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凜とセイバーの力関係が難しいです。多分二転三転する
序章
第四話『騎士王の午後』

 
 
 〜side Saber〜



「‥‥ふぅ、これで今日の買い物は終わりですね」


シロウから頼まれた買い物を済ませ、私はロンドンの街をのんびりと歩いていた。
メモはきちんと塗りつぶしたから買い零しもありはしないし、人の良い店主が買った物は家まで届けてくれるというので今の私は手ぶらで整備された石畳の上歩いている。
バスを使って帰るという選択肢もありはしたが、今の我が家の帳簿はまさしく火の車。
私も暇な午前中にはびっちりと賃仕事が入っていたし、リンも時計塔の教授陣の手伝いをして手間賃を貰っているというだ。
そうそう、先日はシロウもひどくワリのいいアルバイトを紹介してもらったとか。
毎日しっかりと通っているようですし、雇い主にも随分と気に入られていると話してくれた。
これでなんとか月末までにアノ金額を用意できればいいのけれど‥‥。


「しかし、まさか私がこのような生活を送るようになるとは‥‥」


王として生きていた頃も、英霊として召喚に応えていた時も、私の身は戦場の中にあった。
それを後悔しているわけではない。
全ては私が選び、自ら望んで進んだ道。
そして聖杯を破壊し、英霊としての望みがなくなった今、私はこのような生活に甘んじていることを幸せだとすら思っている。
だから、今の私の言葉に他意はないのだ。只、今の生活が新鮮で、楽しい。
騎士であるこの身の成すべきことや、これからのことなど考えることは多い。
しかし今、とりあえずはその思いだけで十分なのではないだろうか。


「さて、今日はリンも時計塔に泊まりこみということですし‥‥」


今日やることは既に終わってしまっている。
幸いシロウからは少しだけ余分にお金を渡されているし、気の良い店主が僅かながらマケてくれたから懐にはまだ余裕がある。
いつも頑張っているのだ。ちょっとした買い食いぐらいしても、シロウだって怒りはすまい―――


「っと、なんですか一体、忙しない‥‥」

「誰か! ひったくりだよ! 捕まえて!」


突然男が私の横を掠めるように走り去って行き、憤然と腕を組んで文句を漏らした時だった。
後方から聞こえた老婆の声が自分の耳に届くや否や、瞬時に状況を理解した私は強く大地を蹴って走りだした。


 
 






「誰か! ひったくりだよ! 捕まえて!」


後方で切羽詰まった老婆の叫び声が聞こえ、俺の隣を一人の人相の悪い男が走り抜けていった。

俺は先日、衛宮を新しく執事見習いとして雇ってはどうかとルヴィアにもちかけた。
『家事万能で勤勉実直。護身術の心得も多少はあるし、性格は超がつく程のお人よし』という間違ってはいないが甚だ誤解を招きやすい宣伝文句は、どうやら最近相次いで使用人が寿退職してしまった彼女にとっては予想以上に魅力的なものだったようだ
面接もそこそこに見事採用の運びと相成り、衛宮は心底ホッとした顔だった。


「ちっ! 待て!」


ルヴィアに聞くところによれば、まだぎこちない部分はあるものの、衛宮は実によくやっているらしい。
衛宮は女性相手には驚く程気が利くし、同時に信じられない程気が利かない。
今の所は上手くやっているみたいだけど、いったいこの先どうなることやら‥‥。

なにより彼女はアイツが遠坂嬢の弟子だなんて全く知らないからかなり心を許しているが、これがバレてしまった暁にはどんな修羅場が展開されることだろうか。
考えただけでも心が躍―――痛む。
‥‥巻き込まれなきゃいいんだけどなぁ。


「こら! 止まれ!」


そして上機嫌のルヴィアからランチに誘われ、エーデルフェルト御用達のレストランの料理に舌鼓を打った帰りというのが、現在の俺の状況だ。

今眼前にはバッグを抱えて通行人の間を縫うようにして走っている男の姿がある。
別段正義漢を気取るわけじゃあないけど、流石に目の前で行われた引ったくりを見過ごす程まだ腐っちゃいない。
そういうわけで引っ捕らえるべく走り出したわけなんだけど‥‥


「‥‥くそ、速いなオイ!」


もしかしてかっぱらいが稼業なのだろうか、それなりに鍛えている俺をもってしても中々距離が縮まらない。
いっそのこと足に移動(エイワズ)のルーンでも刻んでしまおうかと思ったけど、刻んでる間に入り組んだ路地裏にでも逃げ込まれてしまったら追い付くことはできないだろう。

