小話 十六話 クラースのお仕事
馬車に揺られ四日目、ダンジョンに着いたのは日が真上にある昼頃だった。
木々ばかりの不整地な場所、馬車で来るには少し厳しい所だった。しかし周囲の警戒などは魔王が派遣してくれた護衛に任せていたので心身ともに余裕はある。
口が堅いということで連れてきた文官二名は相当疲労しているようだが、それよりも疲弊しているのが政を習え、と皇帝に置いて行かれた次席宮廷魔導士のフルーンだ。まあ机と紙を相手にするだけしかしていないならこうなるのだろう。どこぞの馬鹿に突発的に演習に連れていかれたり、その終わりに書類の整理に追われたりしていれば自然と慣れるのだが。どこぞの馬鹿に一切感謝する気はないが。
しかしあの魔王、どれだけの配下が居るのだろうか。会談に連れてきた蜥蜴隊長と女郎蜘蛛。その一階位である蜥蜴人と蜘蛛人がいるのは分かっていた。
しかし初日に護衛をしてくれていた軍犬や四日目、つまり今護衛してくれている猪豚人。それぞれ一階位もいると考えて良い。すでに四種族、しかも無理やり使役されているのではなく嬉々として魔王に従っているように見える。
四種族を従える魔王、まるで普通ではない。人と対話を望んでいた時点で分かっていたが、想像を遥かに超えている。
しかも勘が更に一、二種族は抱えていると囁く。
「……嫌ですねえ」
帰ったらしばらく辺境伯をいじらないと気が済まない。それとフルーンを返品してやりたい。
「おお、確かクラースだったな。ようこそ我がダンジョンへ」
ダンジョンに入ってすぐ、魔王が出迎えに現れた。これにはさすがに驚きすぐに馬車を降り挨拶に向かう。同乗者である二名の文官と魔法使いも挨拶をさせたいが残念ながら表に出せる顔ではない。
「お出迎えありがとうございます、魔王様。本来であれば我が主、ファース辺境伯が出向くべきなのでしょうが、諸事情により私クラースが代わりを務めさせていただきます。それと他に後三名ほど居りますが、長旅で体調を崩しておりましてこの場でのご挨拶は控えさせていただきます」
「それはいかん、どこか落ち着ける場所でもあれば良いのだが見ての通り開拓中でな。私室で休ませる手もあるがやや遠い。しばらく馬車の中で休ませることになるが良いか?」
「お気遣い頂けるだけで十分でございます。そもそも不整地の森の中、馬車で少し揺られただけで体調を崩す方が悪いのです。護衛してくださった魔族の方々は外で黙々と働いていたというのに。そうでした、護衛を派遣してくださったこと感謝しております」
何とも相手にし難く話のしやすい魔王なのか。わざわざ出迎えに来ないのであれば部下二名の体調を言い訳に少し歩きたいなどと言ってダンジョンの様子を見て回れたというのに。馬車で休めと言われればそうするしかない。
何とかこのまま交易についての話し合いではなく、何らかの情報が欲しいのだがこの魔王が逃がしてくれるかどうか。
チラリと見れば何やら首を傾げていた。何か気になることでもあったというのか。
そして何か合点でも行ったのか手を打つ。
「ゴウ、居るか! 護衛をしてもらったばかりで悪いが一つ仕事を頼んでも良いか?」
「なんなりと! 魔王様から名を頂いたばかり。名に恥じぬ働きを見せませぬと族長に怒られてしまいますので」
魔王が呼ぶと護衛をしてくれていた猪豚人が前に出てきた。ゴウと呼ばれが他の猪豚人と比べても身体がやや厳つい。
一体何を頼むのかと思えば。
「ここからアンダルまで続く道にある木を切って欲しいのだが。どの順路で来たかは分かるな? それで幅だが……良い目安がないな。後で誰かに届けさせよう。準備だけしておいてくれ」
道の整備だった。ここまで来るのに木々が邪魔だったのは事実。例え地面が整えられていなくても木々がなくなるだけで時間が短縮され、馬車の揺れもかなり収まるだろう。
これはこちらに対して気遣いを見せて好感を示しているのだろうか? それとも単純に交易の障害になると思い早急に手を打ったのか。
まあ、どちらにせよこちらに不利はない。それに本当に魔王を慕い従っているのを見れたので十分だ。
「そこの群犬、見張りか? それなら悪いが伝令を頼む。ヒデにここの柵の出入り口を広げるように伝えてくれ。馬車が通すのがギリギリだ。ある程度余裕は欲しい。行け、頼んだぞ。……お、そこの蜘蛛人来てくれ。ヒデの所に蜘蛛人の糸を届けた帰りか? では一つ頼む、あの馬車の横幅の二倍の蜘蛛人の糸をゴウに届けてくれないか。そう、端に行って戻って、往復で横幅の二倍だな。ゴウを知らない? 最近名を与えたばかりだからな。猪豚人だ。言えば分かる。それでこの糸を伸ばして当たった木は切りヒデに届けるように伝えてくれ。忙しいだろうが任せた。とっと、待たせて済まない。事前準備がまだまだ足りなかったことを痛感する」
「いえいえ、話が主、ファース辺境伯に勝る見事な采配でした」
……ふむ、これならいけるか?
