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  平成幻想奇談掌編録 作者:春風夜風
皆様、お花見はもう終わりましたか? もう既に散ってしまったところも多いと思います。もし見逃してしまった方には、ここで春を感じて頂ければ幸いです。
花舞う街で
 
 花びらが舞ったから、私は一度立ち止まった。
 キレイなものだ。土手沿いに植えられた桜並木を見て、素直にそう思った。毎年のこととはいえ、桜を見て何も感じない程、貧相な心を持った覚えは無い。空の青を映した水面の上で、風に煽られ静かに揺れる枝垂れ桜の様は、なかなか風情がある。暫く心を奪われ立ち尽くしてしまった。
 街の中央には、紅魔湖へと流れる大きな川がある。太古から人々の生活を支えてきた川だ。川は下流にいくにつれて細かく枝分かれし、いくつかは用水路として利用されている。ここの水路もそうした用水路の一つで、港から直接物資を運送する為に活用されていた。
 水路では、時折、荷物を山盛り載せた船頭が、かいを漕ぎながら進む光景を目にする。小さな水路の周りには民家が達ち並び、脇には石垣で作られた土手がある。桜はその土手に植えられていた。
 周りに人は居なかった。春の陽気と反比例するように静かな並木道。絶景を一人占めだ。私は一人、その並木道を歩いてみることにする。
 ゆったりとした時間が流れる。何も大勢で騒ぐだけが花見では無い。一人静かに桜の花を愛でるのも、春の楽しみではないか。そして、のんびりと春の陽気を浴びながらの散歩は、人にちょっとした発見を与えてくれる。
 土手沿いの民家の脇には、小さな通路が其処かしこにある。階段や小道からなる通路は、裏路地から表通りまで続いている。土手側から奥を見ると、そこは外と比べ薄暗く、しかしその対比が、春の空気を一層映えさせて見えた。
 私は思わず嬉しくなる。いつもの街並みが、だけど少し違う光景が、日常にそっと色を加える。そんな時、私の今日は昨日より少しだけ輝いて見える。
 気を良くした私は、その場でくるりと一回転してみた。そのまま気の向くままに舞を舞う。神楽舞やらで練習しているので、中々様になっている筈だ。
 桜吹雪の中で舞う私。普段はガサツだの色気が無いだの散々な酷評を受ける私だが、こうしているとお伽噺のお姫様にでもなった様な気分だ。
 しかし、春に浮かれ過ぎていた私の頭は、後ろから無粋な影が迫っていた事に、まだ気付かなかったのだ。
「……何やってるんだ、霊夢」
 いきなり後ろから声を掛けられた。聞き覚えのある声。驚きながら振り返ると、そこに居たのは寺子屋で教師をしている慧音だった。
「……いつから?」
「ぐるっと一回転から」
 顔が赤くなるのが分かる。ちょっと恥ずかしい。
「……いいでしょ? 私だって偶には風流するわ」
「くくく。お前が風流を語るか」
「うっさい、黙れ」
 慧音はニヤニヤしている。腹の立つ顔だ。私をおちょくりに来たのだろうか。
「帰る。つーか、帰る」
「待て待て、別に悪いとは言っていないよ。ただお前は花より団子の方だろ。近くに旨い店がある。私が持つが、行くか?」
 ……聞くまでも無い。それは無論だった。
 

「感じのいい店じゃん。いつ見つけたの?」
 案内された店は、小さいが綺麗な店だった。店内は暗いが、外には大きな番傘と長椅子が置いてあり、桜を眺めながら串団子を頬張る事が出来る。
「この前だ。お前と同じだよ。桜を見て風流していたら偶然見つけたのさ」
 くっくっくと再び笑いだす慧音。取り敢えず慧音の団子を奪っておく。タレが一杯で実に旨そうだ。
「寺子屋はどうしたの。まだ終わって無いんでしょ?」
 団子に食らいつきながら、少し気になったので聞いてみる。タレは少し零れた。
「そうだな、まだやっているだろう。まぁ何だ。今日は私はサボりさ。あと擦るな。これで拭け。染みになるぞ」
 さすが教師。懐からハンカチを取り出す。大人の女性だ。私はそれを引ったくる。
「でも意外。途中で放っぽり出すの、慧音らしくないと思うけど」
「なーに、他にも教師はいる。それに、私がいつまでも居座っていては、他の者たちが気を遣うだろう。目の上のこぶは何時だって煩わしい。偶には全部任せてしまうのもいいさ」
 慧音は自嘲気味に笑う。だが、どこか嬉しそうでもあった。
「それはそれは、いいご身分ね」
「面倒なご身分だよ」
 慧音は団子を一口かじる。それを見た私も、隣で団子をかじった。
「そっちは最近どうだ? 立派に巫女さんやってるか?」
「ぼちぼちよ。もう少ししたら田植え祭がある」
「ほう、もうそんな時期か。成程、それであんな処で舞の練習をしていた訳か」
「それはもういいっての。……あ・そういや今年は早苗も手伝ってくれるわ。少しは楽になるかも」
 言って私はまた団子をかじる。きな粉も中々美味しい。
「そうか、それは楽しみにしておこう」
「どうぞご期待下さいませ」
 ふわりと風が頬を撫でた。私の黒髪が揺れて桜の花びらが舞う。遠くで雀の声もする。
「そう言えば霊夢。今度暇な時に寺子屋に遊びこい。子供たちが“霊夢姉ちゃん”に会いたいそうだ」
「……調子いいな、あいつら。何が“姉ちゃん”だ」
「それだけ懐かれてるってことさ。人気者は大変だな。まぁ、何時でも構わん。その内な」
「りょーかい」
 そして私たちは、少しの間無言になって、団子の方に集中する。
 民家の方で犬の鳴き声が聞こえた。裏道では水を撒いている音もする。引き戸を開け閉めする音に、微かだが部屋の中からラジオの音も聞こえる。それは皆、表通りの活気からは少し離れた、静かで優しい音だった。
「――“優美”」
「……? 何それ?」
「枝垂れ桜の花言葉だよ。派手さは無いが、穏やかで優しい美しさ。さっきのお前の舞を見て、そう思った」
「……」
 慧音は少し微笑んでいた。私は何も返さずただ黙る。ちょっと居心地が悪い。
 不意に、木の上に止まっていた一羽の鳥が羽ばたいた。すると、近くで日向ぼっこをしていた小鳥たちも一斉に飛び立ち、今度は一際強い風が吹いた。
「春ねー」
「春だなー」
 春に吹かれた私の髪は、今度は強く乱れる。そしてそれに呼応する様に、桜の花びらが花吹雪となって宙を舞った。それは、成程、優美たる春の風景だった。
「ねぇ、慧音。……団子、もう一本いい?」
「一本だけだぞ?」
 そして私は、とりあえず博麗霊夢は、確かに花より団子だったという事にしておいた。ここの団子は美味しい。あと一本くらいなら構いやしない。その言葉は、まだ私には早すぎる。今はまだ、立派な優美が咲いているのだから。それでいい様に思った。
 幻想郷の春は今、私の前で咲き誇っていた。


枝垂れ桜っていいですよね。ただソメイヨシノより風情があると思います。

因みに作者は、桜の下には死体が埋まっているという伝説をお婆ちゃん(お姉ちゃんだったかも)に聞かされて、暫く桜がトラウマになるという経験があったりします。


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