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リング・オブ・カーズ
作:鷹嶺 綺羅



第三十七話


 ●夜。病院近くのレストラン
 悠菜の携帯が鳴った。
 相手はルシフェル。
 血相を変えたルシフェルの声が事態の深刻さを如実に伝えていた。

「どうしたのです?」
 食事を終えた綾乃―――ロイズールが不思議そうに訊ねた。
「やられた」
 携帯をしまいつつ、悠菜は呻くようにそう言った。
「グリムが動いたのですか!?」
 驚愕の表情を浮かべるロイズールに、悠菜は頷いた。
「さらわれた」
「誰が?」
「友達」
「……友達?」
「うん。桜井美奈子ちゃん。天狐というか、九尾の狐の主にしてグリムが一度襲撃した相手。一時は……ううん。もしかしたら、僕達の中で一番に真実を見つめることが出来る子」
「その子が、何故?」
「わからない」
 悠菜は困惑した顔で首を横に振った。
「人質?それとも捜査の混乱?」

 ピーピーピー!!
 ドンッ!
 再び、携帯が鳴ったのと、遠くで爆発音がしたのは同時だった。

 ルシフェルからだ。
「もしもし?―――えっ!?場所は!?神社!?すぐ行く!説得を続けて!」
 悠菜は慌てて席をたった。
「来て!殿下の力も借りたいくらいの騒ぎになった!」
「ど、どうしたというのです!?」
 ロイズールもあわてて席を立つ。
「葉子ちゃんが」
 カウンターで、「いつものツケで!」と言い残し、悠菜はロイズールと共に外へ出た。
「葉子?」
「狐!」
「桜井美奈子のサーヴァントが?」
「暴走した!」
「えっ!?」
 遠くで連続した爆発音が響き渡る。
 ロイズールには、魔力攻撃であることはすぐにわかった。
「あれ!まさか!」

 そんな馬鹿な。
 ロイズールは混乱する頭脳を励起して何とかその結論に達した。

 グリムはそこまで計算の上で桜井美奈子という子をさらったのか?

 だとしたら相当な策士だ。

 九尾の狐。

 天狐とも言われるその戦闘能力は上位魔族というより、むしろ自分達に近い。

 それが主を奪われたらどうするか?

 人間の仕業だと誤解させることが出来たら?

「狐は―――!」

 考えたくない。

 そんなロイズールに悠菜は言った。

「そう!」

 悠菜の体が宙に浮いた。

「ルシフェが説得してるけど、ご主人様がいなくなったって!葉子ちゃんパニックになっちゃってる!」


 ●月ヶ瀬神社
 月ヶ瀬神社
 別名“オバケヶ丘”と呼ばれる月ヶ丘の上に存在する小さな神社。
 明治維新における葉月戦戦没者の慰霊のために創建されたというのが通説だ。
 とはいえ、浅瀬の海岸を大型船舶が接岸できるほどの湾に変形させたほどの戦いは、それまで存在していた記録・文献どころか、葉月村そのものを灰燼に帰したため、その真偽のほどを確かめる術はほとんど残されていない。

 
 水瀬悠菜が瀬戸綾乃の肉体を乗っ取ったロイズールと共にその神社上空に到達した時、既に社殿は根こそぎ吹き飛ばされ、丘の上は艦砲射撃を集中的に受けたような―――いや、艦砲射撃を受け続けているような有様だった。

 連続した爆発の光が辺りを昼間のように照らし出す。
 その光芒の一つ一つが、とんでもない出力の魔法攻撃なのだ。

「ル、ルシフェちゃんは!?」
 一年戦争でもそうは見たことのない有様を、上空から見た水瀬がまず心配したのは、姉の安否だった。
 普通なら1万回は軽く消し炭になっていて当然の状況なのだ。
 いくらルシフェルが非常識な存在でも、これでは―――!!
「あそこです」
 ロイズールが指し示すのは、丘の中程。
「爆発を障壁で凌いでいますけど―――危険です」
「行く!」水瀬は体を降下させ、
「はいっ!」ロイズールがそれに続く。