「それでしたらどうでしょう? 私にダンジョンの中を見て回らせて頂けませんか? もしかしたら何らかの助言が出来るかもしれません」
「……ふむ、それはありがたいな。なら案内しよう。ああ、しかし馬車をどうするか。連れ回すわけにもいかない。玉座の間の前まで運ばせておいて良いだろうか?」
成功だ。これでダンジョン内を見て回れる。魔王の監視が付くがそこは仕方がない。
それに馬車についてはどうでも良い。何せ中に居るのは役に立たない三人だ。移動しておいてくれるというなら是非頼みたいところだ。
「では馬の扱いに長けている奴に任せるか。見張りの蜥蜴人、セルミナとイフリーナどちらでも良い、連れてきてこの馬車を玉座の間前まで移動するよう伝えてくれ。……言葉が通じないのか。アリスに翻訳を頼め。多分一緒か近くには居るはずだ」
近くの茂みに隠れていた蜥蜴人も魔王の指示を受け即座に移動を開始した。
これでおそらく問題は解決したのだろう。
「では案内しようクラース。と言っても見せられるような場所なんて数少ないがな」
さてさて、魔王も警戒する中どれだけ情報を得られるだろうか。
嫌な勘は当たるものだ。
魔王は更に二種族抱え込んでいた。小悪鬼と粘液生物。合わせれば六種族。
さすがにこれ以上は居ないようだが、中々に厄介なものを見せられた。
最初に向かった小悪鬼達の作業場。ヒデなる者に会いたかったそうだが残念ながら不在。話から伺うにおそらく小悪鬼の族長。中悪鬼だろう。
その作業場を見学している時に粘液生物たちはやって来た。そして小悪鬼たちが出した木屑などごみを吸収して去って行ったのだ。
魔族間で共存が出来ていた。通常ではまず見ないことだろう。魔王の影響だろう。
次に見せられたのは畑だが猪豚人が管理しているらしい。育てている種ごとに畑は大きさも場所もバラバラ。何か言えれば良かったのだろうが畑は専門外。ただ交易品に種を載せる話は浮上したので良しとする。
次に向かったのは蜘蛛人の作業場らしいが、残念ながら魔王が中の様子を窺い、人に見せられる状況ではない、と言ってそこは見送られた。おそらく機密でもあるのだろう。しかしそれを暴くつもりはない。機密がある、それだけで重要な情報であり欲張るのは損だ。
そして最後に、こちらが心から望んでいた所に来れた。
建築現場。未完成だが丸太小屋と思われる建物がある。多数の中悪鬼が働く中、中心に居るのは若い男と年老いたドワーフ。
若い男は知らないが、私が心から望んでいたのはドワーフ、トドンとの再会。トドンならばこのダンジョンが日常的にどのような活動をしているのか知っているはず。
どんな小さなことでも聞ければ幸い。しかしこの状況からどう話に持っていこうか。
「何? ヒデは入り口の柵を広げに行った? いや、良いんだ。それを確認したかっただけだ。しかし少し見ない間に完成こそ未完成の建物が増えたな。誰が使うかは決まっているのか? ……ただ建てているだけ? 一時新しい建物を建てるのは中止だ。未完成分は完成させて良いぞ」
……魔王はここを担当していると思われる中悪鬼と話していた。どうやら中悪鬼側は計画性がなかったらしい。となると、トドンは建築に関わってはいる者の計画には不参加と言うことか。魔王の信頼を得るには少し時間を要するということか。
「腕を上げたいのは分かるが後先を考えないとは」
「魔王様のお役に立ちたいのでしょう。しかしこれは何の建物ですか?」
