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リング・オブ・カーズ
作:信濃屋 助六



前章


 高級ホテルのスウィートルーム。
 そこで交わされる会話は、人間の言葉ではなかった。
 「どうです?」
 着物姿の美女が、横に立つ白衣を羽織った背の高い男性に訊ねるが、男は苦い顔で首を左右に振った。
 「分魂が本魂と接触したせいで、本来、この二つを分けていた壁が崩れ始めているのはおわかりですな?」
 「ええ」
 美女が辛そうな顔で見つめる先。
 そこには、ベッドに横たわる綾乃がいた。
 「我々としても、このような事態は想定すらしていませんでした」
 冷たい印象を受ける男が、視線を綾乃から話すことなく言った。
 「本来、この生体兵器は」
 「失礼」
 美女が男の言葉を止めた。
 「バルシュ殿。この子には綾乃という名前があります」
 「これはこれは―――あなたにとってはご子息の婚約者でしたな。シルフィーネ殿……重ねて失礼。こちらでの呼び名は遥香殿」
 「……シルフィーネで結構です」
 美女―――遥香は答えた。
 「何でしたら、姓のラスフォルテでも」
 「さらに失礼」
 バルシュは右手を軽くあげた。
 「それは神族でも名門中の名門の家柄の名。魔族の医者風情の私の口から軽々しく語るには重すぎます」
 遥香は沈黙をもって答えた。
「コホン―――申し訳ない」
 バルシュはわざとらしい咳払いをしてから言った。
「興奮が抑えられないのですよ。この子の開発には私も参加していましてね」
 バルシュはベッドの向こう側にいた助手からファイルを受け取る。
「それが種の段階で人間界に召還されて以降、我々の前から姿を消して、人間界の暦で約17年……ようやく再開できたわけです」
「親としての興奮、ではないですね」
「当然、人間の言う科学者として、ですよ。シルフィーネ殿」
 そう。
 バルシュにあるのは、あくまで科学者としての知的好奇心に他ならない。
「……話を戻しましょう」
 それが、遥香には例えようもない位、不快だった。
 この子はモノじゃない。
 赤子の時、乳を含ませた、私にとっては娘同然の子だ。
「事態は既にグロリア陛下より我が帝の元にまで届いています。天界としても、人間界におけるロイズール殿下が分魂の存在。まして、このような危機的状況にあるのでは」
「フン……あなたが進めたご子息とこの子の縁談が天界で問題になっているそうですな」
「問題は綾乃さんのこれからです」
「当然ですな」
 バルシュは言いつつ思った。
 敵対する勢力に属する兵器同士の縁談?
 何の悪い冗談だ?
 話を知った天界の愚物共が慌てふためく無様な姿が目に浮かぶわ!
「そのために私が呼ばれたのですから」
「魔界最高峰の頭脳と呼ばれるあなたの目から見て、この子の容態はどうなんですか?」
「最悪です」
 バルシュは即答した。
「分魂が本魂、つまり、この子の魂がロイズール殿下の魂に引きつけられ、本来、人間の持つべき魂の形状を失いつつある。
 魂同士が完全にリンクはじめていることは、様々なデータが証明していること。
 このまま放置しておけば、分魂は完全に崩壊します。
 現にロイズール殿下、そしてこの綾乃。共に起きている記憶の混乱、意識の突然の喪失。 ―――綾乃の場合、徐々に発生している自我の喪失……これが痛い。
 一つの魂に二つの自我はいらないと、魂そのものが、この子の自我を抹消しようとしているのです。
 状況はこれから先、もっと悪化し、最後は綾乃の人格崩壊程度では済まないでしょう」
 「前回の処置で10年はもつと聞いていましたが?」
 「全てが想定外なのですよ」
 何でもない。という声でバルシュは言う。
 「初期と比較して崩壊のペースが速すぎる……このままでは、ただ生きているだけと限定しても、最も保って2、3年というところでしょう。それ以上は不可能です」
 「そ、そんな!なんとかならないのですか?この子は私にとっても」
 「魂同士のリンクを断つことが出来ればどうかわかりませんが……自殺行為です。分魂を殺しかねません」
 「では……」
 「我々も危惧はしているのです」
 バルシュは言う。
 「分魂との融合がロイズール殿下に与える影響がいかほどになるか、それが不明なままで融合を迎えては、ロイズール殿下の御身まで危機が及びかねない。安全の裏付けがとれるまで、それは何としても避けたい。故に、万難を排してその裏付けをとれ。それが我らに課せられた至上任務です」
 「もし、もしですよ?」
 あまり聞きたいことではない。
 だが、遥香は訊ねた。
 「問題がない。そう裏付けがとれたら?」
 「さぁ?」
 「さぁって……」
 「それは政治的な問題です。この子を殺してさっさと人間界から魂を引き上げさせるか、寿命なんてたかがしれていますから?そのまま天寿を全うさせるか」
「2、3年でも天寿……ですか。ならば」
 遥香は言った。
「何にしても、魔界はこの子の延命は?」
「ですから、それが政治的な問題なのです」
 バルシュは呆れた。という顔で春香に言った。
「下手に人間として死なれると、獄族の手にその魂が堕ちないとも限りません。
 分魂といえど、この場合は人間の魂と見なされますからな。
 獄界の者共に殿下の魂を、分魂といえど、渡すようなことがあれば、それこそ“狭間はざま”でいくさになります。
 つまり―――この子の魂の扱いは、きわめて政治的な問題なのです」
「獄界との戦争……」
 遥香はぽつりと言った。
「考えたくないですね」
「ご理解いただけたようで」
 







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