「葉子ちゃん!」
 その頃、神社ではルシフェルが文字通り必死の説得に当たっていた。

 ルシフェルもおかしいとは思ってはいた。
 葉子を家まで送り届けたのに、肝心の美奈子はその時、まだ家に戻っていなかった。
 そして、一本の電話がかかってきた。
 相手は美奈子の母。

 “娘がまだ戻らない。探しに行くといって葉子も家を飛び出してしまった”

 ルシフェルも探しに出ることを約束し、そして、神社の急な階段を危なっかしい足取りで上ってくる葉子を見つけた。

 葉子は、美奈子が水瀬の家にいるはずだと、そう言い張る。

 学校も予備校も閉まっていたし、いるとしたらここだけだ。というのが葉子の言い分だ。
 それは、葉子が知る美奈子の行動範囲の限界でもあったが、葉子にとってそんなことは問題ではなかった。

 「お姉ちゃんがいない!」
 それが葉子にとって何より大変な騒ぎだったから。

 例え、九尾の狐とはいえ、その情緒は4歳児のもの。
 大切な姉とはぐれたこの子は、すぐにぐすりだし―――。

 どうしよう!

 内心の焦りを隠しきれない様子で、ルシフェルは相手を見た。

 泣きべそをかいているのは、まぎれもなく葉子。

 その葉子から―――

「っ!!」
 すぐ目先にあった狛犬が蒸発したほどの魔法の直撃が来た。
 空間制御可能な鏡魔法による障壁でその一撃をしのぐのが、ルシフェルにとって精一杯だ。何度、取り押さえようとしても、近づくことすら出来ない。

 ルシフェルは後悔していた。

 すぐに取り押さえればよかったんだ!
 いくら何でも、抱きしめてあげさえすれば魔力を発揮しないんだから。それを怠って、家に電話しようとしたのは、あきらかに自分の失態だ!

「やめなさいっ!」
 そう言っても、今の葉子は聞く耳すらもたないだろう。
「ヤダぁ!」
 涙混じりの声で葉子はそう怒鳴った。
「お姉ちゃんがいなくちゃヤダぁ!」
「すぐに見つけるから!」
「今じゃなきゃヤダもん!」
「ワガママ言って!」ルシフェルは怒鳴った。
「回りを見なさい!」
 しゃくりあげながら、それでも葉子は回りを見た。
「どうなってるの!?」
「グスッ……」
「葉子ちゃん!?どうなってるの!?」
「こ……壊れちゃってる。燃えてる」
「誰がやったの!?」
「……ヒック」
 ルシフェルの剣幕に押されるように、葉子が小さく身を縮めた。
「葉子ちゃんでしょう!?違うの!?」
 その口調はもう、娘を叱る母親のそれだ。
「……ヒック」
 こくん。葉子は小さく頷いた。
「お姉ちゃんがこれ見たらどう思うの!?怒られるだけじゃ済まないよ!?」
「でも―――でもぉ」
「お家出て行きなさいって、怒られちゃうからね!」
「やだぁ!」
 主がいない現状より、追い出される方がよほど怖いらしい。
 葉子は泣き声と共に、今までで最強レベルの一撃が来た。
「―――っ!」
 ルシフェルは、その魔法攻撃を何とか凌ぐと同時に、自分のとった行動に驚いた。

 手が―――

 霊刃を抜いていた。

「馬鹿な!」
 ルシフェルは霊刃を放り捨てた。
 戦う相手じゃない!
 あの子は敵じゃないんだから!

