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バレンタインデーのプレゼントは残さず全て食べましょう

作者:栗田隆喬
「はい、プレゼント。受けとれぇっ!」
「な、なにっ?!」
 突然彼女が投げた小箱。
 取り損ねたりでもしたら大ごとだ。俺は慎重にキャッチした。
 手に取ると、小箱と言うにはちょっと大きい。
 ラッピングは派手な金箔のフィルム。太陽の光を浴びてキラキラと眩しく輝いている。
「開けてもいいのか?」
「ここで? だーめっ! 絶対にダメっ! あとにして。今開けたら、絶対に、絶対に許さないからねっ!」
 耳に響くきつい声に、苦笑いが浮かんでしまう。
「だったら何でこのタイミングで渡すかな?」
「いいじゃない。私がそうしたかったんだから」
 ……やれやれ。彼女の我が儘につきあうのも楽じゃない。
「まぁ、確かに、びっくりさせるには最高のシチュエーションだ」
「でしょ?」
 だいたい個人の所持品は色々とチェックがあるはずだ。なのに、それをすり抜けて気付かれずにこんなところへプレゼントを持ってきたのには、俺も正直驚いた。
 でも逆に、俺がこんなをの持っていたら必ずみんなに見つかる。
 さて、困ったぞ……。
「ところで一体何のプレゼントだよ。誕生日でもないわけだし……」
「今日が何月何日か、わかってるよね?」
「二月十四日だけど……。春節?」
「バカっ! なんでそんなのでプレゼントなんか持ってくるの」
「クリスマス?」
 盛大なため息だ。
「どっちもとっくに終わってるよ。まったく季節感のない人。風情がないって言うか……」
「俺、そういうのはもともと興味ないからなぁ」
「じゃあ、この際だからしっかり言っておくよ。二月十四日はね、聖バレンタインの日」
「何それ?」
「検索ぐらいしてみなさい」
「へーい」
 と言いつつ、調べるのはあとにでもして……。
「まさか、後回しにするつもりじゃないでしょうね」
 彼女は俺の方に近づいてきた。
 睨んでる。絶対に俺のことを睨んでる。
 情けないことに、こうなるともう手も足も出ない。
 俺はおとなしく検索窓を開いて結果を読んでいく。
「聖バレンタイン。へぇ……。キリスト教の聖人、か。迫害されて殉教したんだ……」
「そ、そんなんでプレゼントしたんじゃないからねっ」
「そんなんじゃないって、……どういうことだよ」
「私の口から直接言わせるつもりっ?!」
 ぎんぎん耳に響く声を無視して、俺は更に検索結果を読み進めた。
「ははぁ。こっちか。バレンタインデー。……箱の中身、わかったよ」
「さあ、何でしょう?」
 俺は少し間をとってから答えた。
「チョコレート、だろ」
「ご名答」
「もしかして、義理チョコってやつ?」
「そ……そんなもんね」
「お前が作ったのか?」
「まぁね」
「食えるのか?」
「あんたって、本当に失礼ねっ!」
 また地雷でも踏んだかと思って身構えた。けれど、彼女の声は意外にも穏やかだった。
「安心してよ。ちゃんと食べられるものだから。天然のカカオにカカオバター、砂糖に粉ミルクしか使ってない本物」
「よくそんなに材料集められたな……。高かったんじゃないか?」
「ま、それなりにね。こういうネタのためなら私財の投入をも惜しまないのが私の生き様よっ」
 ガッツポーズなんてとってる。
「お金のことよりもさ、本物のチョコレートって、作るのがめっちゃくちゃ大変だったんだから。部屋に粉が飛び散ったりしたらもう悲劇だからね」
「確かに、それは目も当てられないな」
「だいたい、うまく混ぜ合わせるだけでも、もう大変で大変で」
「そいつはご苦労さん」
「なに、その一言だけ?」
 むすっとした表情を浮かべているに違いない。
「ネタとは言っても私がこんだけ苦労したのに、多少は報いてくれるのが当然ってものじゃない?」
「じゃあ……。キスでも?」
 黙っている。
 ヤバイ。
 今度こそ彼女の地雷を踏んだに違いない。
 身構えて目を閉じる。
 すると、コツン、と軽い衝撃が頭に響いた。
「約束だからね、……キス」
 目を開ければ、彼女の船外活動服のミラー加工されたヘルメットが、俺のヘルメットに触れていた。
 そうだな。
 さすがに宇宙空間じゃ、キスはできない。
「そろそろ、船に戻るか?」
「……うん」
 燃料を短く噴射して星々のきらめく虚空に舞い、俺たちはそろって宇宙船のデッキに戻った。

 バレンタインデー。
 遙か以前、俺たちが住んでいたという地球ほしの行事。
 彼女がその伝統をこうして復活させてから、俺たちの宇宙船では毎年恒例となった。
 ただ、宇宙空間に一度出たチョコレートというのは正直、食えたものじゃない。
 いくら耐熱性フィルムと熱遮断性能のある箱に入れてあったとしても、恒星近くの宇宙空間では加熱と冷却が繰り返されてしまう。
 そのせいで、分離して箱の内側にべっとりと張り付いているか、運が良ければ無重量状態で球形に油脂が固まっている。
 女性から受け取ったこの甘ったるい油脂の塊を、男らしく、残さずに食えるかどうかが試されるわけだ。
 そんな愛の儀式と化してしまったのは、彼女が二人きりの宇宙そらでわざわざチョコを手渡してくれたからに違いない。

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