「だから待てって言ってるだ――
「ぎゃあはぁっ?!」――ろってうわぁ?!」


四辻を曲がった引ったくりを逃がすまいと人力アクセルターンをキメたその時、突然前を走っていた男が背中をこちらに向けて吹っ飛んで来て、俺はもろに肺を強打して噎せこんだ。
ちなみに両手はしっかりと男の首と腕をホールドしている。やるときはやる、男ですとも。


「一体何だ‥‥って、セイバー?」

「おや、シヨウ‥‥でしたか? お久しぶりです」


引ったくりの背中越しに前を見遣ると、そこには今さっき振り上げたのであろう足を降ろし、スカートの裾を直しているセイバーさんの姿があったのだった。











「ほぅ、ではシロウの言っていたワリのいいアルバイトとはショーが紹介したものだったのですか」

「まぁね。困ってそうな人を見ると楽し―――もとい手助けせずにはいられないんだ」


うっかり口を滑らせるところだったけど、なんとか笑顔でごまかせたようだ。
セイバーは訝し気な顔をしたけど、俺のポテトを5本ばかりまとめて差し出すと途端に黙った。ホント見てて飽きないなこのコも。


「それにしてもシロウのアルバイトとは一体何なのですか? 何度問い質しても『秘密だ』の一点張りで‥‥」

「うーん、衛宮が言いたくないって言ってる以上、俺がこっそり教えるわけにはいかないなぁ。あ、でも安心してくれよ。決して危険なことではないから」


あの後ロンドン市警スコットランド・ヤードに引ったくりを引き渡した俺達は、近くの売店でおやつ代わりの軽食を買うと、公園へとやって来ていた。
何故俺の前にいたセイバーが咄嗟に男に蹴りを入れられたのか質問すると、


「もともと私は貴方より後ろにいたのです。公衆の面前で魔力放出を披露するわけにもいきませんでしたから、一旦路地裏に入って建物を飛び越えました」


と、中々人外感に溢れた答が返ってきた。
ただでさえ最上級の使い魔(ゴーストライナー)であるセイバーが時計塔のお膝元で神秘の漏洩なんてやらかした暁には、これでもかと難癖つけられ、降霊科の連中に寄ってたかって実験体(オモチャ)にされてしまうことだろう。
まぁその前に遠坂嬢が契約解除して送り返すと思うけど。


「ところでどうだい? ロンドンに着てからの生活は」

「ええ、とても充実しています。毎日大変ではありますが、自分がこのような日常を過ごせるようになるとは思わなかった‥‥」

「そうか、セイバーは英霊だったな‥‥」


穏やかに微笑む剣の騎士に、俺は今更ながら彼女の素性を思い出した。
そう、彼女は英霊。過去に偉業を成した英雄が、死語人々の信仰によって精霊の域にまで高められた至高の存在。
しかも彼女の正体は英霊の中でも最上級とも言うべきアーサー王―――


「おや、あれは移動販売車でしょうか。どうでしょう、気になりませんか? ショー」


全 然 見 え な い な 。
いやまぁ普通の女の子にも見えないんだけどさ。
一度彼女と肩を並べて戦ってみたりすれば違うのかもしれないけど‥‥。
個人的には、そんな機会が未来永劫来ないことを祈らせてもらいたい。彼女と相対するよりはマシだけど。

なんていうか、今の俺の立ち位置って『某カレー狂の相棒としてアインナッシュに入ったはいいけど、無能扱いされて自称ピーターパンに食べられちゃった名前しか出てこない埋葬機関の人』みたいなカンジだしなぁ‥‥。


「どうしましたか? ショー。死相が出ていますよ」

「物騒な忠告ありがとう、セイバー。あと君は何がなんでも俺に死亡フラグを発生させたいのかい?」


大体『ショー』ってなんですか。
いくら『シロウ』と発音が似てるからっていくらなんでもそれはないでしょ。
なんか合ってるはずなのに濁点足りなくて頭の奥がむず痒いよ。


「そういう貴方の方はどうなのですか? 先日はリンが怪我をさせてしまったと聞きましたが‥‥」

「ああ、それについては気にしないでほしい。怪我という程たいしたものじゃなかったからね。よかったら遠坂嬢にもそう伝えてくれないか?」

「わかりました」


鉱石学科は代わりの教室が手配できなかった為、未だ休講状態が続いている。
仕方がないから俺はその間は昔世話になったルーン学科とかに出向いてたりしていた。
ルーンは橙子姉の専攻だったから、俺も結構得意とする魔術の一つだ。
とはいっても戦う者でも造る者でもない俺の本来の研究には殆ど役に立たなかったけど。
まぁ荒事の時には需要があるし、今でもルーン魔術をやっている人は少ないから割と重宝されている。