「ルシフェちゃん!」
 その真横に降り立ったのは、
「み―――悠菜ちゃん!」
「間違えたら帰る所だったよ?」
 そう。悠菜だ。
「遅い!」
「とはおっしゃられても……あれはどうして止めたものか」
 正直、悠菜も攻めあぐねていた。
 相手を殺すのが手っ取り早いのは確か。とはいえ、相手は日本中の狐の頭領的存在。
 殺した後、自分達が無事でいられる保証はない。
「もう歩く砲台だよ!」
 涙混じりにわめくルシフェルの展開する魔法障壁に魔法攻撃が命中し、ルシフェルは吹き飛ばされそうになった。
「あんな派手なの何発撃ってると思う!?」
「聞きたくない……精神安定上」

「お家帰る!お姉ちゃんと一緒に帰る!」

 その言葉に、悠菜は事情がようやくわかった。
「ああ……そういうことなんだね」
 感心した。といわんばかりの口調に、ルシフェルが、
「何してるの!?このままじゃ!」
「葉子ちゃん」
 悠菜は普通に葉子に話しかけた。
「お姉ちゃんはね……さらわれちゃったの。わかる?」
「悠菜ちゃん!」
 あまりと言えばあまりのセリフに、ルシフェルはたまらず悠菜の胸ぐらを掴んだ。
「誰に!?」
 4歳児らしい声そのものに恐怖はない。
 だが、放たれる殺気は、いかなる勇者をもすくませる迫力に満ちあふれていた。
「あのね?グリム・リーパーっておじさん」
「どこにいるの?」
「うーん。実はお姉ちゃん達も探してるの」
「私も探していい?」
「うん。お姉ちゃん助けたら、後はもうソイツ、ギッタンギッタンにしていいよ?」
「―――“食べちゃって”もいいの?」
「もちろん♪」
「―――わかった」
 葉子は一歩後ろに下がった。
「じゃ、探しにいくね?お姉ちゃん達、お休みなさい」
 ぺこん。
 葉子が頭を下げた次の瞬間、葉子の姿が闇の中に溶けて―――消えた。

