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序章
第六話『金の獣の爆発』
 
 
 〜side Luviagelita〜

 
 
 
「お茶をいれて下さらない? シェロ」

「かしこまりましたお嬢様」


 シヨウの薦めで新しく採用した執事見習いは技術こそまだ未熟ですが、細やかな気配りの得意な掘り出し物でした。
 ホントは彼以外の日本人なんて胸やけがするほど大嫌いなはずなのに、不思議とこの赤毛の少年―――日本人が童顔であることを差っ引いても、同年代ということには驚きました―――には嫌悪感を抱くことはなく、逆に好意すら感じるくらいですわ。
 ショウの話によればロンドンまで歴史の勉強をしにきた苦学生ということでしたけど、一体どうやって知り合ったのかしら。やはり同郷ということで気が合ったのかもしれませんわね。

 まぁ何にしても、本当にこのアルバイター、シェロを紹介してくれたショウには感謝してもし足りませんわね。


「ところでお嬢様、俺‥‥じゃなくて私の名前は士郎なんだと何回か申し上げた筈ですが‥‥」

「あら、いいじゃありませんの。私が貴方をどう呼ぼうが。それよりも、二人きりの時は友人として接してくださらない?」

「それは無理ですよ。私は使用人で、お嬢様は雇い主なんですから」


 こういう律儀なところも気に入ってはいますけど、少し融通の利かないきらいがあるのはいただけませんわね。
 雇い主である私が良いと言っているのですから、素直に従えばよろしいのに‥‥。


「他の使用人達に私を名前で呼ぶことはできないんですのよ? 主人の寂しさを紛らせることも立派な執事の務めではなくって?」

「そりゃ詭弁だと思うけど‥‥。まぁいいや、わかったよルヴィアゼリッタ」

「ルヴィア、ですわ」


 途端にさっきまでモップの柄か電柱のようにピンと張っていたシェロの背筋が、他人では全く気付けない程僅かに緩む。
 これは私に気を許してくれたという証拠。歳に似合わぬ頑固なこの執事見習いがこうして私が頼めば親しく接してくれるようになったのも、つい最近のことでしたわね。
 ‥‥もっとも、その度に渋るのも変わらないんですけど。


「貴方もお座りなさいな。私一人でお茶をさせるつもりですの?」

「いや、それは流石に‥‥」

「お・す・わ・り・な・さ・い」

「はい‥‥」



 
 さて、宝石魔術というのは比較的ポピュラーであるが故に、また同様に奥の深い魔術でもあります。
 基本的には宝石に自らの魔力を込め、それを儀式に使うなり礼装や魔具に使うなり、もし魔力が切れてしまったときのバックアップに使うというのが基本的な宝石魔術の在り方です。
 戦闘に際しては宝石に込めた魔力を一気に炸裂させることで、一瞬で大魔術に匹敵する魔弾とすることもできます。

 そして私が今研究していることの一つが、宝石に込める魔力の方向付けです。
 通常宝石に魔力を貯めるという行為の際には、純粋に取り出した自分の魔力を流し込むというのが普通です。
 しかし私は、この魔力を込めるという簡易な儀式をやや複雑化させることで、指向性を持たせて威力を増すという試みをしてみました。
 宝石の能力の汎用性が失われてしまうのはなかなかのデメリットでありますけど、いざというときの奥の手の魔弾や、あらかじめ予定のしっかりしている儀式用ならそれなりの有効性があるのではないかと試行錯誤しているのです。
 まぁ、こういう贅沢なことはミス・トオサカなどには出来ないでしょうけどね。ふふふ‥‥。


「Ready《開始》, behind the shadow《影に寄り添い》, show your hands《汝が手札を晒し》, bind it to his cage《彼の者の構えし檻へと投げ入れよ》」


 注射針から滴る自分の血液が、宝石へと達する僅かの間に呪を紡ぐ。
 滴り落ちる時間が長ければ長いほど血の中の魔力は霧散してしまいから、この短い間で精密で簡潔な呪文を唱えなければなりません。
 粒子の一つ一つに染み渡るように、霧散する魔力を一滴でも逃さぬように、私は集中して詠唱に没頭していました。

 だからなのでしょう。
 本来はしっかりと魔術で施錠しておくべき扉を閉め忘れたのも。
 彼が私のために冷たいお茶を持って、部屋へと中に入って来たことに気付けなかったのも。


