夫婦ノ絆 〜殺人ノ動機〜PDFで表示縦書き表示RDF


夫婦ノ絆 〜殺人ノ動機〜
作:リート


「私が今の妻と結婚したのは今からちょうど二十年くらい前の事です。
 当時、私は前の妻と離婚したばかりで、離婚調停や裁判などで正直、身も心もズタズタになっていました。原因は私の不倫でしたから、自業自得と言ったところですか。
 当時の私はもう結婚なんて二度とするもんか、と思っていました。これでやっと自由だとも。
 前の妻との結婚は親同士が勝手に決めた、いわゆる政略結婚でした。極貧の農家で生まれた私は、三歳になったときに地主に養子に出されたんです。だから親には逆らえず、見たこともない女と結婚しました。
 でも、両親はもういません。父は戦争で亡くなり母も私が離婚する二年も前に交通事故で亡くなりました。実の両親も戦争で亡くなったそうです。
 ……話が逸れました。
 とにかく私は全てを失い、使い道の無い自由だけを持ち腐れたまま、ただ仕事に追われ、付き合いに追われて日々を過ごしていました。
 そんなある日の事です。……と言って純愛の話を始めたいんですけどね。そうもいかないのが世の中でして。
 私はある日、上司に連れられてとあるクラブへ行きました。別段高級な店ではありませんでしたが、静かな音楽が流れる落ち着いた雰囲気の店でした……と話せばもうお分かりですね。私はそこで出会った一人の女性と親しくなりました。店で何度も会い、次第にプライベートでもちょくちょく会うようになっていきました。
 そんなある日、彼女は自分に娘がいることを話してくれました。私も話しました。自分が歩んで来た道を。貧しい農家で生まれたこと、養子に出されたこと、政略の道具にされたこと、不倫をしたこと、離婚したこと、慰謝料として財産の大半を奪われたこと、不倫の相手にも見捨てられたこと。
 私は全てを話し終えた後、ちらりと彼女の顔を見ました。
 ……彼女は泣いていたした。
 私はその涙を見て、驚きました。
 というのも、私はその時まで、他人のために泣くことの出来る人に会ったことがなかったからです。そんな人、現実に存在するはずがない。そう思っていた私は、同時にショックも受けました。私にこの人を愛する資格なんてない。そんな気持ちに胸を押し潰されそうになりました。
 私は彼女の下を去ろうとしました。彼女には私より相応しい男がいくらでもいるはずだ。私なんかといたら、きっと不幸になる。その時はそう自分に言い聞かせていました。でも本当は多分、苦しさから逃げようとしていただけなのかもしれません。
 彼女はそんな私のことを見透かしていたのでしょう。彼女は言ってくれました。少しずつ変われば良い、人は変われるから、と。
 結局、私は彼女と結婚しました。身近な友達だけを集めた小さな結婚式を挙げ、三人での生活をスタートさせました。
 いろんな問題にぶつかりました。でも三人で乗り越えることができました。
 結婚して二十年、特別なことはありませんでしたが、私の人生の中では一番、幸せな時期でした。
 しかし、私達ではどうしようもない問題に直面しました。刑事さんもご存じの通り、妻が不治の病に冒されたのです。妻はそのことを知り、自宅に帰りたいと言い出しました。医師も妻の意思を尊重して下さり、退院を許可してくれました。
 自宅に戻った妻は開口一番、こう言いました。わたしを殺して、と。何を馬鹿な、と私はその言葉を笑い飛ばしました。冗談を言っていると思ったからです。妻もそれっきり何も言いませんでした。
 それから半年、妻はずっと寝たきりの状態が続いていました。妻の世話は正直言って大変でしたが、もう嫌だと思ったことはありませんでした。妻は、ずっと私に幸せをくれました。その妻のためにできることが、やっと見つかったんです。
 なのにある朝、妻はまた言いました。これ以上貴方に迷惑をかけたくない、わたしを殺してくれ、と。
 私は年甲斐もなく泣きながら、馬鹿なことを言うなと叫びました。何度も、何度も思い止まらせようとしました。
 しかし彼女はこう言いました。あなたの優しさは嬉しいけど、今の私には辛い。もういいの、と。
 私は悩みました。
 私の意思と彼女の意思、どちらをとるか。答えは始めから決まっていました。私に、彼女を殺せるはずがありません。殺せるはずは、なかったんです。
 ……その晩、私はハンバーグを作りました。
なぜか彼女の一番の好物なんです。彼女はいつものように笑って、美味しい、と言ってくれました。彼女の食事が終わった後、私はいつものように一回分の薬とコップ一杯の水を用意して、彼女に渡しました。彼女が気付いたかどうかは分かりません。いつもの薬が、全て睡眠薬と入れ代わっていたことに……。
 後は刑事さんのご存知の通りです。妻は……私が殺しました」
「なぜ奥さんを殺した? 殺せるはずなかったんじゃないのか?」
「……分かりません。自分がどうしてあんなことをしたのか、未だに分からないんです。でも信じてください。私は彼女を愛しています。今までも、そしてこれからも」

   *

「『岩山 亮、六十二歳。十一月十日の夜、その妻、明子に多量の睡眠薬を飲ませ、殺害。その後午後十時二十三分、警察署に自首し、そのまま逮捕。その後、書類送検されるも不起訴処分となる。
 しかし不起訴処分が決まった次の日、彼は自宅にて首を吊り、自殺。遺書等は遺されていなかったが、台所には一輪の白いカーネーションが活けられていた』……だって。見てよこの記事。自分の奥さんに睡眠薬飲ませて殺したんだって」
「あ、俺も知ってるよ、その事件。テレビで見たんだけどさ、介護疲れが原因って言ってた」
「へぇー。でもこの人自殺しちゃったみたい」
「そうなんだ……。その白いカーネーションって何か意味あるの?」
「多分、花言葉なんじゃないかな」
「どんな意味?」
「白いカーネーションの花言葉はね、『愛情は生きている』よ」
「愛情は生きている、か。なんか切ない話だね」
「そうね。……さ、晩御飯にしましょ」

―END―


あとがきです。

この話は『台詞だけで小説を!』と『推理サスペンスの最後の15分を切り取る』という二つのコンセプトを元に考えた話で、実は別の投稿サイトで投稿したもの(の微修正版)だったりします。

恋愛と言うジャンルからは少し外れているかもしれませんが、その辺りは御了承の程一つよろしくお願いします。

ちなみに登場する人物、団体は架空のものであり、実在はしませんのであしからず。

最後に、この話は尊厳死というものを推奨するものではありません。……否定もしてませんが。
 小説はあくまで小説であり、それをどう自分に反映させるかは個人の自由ですので。













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