「ど……どういう、こと?」
 突然の幕切れを呆然として見るルシフェルの声を遮るように、
「上手く利用しましたね」
 そう言ったのはロイズールだ。いままでどこにいたのか、二人の背後に立って微笑んでいた。
「瀬戸さん?」
「あっ……ルシフェちゃん。違う違う」
 きょとん。とするルシフェルに、悠菜は手を左右に振って否定すると、背後に立つロイズールを指さした。
「これ」
 ゴキンッ!
 鈍い音がして悠菜の顔面が地面にめり込んだ。
「“これ”とは何ですか!?“これ”とは!」
「やっぱり瀬戸さん?」
「ふ……普段からこんなことしてるんですか!?この子は!」
「ぜ……全部、殿下の仕業では?」
 後頭部に大きなタンコブを作った悠菜が、泥まみれの顔をなんとか地面から引っ張り上げた。
「四六時中コントロールしているわけないでしょう!?」
「……悠菜ちゃん」
 ルシフェルは、そっと悠菜の耳元に囁いた。
「瀬戸さん……壊れちゃった?」
「元から壊れているような所あったけどね……幸いにして違う」
「何かの役になりきりすぎて戻れないとか?」
「黄色い救急車とは縁はないと思うけど……」
 悠菜はタンコブをさすりながら言った。
「殿下、こっちがルシフェル・水瀬です。ルシフェ。よく似てるっていうか、肉体は瀬戸さんのだけど、精神は別人……うんとね?ロイズールって名前だけ覚えておいて。間違っても粗相のないようにね?」
「ロイズール?」
 ルシフェルは、いかにも疑わしいという目で、目の前の少女を見た。
 間違いなくクラスメートの瀬戸綾乃の姿なのに、悠菜ちゃんは別人だという。
 私をからかっているのか?
 とも思ったが、
「事情は把握しているつもりです。ルシフェルとやら」
 口調も態度も、ルシフェルの知っている瀬戸綾乃のそれではない。
 何より、この気品と恐るべきプレッシャーは絶対に瀬戸綾乃のそれでないことは確かだ。
 恐らく、どこぞの王族か何かだろう。
 それが何故、瀬戸綾乃の肉体を使っているか?
 悠菜はそれを考えるなと言っているのだろう。
 そう、ルシフェルは見当をつけた。
「細かい素性は聞かないことで協力してもらっている。―――そう思って」
「……水瀬君」
「悠菜」
「……どっちでもいいよ」
「よくな―――むぐっ!?」
 ルシフェルは、両手の親指を悠菜の口の中に突っ込んで派手に引っ張った。
「と・に・か・く」
 水瀬教育法原則の一つ“気迫で従わせろ!”を遵守する行動に出たルシフェルは、
「協力者なんでしょう?敵じゃないんだね?」
「今の所は」
「煮え切らないの、嫌いだよ」
「仕方ないでしょう?」そう答える悠菜は半泣きだ。
「言えないことだってあるんだから」
「コホン。とにかく」
 姉弟喧嘩を前に、ロイズールは軽い咳払いと共にルシフェルに何かを差し出した。
 それは、先程、ルシフェルが放り捨てた霊刃だった。
「騎士が剣を捨てる―――それはそれでかなりの覚悟だと思います。無断でお借りしたことはお許し下さいね?」
「借りた?」
「はい♪」
 全国数百万とも噂されるファンを虜にする瀬戸綾乃の微笑みを浮かべたロイズールは頷いた。
「皆さん、うかつですわ」
 そういいつつ、ロイズールは背後に視線を向けた。
「はい?」
「えっ?」
「背中ががら空きでしたわ」
「何か、来てました?」
「ええ。雑魚が」
 何が来ていたか。
 それは今となってはわからない。
 ただ、ここで嘘をつくとも思えない悠菜は言った。
「ありがとうございました」
「いえ♪」
 ロイズールは微笑みを浮かべたまま頷くと、
「さぁ。寒くなってきました。家に案内してくださいな」
「殿下?」
 踵を返すロイズールに悠菜達も慌てて続く。
「あの狐にグリムを追わせるという、あなたの判断は正しいと思います。主を奪われたあの狐、あらゆる手段を駆使して人間界でのグリムの居場所を掴もうとするでしょう」
「この世界トップクラスの魔導師達ですら失敗しましたが、蛇の道は蛇とも」
「ふふっ……そうですね。本来でしたら」
 ロイズールは、ちらりとルシフェルの顔を見て言葉を止めた。
「―――そんなもの、必要ないのですが」
「悠菜ちゃん?」
 ようやく事情がわかったらしいルシフェルが、恐る恐るという口調で言った。
「桜井さんに、何があったの?」
「だから」
 悠菜は言った。
「さらわれたんだって。何度もここを襲撃してくれたグリム・リーパーに」