「ルヴィア‥‥何、やってるんだ‥‥?」

「シェロ‥‥?!」


 私は激しく動揺しました。
 彼の目の前で私が行っていることは、どこからどう見ても異常だと認識され得るものでした。
 持っている宝石に血をたらして喜ぶ趣味のある女なんて、誤解をされてしまったらどうしようかと。
 しかし、そんな思いも彼の目を見てすぐに吹き飛びました。
 その瞳に浮かんでいたものが示すのは、彼が、シェロが“こちらの人間”であることを確かに、一欠けらの疑いもなく示していたからです。

 その時に私の胸を満たした感情が、あなた方にはお分かりかしら?
 信頼を裏切られた絶望? 友人を失うかもしれないという恐怖?
 いえ、私の内から湧いて出て来たのは決してそのようなものではありません。

 それは唯、言うべきことをわざわざ勿体つけて伝えることを渋り、おめおめとこのような事態を引き起こしたどこぞの誰かへの‥‥‥‥燃え立つかのような怒りでした。









 
 さて、科学的に説明されてはいないことではあるけれど、生物には押しなべて同様に危機感知能力というものが備わっている。
 すなわち、沈没船から鼠が逃げ出すという迷信じみたものから、時には戦場で兵士達が己の命を預ける極めて現実的なものまで程度は千差万別だ。

 この“直感”というものは魔術の世界に於いては比較的ポピュラーな存在で、セイバーの固有スキルに『直感A』なんてのがあるくらいだからソレは良く分かってくれると思う。
 つまりは魔術師という生き物は自分が所持する直感の信用度をある程度把握しておいて、危機に際しては有効に判断することが大事だということだ。
 もっとも大体の魔術師にはそんなたいした直感は備わっていないんだけどね。

 まぁアレだ。
 結局俺が何を言いたいのかっていうと‥‥


「なんなんだよ、この妖気は‥‥?」


 突然ルヴィアにお茶に誘われて、俺はロンドン郊外にあるエーデルフェルト別邸へとやって来ていた。
 このでっかいお屋敷は、狭苦しい学生寮を使うことを嫌ったルヴィアがわざわざ買い取ったものだということだ。
 学生寮があるノーリッジはロンドンからだとやたらと遠いし気持ちはわからないこともないんだけど、まぁ金持ちってのは羨ましいもんだよね。
 最初は特に神秘なんて関わりない只の大邸宅だったはずなのに、今では籠城戦でも出来そうなくらい堅牢な魔術師の工房と化している。
 エーデルフェルトは遠坂や蒼崎とは比べようもないくらい歴史の古い魔術師の家系で、分家や弟子の家系も多いし必然的に表の顔も凄い。
 遠坂嬢が金ぴかなんて呼んで目の敵にするのもわかるくらい、俺達とは懐のレベルが違うのだろう。


「嫌だなぁ‥‥。帰りたいなぁ‥‥」


 たいした直感なんてない筈の俺でも、流石にこの視認すらできそうな程におどろおどろと湧き上がっている妖気のような空気には悪寒を感じて仕方がない。
 この屋敷に来たのも一度や二度じゃないのに、なぜか初めて来る魔窟のようだ。
 見知った門から玄関までの道も、そこかしこに刺客が潜んでいて俺の首を狙っているかのような意思に溢れて居るぞオイ。


「帰っちゃおうかなぁ‥‥」


 俺の片側の悪魔がそう甘い言葉を囁きかける。
 それは正直かなり魅力的な提案だったけど、ここで帰ったら後々さらにトンデモない目に遭わされることは明白だ。
 ちなみにもう片方にいるはずの天使はだんまりを決め込んでるみたいだ。そりゃ言うことなんてないよなぁ。


「ルヴィア? 来たぞ?」


 既に顔見知りの執事に案内され、俺はこの館の主の部屋の前に立っていた。
 ちなみに執事さんもちょっと怯えている様子だった。この館の住人達は全員が少なからず神秘と関わっているものだから、自ずとルヴィアが放つ妖気を感じてしまっているのだろう。
 さて、目の前の扉は無駄にきらきらしい装飾を嫌う彼女らしく扉は重厚ではあるが、艶々した表面とわずかに主張する装飾が施された見事なものだ。
 同時に実用的でもあるのだろう。強化して盾にすれば機関銃の一斉射すら防いでしまうかもしれない。


「どうぞ。お入りになって」


 迎える声の調子は普段と全く変わらない。
 だが誤るなかれ。先程からこの部屋を中心に渦巻いていた妖気を忘れたか?
 ここにはその原因が牙を研ぎ、てぐすね引いて待ち構えているに違いないのだ。
 俺はごくんと苦労して水分の抜けた鍔を飲み込むと、意を決して扉の取っ手を掴み、ゆっっっくりと開いて笑顔で挨拶した。