「これか? 住居だな。例えば現在唯一完成しているあの住居にはライルとトドンとスズリが住んで居る。他に三名いるのでそいつらの為にも建てなければ。そして私室から追い出さなければ」
……ふむ、確証はないがここは人族の住居となる場所なのか? トドンの名が出、作っている最中にはイフリーナとセルミナの分と考えれば問題はない。しかしスズリ、どこかで聞いた覚えがあるが出てこない。最近は整理する情報が多すぎる。
人族と住居。魔王は交易を重要と考えている様子だ。ならこれで。
「ぬおお! もしやクラースか!」
魔王に仕掛けようとした瞬間、今こちらに気づいたのかトドンが大きな声を挙げ歩くような速さで走ってくる。
いや、待て。あなたはもう少し先だ。どうする、無理やりにでも合わせていくしかない。
「お久しぶりですトドンさん。お元気そうで何より。トドンさんは大きな建物は建てられますか?」
「あ、あれはもう少し待って……ん? でかい建物か? 出来るとは思うぞ、時間はかかるだろうが。それで――」
「可能なのですね。それでしたら魔王様、宿屋を建てられてはは如何でしょう? 交易で行きも帰りもずっと野宿と言うのは辛いもの。とはいえ、ダンジョン内で寝泊まりなどさせられないでしょう? ですので、外に宿屋を建てることをお勧め致します」
ここでトドンに喋られては不利益しかない。アンダルの代官からくすねてきた高級酒瓶をチラリと見せて意識を酒に集中させ黙らせる。その間に何としてでも魔王との話を終わらせなければ。
「なるほど、それは良い。素晴らしい助言に感謝する。しかしそうなると夜間の警備が問題になるな。ダンジョン内であれば安全と言えるが、ダンジョンの外、それもすぐ近くに建てたとしても夜行性の魔物がどう動くか」
どう手を打ったものかと悩む魔王だが、私は魔王の回答に満足する。仕掛けに気づいた様子もない。なら今度はトドンだ。こちらは少々強引に行くしかない。
「心配でしたら一度調査をされては? 一晩、二晩で片が付くわけではありませんが今後の事を考えれば重要かと。そう、心配と言えば私もトドンさんの事で心配しておりました。こちらが送り出したのですから、魔王様にご迷惑をおかけしていないかと」
「その身体が干からびる程度には頑張ってくれている。迷惑などしていない」
干からびる? 良く分からないが、問題はないと判断して良いのだろう。後はこのまま。
「本当ですか、トドンさん。魔王様はお優しいですからこちらに気を遣っているかもしれません」
「何を言っとる。迷惑なんぞかけておらん。まあ少し干からびたり、魔王が持ってきた酒を飲み干してしまったが。このように建築はやっておるし、技術もそれなりに中悪鬼に伝え終えた。見ろ、指示がなくても丸太小屋程度なら何とかなるんだぞ」
「それは失礼を」
干からびる、というのは分からないが今のトドンの言葉からそれなりに情報は入ってくる。
魔王はどこかに出かけていた。このダンジョンで酒をすでに造り始めたとは思えない。住居すら満足に用意できていないのだ。酒造りなど遥か先の話のはず。行先はおそらく、国家群が妥当か。魔王も気にしていたはずだ。
そしてもう一つ。技術だ。トドンは技術を中悪鬼に教えているという。丸太小屋程度の技術だが、トドンにやらせるのではなく教えさせたということは技術が目的と言うこと。
そして最後は私が仕掛けた言葉の返しだ。私は外に宿屋を作るように勧めた。もし魔王の意識が野心的で外に向いているようならオワの大森林の外に作ろうとしたのではないか。ダンジョンのすぐ近くに作ろうとしたということは、魔王の意識は内側に向いているということなのではないか。