「それにしても、本当にリンには困ったものです! 好敵手が存在するのはいいことです。競い合い、時には決闘するのもまた騎士の誉れでしょう」

「遠坂嬢は騎士じゃないけど‥‥」

「しかしやるにしても場所柄というものがあるでしょう! 他人にならまだしも、このように家族にまで迷惑をかけるとは‥‥!」

「他人ならいいんだ」


さらりと真っ黒な台詞をぶちまけるセイバーを横目に、被害者筆頭の俺は予め家でペットボトルに詰めておいた緑茶を啜った。
ちなみに一度も描写しなかったけど、今食べているのはかの有名なフィッシュ&チップスだ。
ロンドンの食べ物はアレな物が多いけど、これは文句なしに美味い。
やはりその土地の食べ物はその土地で食べるべきだな。常食はしたくないけど。


「そういえば‥‥」


油でコーティングされた口の中を緑茶で洗い流していると、セイバーがふと気付いた様子で口を開いた。


「その鉱石学科でリンと争っている女性というのは、どんな人物なのですか?」

「遠坂嬢から聞いてないのかい?」

「リンはその方の話になると途端に感情的になるため、正確な判断ができないのです」

 
ああ、成る程ね‥‥。
食事時に話題を持ち出したセイバーに対して、ローストビーフをルヴィアに見立ててグサグサとフォークで突き刺しながら鬱憤を吐き出している遠坂嬢の姿が目に浮かぶかのようだ。
なまじ色々とベクトルが似通っているとうっとうしく感じるんだろうな、きっと。

 
「あの二人はねぇ‥‥。同族嫌悪みたいなものなんじゃないかなぁ。ロンドンに来たときの遠坂嬢と話した印象から考えると」

「ああ、なんとなくわかる気がします。リンが二人‥‥ですか」

 
俺の言葉を聞いたセイバーが遠い目をする。
どうやら毎日本当に苦労しているらしく、俺の台詞が引き金になったのかいつの間にやら騎士王陛下の愚痴披露大会と化していた。
曰く、シロウはリンと毎日私の前でいちゃいちゃいちゃいちゃ‥‥。いえ構わないのです、私はあくまでもシロウの剣。シロウの恋人はリンなのですから私に何ら気兼ねする必要はないのです。
しかしあそこまであからさまに見せつけられてしまうとこう、何かぐぐっとこみ上げてくるモノが‥‥。ああそもそもカタチが悪いのかも知れませんね。優劣を競うなら恋敵の一人や二人聖剣(エクスカリバー)の錆にする必要がって何を言っているのだ私は。

 
「あれ、おかしいですね。目から心の汗が‥‥」

「――こんなところで何をやっているのかしら? セイバー」

 
走馬燈のようにライブで脳内を横切る最近の日々がよほどつらかったのか、セイバーがぐいっとブラウスの袖で目元を拭ったその時だった。
ふっと暗くなる視界。それとこんな大衆の中だというのに薄ら寒い程に身を刺す魔力。

ぎぎぎと歯車が軋むような音を出してゆっくりと首を後ろへと回した俺達の視界に入ったのは、向日葵もかくやと言うほど眩しい笑顔を満面に浮かべた『あかいあくま』の姿だった。

 
「リ、リン‥‥」

「や、やぁ遠坂嬢、ご機嫌麗しゅう‥‥」

「ごきげんよう、蒼崎君。私の使い魔(サーヴァント)がお世話になったみたいね?」

 
隣でセイバーがぷるぷると震えながら俺に助けを求めてくるが、スマン、無理。
まだこれで実質会うのは二回目に過ぎないけど、俺の本能、むしろ「 」から『この悪魔に逆らっちゃならねえ』と至上命令が下されてきている。
さらば騎士王。倫敦の街に、散れ。骨は拾ってやる程に。

 
「少し前から聞いていれば、人のことを言いように‥‥! ちょっと、教育が必要みたいね?」

「ご、誤解ですリン! 私はただショーを相手に世間話を‥‥」

「へぇ、私の悪口はセイバーにとって世間話なのね。いいこと聞いたわ。家に帰ったら、分かってるわよね?」

「‥‥はぃ」

 
頭の上のアホ毛も力なく垂れ下がり、セイバーは真っ青になって縮こまっている。
なんていうか、予想以上に遠坂嬢の権力が大きいらしい。じきに破産するんじゃないかアノ家。

 
「蒼崎君」

「あ、ああ」

「セイバーの相手をしてくれてありがとうね。次は講義で会いましょう? それじゃ」

「またな‥‥」

 
うなだれる使い魔(サーヴァント)とその主人(マスター)は、呆然と立ちつくす俺に手を振ると優雅に去っていった。
‥‥なんていうか、強く生きろ、セイバー。


 
 
 
 5th act Fin.

 
 
 
 
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