●場所不明
「死にたいって顔してますね」
「……そうでもない」
 ベッドに横たわり、天井を見つめる美奈子は、グリムに言った。
「マイナス思考ってプラス思考より長続きするけど、永遠じゃないって、最近分かってきたから」
「前向きなわりに、私の誘いに乗られた」
「そうね……」
 腕で目を隠しながら、美奈子は誰に言うでもなく、ぽつりぽつりとしたしゃべり方をした。
「もう、イヤだって思っていた」
「……」
「好きな人が、他の女の子を好きになって自分の元を去っていく……ううん。好きな人に好きって言えずに恋が終わる……そんな自分がイヤになって。いつか自分をさらってくれるような人が来てくれるって信じてたら、よりにもよってこんなのだったなんて」
「いろいろ……気になる言葉ですが?」
「自分がミジメだって思うから落ち込むのよ」
「……もしもし?」
「でも、それって、ようするに自分に酔っていただけだもの。このテの思考は一種の自己陶酔よ……絶対醒めない酔いはない」
「よくおわかりだ」
 壁にもたれながらグリムは苦笑気味に美奈子を見た。
「私は、酔っていたあなたと交渉したことになりますか?」
「そうね……ただ」
 美奈子はちらりと視線だけをグリムに向けた。
「酔っていようとなんだろうと、契約は成立する―――そう言いたいんでしょう?確かに、私はあなたに「お力をお貸しいただませんか?」と言われて、「はい」って答えてここに連れてこられちゃったんだもん」
「……心が強いのか弱いのか、よくわからない人ですね。あなたは」
「私もよ」
 上半身を起こしながら、美奈子は頷いた。
「人が一番わからないのは、自分自身の心だって、そう思う」
「身近すぎることは一番の阻害要因ですからねぇ」
 グリムは何度も頷くが、そんなグリムに美奈子は感情のない視線を送るだけ。
「―――どうしました?」
 さすがにグリムもその視線に気づき、そして二人の視線は空中で触れた。
「何を考えているの?」
「考え?」
「あなた、水瀬君達が追っている相手でしょう?」
「―――そうだとしたら?」
「話しは聞いている……やることがメチャクチャすぎるっていうか、支離滅裂というか」
「……ハハッ。褒められているとは思えませんね」
「貶している」
「はっきりしたお嬢さんだ」
 グリムは壁から体を起こすと、肩をすくめた。
「……そうね」
 美奈子はちょっとだけ微笑むと言った。
「いきあたりばったり」
「……言葉がきつくなりすぎですよ」
「そうかしら?」
「そうです」グリムは困ったような顔をした。
「だってそうでしょう?」
 対する美奈子は、首を傾げながら言った。
「村上先輩達はともかく、途中で攻撃対象にした南雲先生、瀬戸さん、一度か二度の襲撃ですぐに諦めている。“襲ってみたけど、手強いから諦めた”ってとられて文句言えるの?」
「ち……ちゃんと事情というものが」グリムははっきり旗色の悪さを覚った。
「私達を襲ったのもそう。どう考えても、戦略がない」
「い……いろいろ考えてるんですよ?」
「それはウソ」
 美奈子は視線をグリムからそらせることなく言った。
「あなた、本当は襲った人達なんてどうでもいい。別にほしいものがあったんじゃないですか?」
「欲しいもの?」
「ええ。つまり」
 美奈子は組んだ膝に乗せた両手の上に顎を乗せた。
「すべては座興……単なる暇つぶし。村上先輩達を追っているのだって、猫がネズミをなぶり殺しにするのと同じ―――座興よ」
「ほう……?」
 グリムは目を細めて相手を見直した。
「何故?あなたは、村上先輩達にそう簡単に死んでもらいたくない―――ううん?“死なれては困る”のよ。ただ、のうのうと生きてもらっても困る。はっきり苦しんではもらいたい。だから、何度も襲っている。決して殺さない程度に、恐怖に苦しみ抜く程度に。
 何故?―――それが楽しいから。違う?
 水瀬君達を襲うのもそう。“何か面白いヤツが来た。よしからかってやろう”程度でしょう?“何度も襲うのは面倒くさい”と思ったら襲撃を止めている」
「それで?私の目指すモノの目星はつきましたか?」
「全然」
 美奈子はあっさりとそう言うと、肩をすくめた。
「でもね?もし、この仮説が違うなら、あなた本物のバカだもの」
「口が悪いって親御さんから叱られたことありません?」
「私、はっきりものを言うのが信条なの」
「いずれ刺されますよ?そういうの」
 グリムは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「舌はナイフより鋭く人を殺し、より多くのナイフを呼び寄せますよ?」
「ご忠告どうも」
 ペロッ。美奈子は小さく舌を出した。
「―――では?百歩譲ってそうだとして、私があなたをさらったのも座興ですか?」
「ううん?違う」
 美奈子は首を横に振った。
「私を人質にとるつもりはない。むしろ、私に何かをさせたいと思っている。それはわかるの」
「ご自分を買いかぶりすぎでは?」
「だってそうでしょう?」
 美奈子は不思議そうに言った。
「あなたもそう言って私をここに連れてきた。
 それに、私は人質には向かない。
 何故?村上先輩達とは決裂している。
 水瀬君達だって任務となれば私を任務遂行上の当然の犠牲として処理することは明白。何より」
 美奈子はグルッと自分のいる部屋を見回した。
 室内装飾はそれほどではないが、なにより広い。自宅の部屋の10倍はあるだろう。
 そして、グリムの足音から判断すると、建物そのものもかなりの広さがあることは明白。
 問題は、グリムが何のためにこんな広い建物を用意しているか、だ。

 人質監禁用?