「やぁルヴィア、今日はお招きありがとう」

「お気になさらないで、ミスタ・アオザキ。わざわざ呼び付けてしまったのは私ですもの」


 ほら、俺の呼び方が『ショウ』から『ミスタ・アオザキ』に変わっている。
 これは言うなれば遠坂嬢の『衛宮君』と同義だ。死刑宣告十秒前の超危険な状態なのだ。
 そこそこ長い付き合いになるけど、今までこの状態のルヴィアに遭ってしまったことはそれこそ片手の指で余る程しかない。
 が、その時の恐怖は魂レベルで俺の、主に体に刻み込まれている。
 まぁ鉄のお嬢様仮面を被ったルヴィアをそこまで怒らせれば十分なんだろうけど。
 

「今日は貴方に、ちょっとお尋ねしたいことがあってお呼びいたしましたの」

「へ、へぇ、俺に聞きたいこと? そりゃなんだい?」


 穏やかな午後のお日様を背負ったルヴィアが綺麗に笑う。
 それはひどく美しい光景のはずなのに、今までみたどんなものよりも俺の危機感知能力をびんびんに刺激していた。
 乃ち、これこそが君の死亡フラグである、と。


「ええ。コレについて、貴方は何かご存知かしら?」

「コレって‥‥な?! 衛宮?!」


 彼女があくまでも優美な仕草で指差した先にあったのは完全にフルコースをお見舞いされ、もはやボロ雑巾と形容することが相応しい程にぼこぼこにされた執事服姿の贋作者であった。
 ここに来て俺は事態を完全に把握するに至る。
 つまりこの純朴であらゆる場面において恋愛も死亡もまとめて様々なフラグを数多抱え持つエロゲ主人公は、どうやらヘマをやらかしたらしいということだ。しかも俺を巻き込んで。


「さて、この方を私に紹介したのは貴方でしたわね‥‥。このような真似をした、弁解はなにかありまして?」

「る、ルヴィアさん?」


 目の前のきんのけものに、最早問答するような姿勢は皆無だった。
両腕に刻まれた魔術刻印は煌々と輝き、こちらにむけた人差し指には黒く黒く黒くふくらんでいく魔弾が主の命を今か今かと待ちわびている。
 瞬間的に理解した。殺る気だ。


「お手洗いは済ませまして? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命請いする準備はOK?」


 ルヴィアの台詞に本能的な恐怖を感じた俺は、恥も外聞もなく生存のための行動を選択した。
 乃ち、戦略的撤退である。俺自身の名誉のためにあえて言うが、これは逃走ではない。断じて、ない。

 
「な?! 開かない?!」

 
 しかし果たして、俺が手をかけた扉の取っ手は満身の力を込めてもウンともスンとも言わなかった。
 青子姉に死都へ放り込まれたとき以上の集中力を発揮して扉を詳細に走査すると、成る程、装飾に隠れるようにしてさりげなく魔力の込もった宝石が配置してある。
 どうやらこれがルヴィアの命に従って部屋の内側に結界を展開しているらしい。

 
「出口などない。ここが貴様の終焉だ」

「ちょ、ルヴィア口調! キャラどころじゃなくて口調もおかしいって!」


 ごり、と俺の後頭部に銃口が押し当てられた音と感触がする。
 底冷えのする声は俺の臓腑を縮こまらせ、吹き上がる魔力と妖気は五肢を絡め取って一切の抵抗を許さない。
 これは狩りですらない。一方的な制裁であると金色の魔王が宣言していた。
 ならば儚い弱者であるところの俺は、一体どうすればいいのだろうか?

 んなもん決まっている。ただただひたすら、これからの時間(ごうもん)が一刻も早く過ぎることを――できれば現実時間でも、精神的にも――神様にお祈りするより他はない。
 視界の隅でぼろぼろになっていたはずの衛宮が確かにこちらに向かって親指を突き出し、力のこもったサムズアップをするのが見えた。
 貴様、意外と余裕あるんだな。あとで覚えてろ。


「お逝きなさいっっ!!」

「ぎゃぁぁぁあああ?!」


 麗らかな昼下がりのエーデルフェルト邸に俺の悲鳴が響き渡ったが、当然ながら誰も助けに来なかった。
 なぜならここでも鉱石学科同様に『生贄を差し出せば怒りは鎮まる』という経験則が、しっかりと浸透していたからだろう。

 さらば、俺の夏‥‥






 
 7th act Fin.



 
主人公はやや愉快犯的性格をしてはいますが、基本的に詰めが甘いのでよくしっぺ返しをくらいます。
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