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  迷宮白書 作者:深海 蒼
言い訳:
時間が少なく、今回は短い更新となってしまいました。
誠に申し訳ありません。
19話
 何を言われたのか理解出来なかった拳児だが、目の前で自分を見つめているニアの表情が、そんな現実逃避じみた思考を許してくれなかった。
 彼女に浮かんでいるのは、他者から見て明らかな侮蔑と、怒り。
 あぁ、この子は怒っているんだ。と思いつつ、その怒りの対象が自分である事に泣けてくる。

 今の自分は権利を行使して奴隷というものを所有して歩いている人間である事には間違いない。
 その奴隷は、女性である。
 そんな様を見て、それが見ず知らずの他人であれば嫌悪感を表に出さず、何も思わず素通りする事も可能かもしれない。
 だがそれが見知った顔、たった一日、短い時間を共にした人間であっても知り合いであれば、自分はどう思うのだろうか。
 例えばガティがそうであったなら、事情は兎も角、最初に出てくるのは嫌悪や怒りなんだと思う。
 それが、女性であるニアであればどう思うかなんて今更な答えであった。
 あぁ、この子は優しい子なんだな。と思う。

 優しい子だと分かると余計、辛かった。

「じゃあ、マリーちゃん」

「え、あ、う、うん」

 たたっと本を抱えて去っていくニアの後姿を見てから、拳児は外れそうな勢いで肩を落とした。



迷宮白書



「まぁ、あの子ってちょっと潔癖な所があってさ……」

 なで肩どころの騒ぎじゃない程落とされた拳児を見て、何となしにマリエルはフォローを行なう。
 実際マリエルは先程まで拳児が奴隷を所有した事を聞いた時に、ニアと会えばこうなるだろうとは予測していた。
 遅いか早いかの違いである。

「あの……、失礼ですが、先程の方は、ご友人の方ですか?」

「ん? えぇそうよ。私の同郷のニア。私はマリエルよ」

「も、申し遅れました。私はご主人様の奴隷であります、レテスディアと申します」

 拳児が半端無しに沈んでいる傍らで、女性二人が挨拶をしている。
 どうにもレテスは気を回しすぎて堅苦しい雰囲気がある。非常に物腰が硬い。
 まぁいいかと思いながら、マリエルは未だ沈んでいる拳児に声をかけた。

「ほら、貴方もそんなに沈んでないでよ」

「……でもさ、あぁもこう、直接的に言われると、こう、なんていうか、ね」

「まぁ、気持ちは分からないでもないわね。傍で聞いててなんだか胸が痛んだし」

 最低です、と言い切ったニアは凄かった。
 本当に純粋な思いであの言葉を吐いたんだと分かると同時に、純粋であるが故、根っこは善人なのだろう拳児の心を容赦なく抉る事となった。
 立ち直るのはちょっと時間かかるかもしれない。
 しかし、だ。

「……あのさ、ケンジ。どこかのクランとか入ってる?」

「クラン……、いや、入ってないけど」

 一瞬何のことか分からなかった拳児だが、その単語の意味だけは理解できる。
 クラン、日本語で氏族と呼ばれる近縁から遠縁までの血族をひっくるめた組織もしくは団体に入っているかという事だ。
 恐らくこの世界では正確に血縁関係を含めた意味ではないのだろうが、組織・団体を指す言葉であるものと思われる。
 拳児はそんなもの入っていないし、今後も入る予定は無い。というより、そういうものがあった事自体知らなかった。
 ギルドの待合で声をかけて即席パーティーを作って潜るのがこの世界のやり方だと勝手に思っていただけだが。

「そっか、やっぱりね……。んー、どうしよう」

 マリエルからの返事は、最初は残念なような、ほっとしたような声。次には、心底困ったように考え唸る姿だった。

「あの……、なに?」

「いや、出来ればなんだけど、私達と固定パーティー組んでくれないかな、と思って。
 貴方の戦力は申し分ない、というか可能だったら是非組んで欲しい訳なんだけど、ニアがね……」

「あ、あぁ、あー。なるほど、戦力的には申し分ないけど、ニアに反対されるかも、っていう」

「そう。私は魔法、ニアは弓。近距離戦力が欲しい。
 こっちに来て日が浅いから知り合いは昨日の二人ぐらい。でもカルみたいのは願い下げ。
 そうなると、ケンジだったら戦力的にも問題ないし誘ったらどうかな、って昨日二人で話してたのよ」

 二人でそのような話になっているとは当然ながら知らない訳で、しかも二人が自分の事をかなり評価してくれているという事実に若干心が浮き立つ。
 しかし、片方の心象はついさっきの一瞬で完全に逆転してしまったのだ。
 そこが一番、悩み所である。

「いやまさか、こうなるとは思ってなかったのよね……」

「うぅん……謝るべき所なのかな。ごめん」

「いや、謝るような事じゃないと思うけど」

 頭を下げてくる拳児を見て、マリエルは思う。コイツの根っこは善人すぎる、と。
 昨日の即席パーティーの段階である程度は分かっていたが、基本的に良い人である。
 だが同時に、はてと思う。
 そういう人間が、奴隷を侍らせて喜ぶ感じになるのだろうか?と。
 そう考えると、何故拳児がレテスを傍に置いているのか、良く理解できなくなってきた。

「あのさ、今更またなんだけど、貴方は彼女に何かしたりとかしてないの?」

「し、してないしてないっ! ねっ、レテスさんっ!」

「あ、は、はいっ。特に何も。……ついでに、奴隷扱いもされていませんが」

 二人の会話を聞いて、更に混乱する。
 自分の奴隷を「さん」付けで呼ぶ主人に、奴隷扱いされていないと言う奴隷。
 なんだかよく理解出来ないが、本当に彼らは何もしていないのは良く理解できた。
 そういう事ならと、マリエルの中に一つの案が生まれた。

「じゃあさ、レテスディアだっけ。ニアにありのままを説明してくれたりとかしないかな?」

「え? 別にそれはかまいませんが……」

「きっとあの子、ケンジがあなたにこう、アレな事をしてるんだと、ね?」

「奴隷だもんなぁ。そう思ってもしょうがない世界なんだよなぁ」

 初め考えた時はそんな事しない!と思った拳児だが、傍から見れば当然そうなる訳で。
 世の中ままならないもんだよなぁと、ちょっと意識を遠くへ飛ばす。

「で、それが被害者であるあなたの口から違うって事になれば、まぁ色々と印象も、ね?」

「まぁ、確かにそうではありますね」

「じゃあそうして下さい本当にお願いします」

 土下座をしそうな勢いで頭を下げる拳児とやめてくださいと言うレテスの間でいやいやそんなそんなといったややこしいやり取りが発生した。
 その様をめんどくさそうに見て、マリエルは思う。

「この人達、大丈夫なのかしらね」

 見ていて少し不安になった。 


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