 違うはず。
 それならこんな広い建物は必要ない。

 では?グリムの生活空間?

 馬鹿な。
 どこの世界に人質を自宅に監禁するバカがいる?
 逃走されたり、救出を目論む連中に襲われたらどうするつもりだ?

 グリムと名乗るこのオトコは、間違いなく戦いは避けられないと判断している。
 だとしたら、手駒がどれほどかわからないけど、決して少なくはない規模を準備しているはず。
 そう。
 決して単独で全てを凌ごうと考えるほど、このオトコは思い上がっていないことは、会話の冷静さから考えて明白だ。

 つまり?

 美奈子は結論づけた。

 ここは、予め戦闘を目的に作られているはず。

 ゲームで言えばダンジョン(迷宮)だ。

 そして、ここに私が連れてこられた理由は二つ考えられる。

 一つが、本当にこの男が、私に何かをさせたい。
 もう一つが、ここに敵―――水瀬君達を引きつけたい。そのためのオトリ。
 それとも、前者の役割が終わったら、次は後者。そんなところだろうか?

「正解です」
 グリムは言った。
「場所は明らかにはしませんけどね?」
「あ、あなた……人の心が」
「不思議とあなたは読みづらいんですよ」
 驚く美奈子にグリムは答えた。
「あなたがたがいう“さとり”の力は、我ら獄族には当たり前の力ですからね。それにしても、あなた自身が状況をそこまで読むとは驚きました」

 褒められても嬉しくない。
 美奈子は心の中でグリムに毒づいた。

「その明晰な頭脳をお持ちの方におたずねしますが」
 むしろ茶化すような顔でグリムはとんでもないことを訊ねた。
「……水瀬悠理のことが好きなのでは?」
「……」
 俯いた美奈子はポツリと言った。
「水瀬君には、別に好きな人がいるもの」
 その時、はじめて美奈子が自分から視線を外したことにグリムは気づいた。
 それが、グリムの興味を誘った。
「―――どうして?好きな人がいれば、あなたの価値はなくなるとでも?」
「その人に比較すれば、私は単なるクラスメート。その程度の存在だもの」
「水瀬悠理の心の中をのぞいたわけではないでしょう?」
 グリムは呆れたように言った。
「まだ、酔っているようですね。恋人と決裂した悲劇に」
「恋人にもなっていないわよ……でも、それは間違いない」
 美奈子はきっぱりと言った。
「水瀬君が私を助けに来るなんてことは、物理的にあり得ないのよ」
「物……」
 恋人は絶対に私を助けに来ない。それは当然のことだ。
 きっぱりとそう言ってのける年頃の女の子。そのあまりの気の毒さに、グリムは内心で涙した。
「しかし……」
 あまりに気の毒だから言ってやった。
「あなたは以前、妖魔に乗っ取られた。それを助けられている」
「冗談っ!」
 美奈子はベッドから立ち上がると、ムキになって言った。
「単に敵に私が乗っ取られていた。ただそれだけのことだもん!それに!わ、私がどんなに恥ずかしい思いをしたか!」
「恥ずかしい?」
「よ、夜ばいかけられたりとか」
「……成る程?」
 クックックッ……。
 グリムはこみ上げる苦笑を押さえながら言った。
「照れなくてもいいんですよ?内心、心底助けに来てくれるって信じているのに」
「だっ!誰が照れて!」

「……はいはい。―――さて」
 グリムの目の色が本気の色を帯びたのを、美奈子は幸いにして見逃さずに済んだ。

「あなたをさらったのには当然、理由があります」
「座興だったら怒ります」
「座興なら、裸踊りとか蛍踊りはかかせませんけどねぇ」
「なっ!?」
「むしろ私はあなたの頭脳に頼りたいのです」
 怒鳴ろうとして開いた口をパクパクさせる美奈子に、グリムは言った。

「探してもらいたいものがあるのです」







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