勿論、魔王が私の仕掛けに気づいていた可能性もある。それを考慮してああ答えたのかもしれない。しかし私は魔王があまり外へ向かおうと意識していないように思えた。
情報収集もこの辺りにしておこう。無理は禁物だ。
それでは交易について話をしようと、玉座の間に向かうためにこちらから視線が外れた瞬間、トドンに酒瓶を渡して手紙の件を忘れないように釘をさしておく。
首が取れんばかりに頷いていたので大丈夫だろう。
緩やかに雑談をしながら玉座の間に向かえば、馬車と入り口同様ぽつんと扉だけがある場所に着いた。
しかし私の顔は凍り付いた。
何せ聞こえてくるのが男性と女性の罵声と怒声と嘲笑なのだ。この主は分かる。フルーンとイフリーナ。それともう一人女性の声がしている。おそらくセルミナという人物だろう。
丁度やって来た方向からは馬車が障害物となり見えていなかったが、近づけば馬車の近くで互いに杖を持ち殺気を散らしながら罵り合う三人が居た。
「無能故に魔王に捕まる愚昧共が!」
「はー!? 未だに次席のくせに何言ってんだバーカ! 主席になってから言えむっつりスケベ!」
「大体私たちは魔王の下で主席と次席魔法使いなんですよ。次席でしかない貴方とは違うんです。生意気な口を聞かないでください」
……どうでも良い。心底どうでも良い。しかし、交易と言う政をするために来た立場なのに妹と言い争うフルーンには怒りしか湧かない。こちらは必死に情報を集めていたのに、そちらは妹たちと喧嘩ときましたか。今にも顔に出そうになるほど怒ったのは先代以来ですよ。
「あー、人選を間違えたか。謝罪するクラース」
「いえいえ、私も連れてくる人選を間違えました。話し合いに来て妹たちと遊ぶような者とは考えてもおりませんでしたので」
その後、魔王の何らかの力で三人は揃って地面に叩き付け魔法使いどもは沈黙。馬車の中でいつ戦闘が始まるのかと覚えていた文官二名を救出し、交易についての話し合いに臨む。
話し合いは至って無事に終わった。時間もさほど掛からなかった。
というのも現在ダンジョンに不足している物ばかり、何が来ても買い取りたいととのことで、代わりに魔王が出すキヨの実やワリの実、蜘蛛人の糸をこちらとして質が高く非常に欲しい所。下手な駆け引きよりも迅速な締結を選んだ。
次回は二か月後、それ以降は一か月ごとに交易を行う。
また、次回からはオワの大森林で採れる薬草なども含む。この薬草などは絵付きで図鑑を魔王に渡したので必ず用意するとのことだ。
金額的な面で考えれば今回ほどの成果は得られなくなるが、需要などを考えればオワの大森林で採れる物も仕入れないと困る。
大きな問題もなく、今回が初めてと言うこともありこれ以上は細かく決めず、ある程度形になってきてから決めることに合意。
これで全ては終わり。
とりあえず何の役にも立たず気絶しているフルーンには、これから貴族会議で出かけるファース辺境伯の代わりとして領地に残り政を学んでもらうことにした。皇帝から任され教えられませんでしたと報告するわけにもいかない。
おそらくフルーン程度の処理能力では寝る暇などないだろうが、大丈夫。寝ずに仕事をさせればいいだけ。
それでは帰って貴族会議の準備を始めようかと、ダンジョンを出る手前で魔王が現れ。
「クラース、付いて行っても良いだろうか。このように交易が出来るようになったのもギルのおかげ。礼を言うべきと思ってな」
最後の最後で巨大な爆弾を放り込んできた。




