ばとんたっち
掘り出し物であった。
神社の裏の倉庫で見つかった。私が使っていたモノより長い。手に取ってみると、ずっしりとした重みがある。かなり使い込まれていたらしく、握りの部分には、手垢の跡が残っていた。
――竹馬である。
今日空前の竹馬ブーム、という訳ではないが、子供が遊んでいるのを見ると、無性にやりたくなった。この、あまりに単純な己の思考回路には、自分自身呆れてしまいそうだが、やりたくなったものは仕方がない。博麗の看板にはひとまず留守にしてもらい、倉庫の中を引っかき回していた次第であった。久しぶりの竹馬の感触に、私は少し舞い上がっていた。
私が竹馬ライフを謳歌していたのは、もう何年も前の話である……。
ある日のことだ。私の町に、竹馬名人なる謎の男が現れた。レオタードにシルクハットという怪しい出で立ちの男だったが、面白いものを見せてやるからと、私を含む近所の子供たちはホイホイとついていった。男は当時遊び場にしていた空き地に皆を呼び寄せると、おもむろに竹馬を取り出した。そして、見事な芸を披露してくれたのである。
……私たちは感動した。
名人の竹馬は、それそのものが生き物のようであった。まるで、馬が走るが如く駆け、鳥が飛ぶ如く跳ねた。見守る私たちは、名人の一挙手一投足に釘付けになり、惜しみない拍手と喝采を以て、名人の妙技を賞賛した。実は、後で知ったのだが、名人は昔、どこぞの雑技団に席を置いていたらしい。それ故この程度の芸は朝飯前だったのだが、それを知らない私たちの目には、竹馬名人が、宇宙からやって来たヒーローのように映った。
その後、名人は名も名乗らず、風のように去って行った。私たちはその影を、羨望の眼差しで追いかけた。非常にエキサイティングで有意義な時間であった。私たちは、意気揚々と、それぞれの家路に着いたのである。その後の子供の思考など、あえて言うまでもないだろう。
対する母の行動も早かった。すぐさま先手を打ち、竹馬禁止令を発令したのである。家族会議の議決を得ずしての独断の制定であった。いわく、『品行方正、純情可憐な乙女たる巫女が、竹馬だなんて破廉恥な』との事であった。簡潔に言えば、スカートの中の問題であった。
それ以後、母は持論を熱心に説き、何とか私と竹馬を離れさせようと苦心した。母は、天土開けし神代の時代の歴史から、敬神崇祖の尊き教え、果ては目玉焼きにかけるソースと醤油の使い分けに至るまで、ありとあらゆる角度を以て『巫女+竹馬』の不道徳さを語り明かした。迎え撃つ私も、母の話を熱心に聞き、時に相槌をうち、時に異論を唱え、私たち母子は、竹馬から、人生の哲学を語り合ったのである。
そして私は竹馬が大好きになった。
付け加えるならそれは“嗜む程度”ではなかった。
“極めんが如く”であった。
……久しぶりに立ってみると、目の前の景色が変わった。昔のことだが、体は覚えているものだ。視線が高くなって、いつもより遠くを見渡せる。瓦屋根の向こうで、郵便屋さんの自転車が見えた。遠くに屹立する銭湯の煙突も、湖の上で氷精が飛んでいるのも、私にはよく見えていた。
(まるで、自分が違う世界から幻想郷を眺めているみたい)
私は、この景色が大好きだった。
脇の小道から、こちらに走ってくる子供がいた。よく神社に遊びに来る女の子である。女の子は、そのまま石段を駆け上がり始める。途中で顔を上げると、少し背の高くなった私に気付いた。一瞬驚いたが、すぐ、嬉しそうな顔をして手を振る。私は、思わず苦笑いで返した。
……参った。あの子のことだ。こんな私の姿を見たら、ぜひ自分も乗らせろとうるさいだろう。そして、一度言い出したら聞かないのだ。私としては、あの子はそそっかしくて不器用だから、なるべくなら使わせたくない。さて、どうしたものか。
そんなことを考えている内に、女の子はすでに、足元で待ち構えていた。その満面の笑みに押され、私は渋々竹馬から降りる。せめて、スカートの中には気を付けるように、そう言い聞かせようと思った。
ふと、手元の刻印に目がいった。
……今、気付いた。
竹馬の握りには、よく知る名前が彫られてあった。
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