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  女神は笑う 作者:宵闇
王妃の茶会

「これはこれは、トーリ様。ご機嫌麗しゅう」

 優雅な手つきで礼を取って見せたポーシアにトーリは柔らかく微笑んだ。
 
「ポー。ちょっと抜け出さないか?」

 窓から侵入してきたトーリに表情さえ変えず、ただ小首をかしげたポーシアにトーリは苦笑する。
 相変わらず表情が乏しい。

「……こんな夜更けにですか?」
「ああ。アストの心配はいらないよ。もう寝てるから」

 放っておくといつまでも考えたままであろうポーシアの手を取ってそのままポーシアの細い腰を捕らえ、後ろに倒れる。

 そのまま一回転してすとっと地面に着地したのだが、ポーシアは一応反射的にトーリの服を握り締めたが、表情は変わっていない。
 
 そのことにまた苦笑する。

「あの、トーリ様。どこへ……」
「ちょっと散歩するだけだよ」

 無表情の下で戸惑っているであろうポーシアを安心させるように微笑みかけると、僅かに頬を高揚させ俯いてしまった。

「少し、走るから。舌噛まないように気をつけなね」
「はい」

 ポーシアを、傷つけないように抱え直した。




 +++++++

「……ここは」

 爽やかな風が頬を撫でる。
 下ろされると、さくっと草を踏んだ。
 裸足なことに気づき、「あ……」と思ったが、なんだか気持ちよくてどうでも良くなる。
 清涼な空気に心が洗われるようだ。

(こんな気持ちは、久しぶり)

 眼前に広がる、透き通った泉の水面のように心が和いでいる。
 森林に囲まれた小さな泉がそこにはあった。
 月光が差し込み、水面に反射して光がゆらゆらと揺れている。
 月にがとても綺麗で、少しでも近くに行きたくて手を伸ばす。
 すると、くすりと笑われた。

「そんなことしても月には届かないよ。それより、ほら」
「……トーリ様」

 泉に写る月を指差すトーリ。
 確かにあの月になら手が届くだろう。
 でも、それよりももっと惹きつけられるものがあった。
 
 木にもたれ掛り穏やかに微笑むトーリ。
 影になっているそこにありながら、金色の双方が柔らかく細められている。
 その姿に、ポーシアは跪いて祈るようにトーリを見上げる。

「やはり、あなたなのですね」
「やっぱり勘がいいな。もしかして、と思ったけど……ポーみたいな子はもう滅多には見られなくなったからな」

 穏やかな眼差しで見つめられて、身が震える。
 トーリの目に自分が写っていることが、嬉しかった。

「何で泣いてるの? ……ほら、そんなとこに膝つけてたら汚れちゃうだろ?」
「あ、はい……」

 手を差し出されておずおずとその手を握った。
 
 この方の声を聞ける幸福。
 この方に名前を呼んでもらえる至福。
 この方に触れていただける栄誉。

 あまりにもこの身には過ぎたことに、戸惑いを隠せない。
 
「もったいないな。アストに、ポーは勿体無い」
「そんな……」

 かぁと赤くなる。
 
「ポーみたいに、心が清らかな子は滅多にいないよ? 神官になれば良かったのに」
「それでは今から俗世を捨て、神官に……」

 言うとおりにしようとすればトーリが目を丸くした。
 
「そう言う意味で言ったんじゃないよ。……それに、ポーが遠くへ行ったら寂しいだろう」
「……こ、光栄です」

 間近に迫るトーリに、緊張して声が震えた。



 
 前王に正妃からの降格を命じられ、素直にそれに従った。
 正妃で無くともかまわない。
 ただ、味方は多いのに権力で押さえつけられ、ことごとく芽を潰されるアストロッドを慰められることが出来るのなら。
 大勢に好かれ、頼られるアストロッドは、何故か孤独だった。
 並び立てる存在が、いないから。
 誰もが一歩後ろへ下がってしまう。下がるざるを得ない。
 その優秀さゆえに。
 その荒れた心を隠すように被せられたであろう、残忍さゆえに。

 哀れで仕方がなった。
 
 だから、少しでもお慰めできたら。
 そう思い、アストロッドの傍にあり続けた。
 恋や愛などといった感情ではない。ただ、お慰めしたかった。

 
 アストロッドが王となったとき、同時に二人の妃が迎えられた。
 一人は陽だまりの中にいるような、とても清らかで美しい花嫁・ユフェリア。
 その包み込むような暖かな空気にポーシアまで包まれるようだった。
 もう一人は傲慢なほどのふてぶてしい態度の花嫁・トーリ。
 燃え盛る業火のようなその気迫に圧倒され、直視すらできない。
 
 二人はとても優しく、聡明でポーシアとも直に打ち解けた。
 ユフェリアは想像通りだったが、トーリは意外だった。
 戸惑うポーシアに、惜しげもなく笑顔を向けてくれる。
 そのたびに心が熱くなり、火を噴くようだった。

 この方にお使えするために生まれてきたのだと思った。
 
 しかし、あまり露骨にトーリに近づくとユフェリアが焼もちを焼くのでポーシアは分をわきまえ、控えるようにしている。

 アストロッドとトーリの並ぶ姿はとても壮観で、神々しかった。
 生き神。
 そう思った。

 こんな二人にお使え出来るなんて、何と言う名誉なのか。
 ポーシアは幸せだった。





 +++++++




「トーリ様! これとおっても美味しいのですわっ! ぜひお召し上がりくださいな」
「……ユフィ、もう食べられないよ」
「トーリ様、お茶を」
「お茶なら! 私が入れますわっ!!」

 苦しそうにお腹をさするトーリにポーシアが紅茶を勧めた。
 するとユフェリアが二人を阻むように割ってはいる。
 トーリとポーシアは目を合わせて苦笑した。
 そんな二人をみて、ユファリアの美しい顔が可愛らしく膨れ上がった。

「珍しいな、ポーシアが笑うなど」
「アスト」

 三人のささやかなお茶会に休憩がてら顔をだしたアストロッドはどうでも良さそうにそんなことを言いながら、トーリの隣にどかっと座った。
 ポーシアも黙って席を譲る。
 机に肘をついたトーリが真剣な顔をしてポーシアとユフェリアに向き直る。

「なぁ、アスト最近ご無沙汰みたいだから、どっちか相手してやって」
「は?」
「ええ!?」
「おいっ!!! またその話かっ!!」

 夜の営みの話を昼間、堂々とされ、目を丸くしたポーシアとユフェリアだったが、ポーシアは少し小首を傾げた。

「構いませんが……陛下はまだお寂しいのですか?」
「「え?」」
「なっ!!!!!????」

 トーリが来てから満たされた顔をしていると思っていただけに、ポーシアは思ったまま言っただけなのだが、アストロッドの愕然とした顔を見て失言だと口を覆う。
「申し訳ありません」と謝ろうとしたら、トーリが爆笑した。

「あははははは! ポー、言うね!」
「笑うなっ! ポーシア、余計なことをっ」
「申し訳ございません……」

 紅茶を一気飲みして席を早々に立ってしまったアストロッドに、三人は顔を見合わせてくすくすと笑い合った。




 
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