲まれた時であった。宝物庫から大切な剣を取り出し、それで襲ってきた相手を退治しようとしたのだ。
剣はとても立派な物であったので、何人もの人間を切り捨てることができた。これほど使われたのは生まれて初めてであったため、剣は非常に喜んだ。漸く自分の力を発揮できる。
だけれども、剣の活躍はそれほど長くは続かない。剣はまだまだ頑張れたのに、王様の方が疲れ果ててしまったからだ。王様は膝を折り、敵の手にかかって死んでしまった。これで、剣が王様の手によって振るわれることは二度とないだろう。それが剣には悲しかった。
そして、倒された敵が持っていた武器の声を聞いて、今度はとても悔しくなってしまう。棒きれは、自分みたいな奴でも、何人もの人間を殴り倒すことができたと自慢し、鎌みたいな武器は、使い難い道具なのに、それでも使いこなして貰って満足だと喜んでる。
自分は剣として何回か使われただけだというのに、他の武器はもっと使われている。そのことが堪らなく悔しかった。
だから剣は必死に輝こうとする。だれか僕を使ってください。僕はもっと剣として活躍できる。
その輝きが誰かの目に映ったのか、王様を倒した人間の一人が、剣がとても凄い物だと言って、倒れた王様の手から剣を奪ったのである。
これを売れば一財産だ。そんなことを言われて、剣は少しだけ怒りたくなったものの、どこかで売り払われて、そこで使われるのなら、それで満足だと剣は思った。まだまだ自分は立派な剣なのだ。
その後、剣は多くの人の手に渡った。そしてその度に剣として使われたのである。戦争は王様が死んだだけでは終わらなかったからだ。
王様が死んだ後は、自分こそが次の王様だと、色んな人間が名乗りを上げた。それは勇者と言われた人間だったり、王様を直接手にかけた人間だったり。王様の国とは全く関係の無い人間だったりもした。
話し合えばすぐに終わる問題だったかもしれないが、ぜんぜん纏まらず、結局は皆が武器を取り合って、無理矢理次の王様になろうとした。
剣はそのことに喜んだ。商人に売り払われた剣であるが、戦争のための道具として、さっそくどこかの兵士に買い取られたからだ。
兵士は剣を使って沢山の敵を倒し、力尽き、そして別の人間が剣を奪って使う。そんなことを何度も繰り返すうちに、剣の輝きは鈍くなって、切れ味も悪くなっていった。世界で一番の剣として作られた姿は見る影も無くなっている。かつての姿を知っている人間が見れば、なんてことだろうと残念がるはずだろう。
そのことに、剣はとても満足していた。自分は戦うための道具だもの。使われなくなって、どこかに仕舞われるよりも、こうやって使い古してくれた方が、どれだけ道具として輝いているか。そのことに比べたら、実際の輝きなんてこれっぽっちも意味がない。
それは剣の近くにいた武器や防具達も同様だった。ある日、とある剣と鍔迫り合いをした時は、向こうの剣はもうすぐ折れそうになっており、折れるくらいに使われる自分は、なんて道具冥利に尽きるだろうかと語られたし、鎧の隙間を突き刺した時は、この隙を突いてくれる相手が漸く訪れた。ずっと気になっていた隙間なんだと、なんだか面白がっていた。
とにかく、道具は使われることが嬉しいのだ。特に剣は、立派な剣として作られたのだから、立派に使われることを希望している。
だけれども、残念なことに、剣としての役目はそろそろ終えようとしていた。碌に手入れもされずに、酷使され続けた剣は、ぼろぼろの錆々で、もう剣として使えなくなってきたのだ。
剣はとうとうどこかの荒野に捨て置かれることになった。大きな合戦があった様で、剣と同じ様に、色々な武器や防具が荒野に散らばっている。
荒野に散らばるそれらは、皆、残念そうに嘆いていた。もう限界かもだけど、せめて真ん中からポッキリ折られたかった。使われて汚れるのは良いけれど、雨の中、放って置かれて錆びるのは嫌だなあ。
そんな嘆きとは一風変わった声を上げる道具もある。剣がそれだ。剣は、まだまだ使って欲しかったのだ。
自分はまだまだ使える道具なんだ、もっともっと使って欲しい。そんな剣の声に、周りの道具は我が侭だと文句を言う。もう剣としては使え無さそうじゃないか。自分の方がまだ立派に見える。戦争だってもう終わりさ。武器の出る幕なんて殆ど無くなるよ。
他の道具のそんな言葉に、剣はとても悲しくなった。自分はもう道具として使われないのか。残念だ。もっともっと使ってほしかったのに、どうして人間は戦争を止めてしまったんだろう。
そうして、さらに月日が経った。荒野には雑草が生えてきて草原になる。その間に朽ちた道具や、土に埋もれてしまった道具もある。
そんな中で、もう剣とすら呼べなくなった、刃も無い鉄の棒は、それでもなんとか、ほんの少しだけ輝くことができた。
戦争が終わって、とても長い時間が過ぎたのだろうが、それでも誰かに使われたかったのだ。
そんな鉄の棒の輝きを、偶然に見つけた人間がいた。草原の近くに出来た、小さな村の村人だ。
村人はまだ小さな男の子で、この草原には、宝物が埋まっているかもしれない。そんな噂を聞きつけてやってきたのである。
村人は鉄の棒を見つけると、それが宝物だと思って、鉄の棒を家へ持って帰った。勿論、剣にはかつての輝きなんて無いので、ただの鉄の棒だ。少年の親は、息子がゴミを持って来たと怒るものの、せっかく拾ってきたのにと泣く少年に根負けして、とりあえずは雑用道具として使うことにした。
ここに一本の棒がある。かつては国一番の鍛冶師に作られ、世界一立派で、世界一切れ味のある剣であったが、もう見る影も無い。
そんな鉄の棒は、今は洗濯物を干すための棒として使われている。そのことが、鉄の棒にはとても嬉しかった。