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カルテに書けない よもやま話  作者: いのうげんてん
1章 医者も人間
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<6> 医者の仕事は驚くことばかり-血を見る

 医者になって驚いたことは、血を見る、死を見る、裸を見るなどなど数々ありますが、 そのうち特に強烈なのは、血を見るかな、裸かな……(←(^ω^)そうだ、そうだ)。死を見るかな。とにかくみんな強烈なことばかりなんです。


 ほんでもって、この順番に書いてみますよ。


【血を見る】


 職業柄、血を見るのは当たり前といえば当たり前。


 手術中に大出血を来たして、失神した患者ならぬ医者がいたと聞きます。


 そういう私だって、夜中に鼻血でやって来た急患が、突然、胃にたまった大量の血を吐き出した時には、ビックリ仰天して、めまいがして座り込んだこともあるのです。(←(^ω^)人のことはいえないね。)


 だいたい私は、卒業してすぐ精神科の大学院に入ったのです。それがのっぴきならない事情で、外科へと転向したのです。


 精神科は、医学の中でも一番「血」とは縁遠い科なんですよ。


 患者に殴られたり、まれには刺されたりして、自分の血を見るのがいいところ。


 ところが外科ともなれば、毎日、血との戦いなんです。


 血はおろか、外傷、骨折など、学生時代にはおよそ目にしたことのないものを、いざ医者になってみると、日常茶飯事のように見なければならないのです。


 卒業したての頃、交通事故で今しがた亡くなった青年の死体検案を頼まれたときなど、腰を抜かしそうになりました。(←(^ω^)弱っちい医者だね)


 初体験でどうしていいものか分からず、慌てふためいて先輩を呼んだものです。


 先輩は慣れた手付きで、遺体の体を触ったり押したりしながら、頭蓋骨骨折、肋骨骨折と淡々と検案していました。


 そこに家族がとんでやって来て、


「なんで治療しないの!」


 まだ温かい体を触りながら、大声で泣き叫んでいました。


「もう死んじゃったんだから、どうしようもないよ」


 これまた淡々と先輩は答えていたのです。


 「すごい世界に自分は入りこんだなあ」と、呆然としてその光景を見ていました。


 車にはねられて骨が飛び出し、ドボドボと出血している骨折や、作業中に鉄の塊が頭に当たり、頭蓋骨が割れて脳が見えたりすると、医者でありながらもギョッと引いてしまったものです。


【刺す 切る 縫う】


 まるで、裁縫の話のようですが、れっきとした医者のお話です。


 医者の仕事は医師免許のない人がやると、傷害罪に当たるものばかりです。


 「刺す、切る、縫う」も、対象が人であれば、医者だけに許される医療行為になるのです。


 研修医になるとまずやらされるのが、点滴の針を刺すことです。


 台車に点滴道具一式を載せて、点滴刺しに病棟を駆け回ります。点滴刺しのトレーニングです。(←(^ω^)大学病院ではこれが多いよ)


 当然のこと、ベテランナースのほうが断然上手ですが、研修医といえども一応ドクターですので、「どうやるの?」などと、へたなことをナースに聞くわけにはいきません。


「痛いわ!」


「へたくそ!」


 患者さんの罵声を浴びながら、汗をかきかき、腕を磨いていくのです。


 初めは抜き刺し程度の点滴、つまり短時間で針を抜いてしまう点滴です。


 次の段階は、留置針といって内筒と外筒が二重になった太い針になります。


 これは太くて針先の切れが悪いので、刺入時の痛みが強く、うまい下手がすぐに分かってしまいます。


 敏感な患者さんはそれを誰がやるのか、毎朝、戦々恐々としています。患者さんの表情を見れば、自分が歓迎されているか否かは一目瞭然です。


 その次にはIVH(中心静脈栄養)という鎖骨下静脈、太腿静脈などの太い静脈にチューブを刺入して、留置する方法を学びます。


 これは一番難しい手技で、ドクターのみがやることになっています。最後の手なので、失敗は許されません。先輩のドクターから手取り足取り教わります。(←(^ω^)ただ足は使いません)


 時々、動脈を刺して、医療訴訟になることもありますので、平気な顔でやっていても、内心は、冷や汗をかきかき緊張してやっているのです。


 「切る、縫う」は、「刺す」より、もう少し高度な医療手技となります。


 相手は生身の人間ですから、「ちょっと切り過ぎちゃった」では、済まされません。


 研修医のころ当直をやっていて、足のすねに長さ10センチほどの、裂創(物にぶつけて裂けた創)を負った患者がやって来ました。


 大出血でもしていればこちらが脳貧血ですが、病院に着くころには、たいていの出血は止まっています。


 習いたての縫合手技を思い出しながら、局所麻酔を創周囲にやり、恐る恐る創を縫っていきます。


 麻酔の効きが悪いと、


「痛たたた!」


 患者が叫びますから、顔をチラチラ見やりながらゆっくりと針を通してみます。


 麻酔が効いていると分かれば、ほっとして、裁縫でもやるような気分で、割合気楽に縫っていきます。


 ところが縫合の際に肝腎なことは、創縁がきちんと合っているかどうかなのです。


 こんな大きな創を突然縫う羽目になって、うろたえていた私は、縫い終わって、


「ああ疲れた……」


 手袋を外しながら、椅子にドカッと腰掛けました。


 するとその後、付き添ったベテランナースが、こそこそ何かやっているのです。


 後ろからそおっとのぞいてみると、縫合した創の創縁を、ピンセットできちんとそろえていたのです。


「わああ!ナースのが上手だ」(←(^ω^)ナースのがうまいことは一杯あるよ)


 しばらく修行して、その手技をマスターしたころ、もっと新米の当直医に縫合してもらった患者さんが、私の外来に来ました。


 1週間後に抜糸したところ、創縁がうまく合っておらず、抜糸した途端、創はポッカリと開いてしまいました。また縫い直しです。


 縫いながら、


「自分もやったなあ」


 昔のことをなつかしく思い出していました。(←(^ω^)患者さんこそいい迷惑だね)


〈つづく〉


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