第七十五話 逃亡者ダン・ダステル
俺が帝国を離れて一月と半分くらいが過ぎたか。
冒険者ギルドで出会った異様な気配を放っていた人物。不思議と脳裏に浮かんだのは帝国の産んだ『戦狂』コルター・カッシュの名が浮かんだ。
強者がいれば挑んで殺す、有名な話であり俺がはるばる国家群まで逃げた理由でもある。
あの強者、ノブツナと呼ばれていたがあいつに殺されるんじゃないかと逃げてきた。
大袈裟かもしれない、だが俺の固定技能が『察知』が今までにない反応を見せていたのだ。あれはもう関わってはいけない領域だ。
そこで俺は国家群に移動した。そこで冒険者として活動したがやはり勝手違う。
実力ならばどこに行っても上位になれたが安定していたとは言い難かった。
しかしそれは少し前の話。最近ようやく国家群に所属する冒険者の常識を理解した。
まず情勢、政に関心を持つ。
帝国ならばそれほど気にしなくても良い事だったので最初は戸惑った。情勢は国家群全体や周囲、また今いる都市などに気を配らなければならない。
今で言うならオワの大森林魔王を討伐する動きに全体的になっている。最初は軍が動くと言う漠然とした情報だけだったが、ここになり段々と情報が明らかになっている。
これで分かることは国家群西部が危険、また食料などの物価上昇の可能性があるため保存食などは早めに買うことなどだ。
西部はオワの大森林に接している都市国家が多く、そこにいれば冒険者とはいえ徴兵される可能性がある。またオワの大森林に接していなくても国家群の連合軍が魔王相手に敗北、または辛勝で兵を多く失った場合帝国や王国が戦争をするかもしれない。そうなればそうなれば王国、帝国に接している都市国家は徴兵するはず。有無を言わさずだ。
故に国家群西部は危険と判断できる。
食料品は連合軍が持っていくために上昇する。
そこで俺は国家群の中心と言われるカルネア公国を選んだ。
本当ならダダラ鉱国に行きたかったが、鍛冶職人のストライキ、鉱山の閉鎖など政の面で不安が大きいので近づくべきではない。
それに対してカルネア公国は安定の一言。数年前に前大公が急死し、二人子がいたが権力闘争なく兄が継いでいる。
嫡男だから当然と思いきや、兄は無能と知られ弟は有能だった。これなら争いが起きても良いと思われるがこの弟、常日頃から国家群統一を口に出していたらしい。
遥か昔、大陸を王国が統一していた頃があった。その時代の王が人族の中でも人間こそが至高であり、エルフやドワーフなどは亜人として人族でも一段下の扱いにしようとしたことがあった。
それに反対したのがカルネア公爵。カルネア公爵は差別されそうだった亜人を王都から引き離して独立を宣言。そして周囲の都市もそれに同調し独立。
王国は当然軍を派遣したが、カルネア公爵を中心に集まった軍勢に敗北。この時カルネア公爵に協力した都市がそのまま国家群の枠組みに入り、北の王国だった場所は国家群とオワの大森林の所為で王都と連絡を付けられず、王国の名を捨てそれぞれ小国となり長い戦乱へと突入した。
大公の弟はこの時のことを持ち出し、カルネア公爵を中心に集まった以上、カルネア公国が国家群全領土を支配すべきと主張しているらしい。
過激なことと思えるが分からない話でもない。
現在国家群で最も発言力があるのは、三つの都市を有し国家群の三割から四割の食糧生産力を持ち、国家群の盟主の立場でもあるカルネア公国。
鉱山を保有し熟練の職人と一流の戦士を抱えるダダラ鉱国。
史上最強と言われた狼王を討ち取られ、全盛期ほどの勢いこそないが五つもの都市を保有する狼獣人が中心のザール大国。
そして弓と魔法の名手と知られるエルフが中心となり、オワの大森林に最も近いユゥラ樹林国。
この他にも都市国家が複数あり、とても意見の統一が簡単とは言えず、決まっても反映されるのは非常に遅い。
どこかの国が攻められた場合はすぐに救援を出すが、逆に侵攻する場合はどこの国が中心となるか、指揮は、兵は、食糧は、迅速に決まることはないらしい。
確かにそれなら統一したくもなる。軍が動くと言う情報も元は王国へ向ける予定だったが、ユゥラ樹林国が捻じ曲げてオワの大森林にしたという噂があるほどだ。
だからと言って弟の意見に賛同する者はほとんどいない。カルネア公国の発言力が強いのは過去の栄光と圧倒的な食料生産力のおかげであり、兵はお世辞にも強いとは言えない。
もし国家群統一のための戦争が始まれば真っ先に滅びるのがカルネア公国だろう。
いくら弟が優秀でもそんな危険思想の持ち主では家臣が従うわけもなく、幸い優秀な家臣が多いカルネア公国は無能な兄をすぐに継がせ飾りとし、家臣たちで国を回しているらしい。
更に大公とダダラ鉱国の姫君との婚姻発表。これによりカルネア公国は国を挙げてのお祝いムード。おかげで冒険者ギルドへの依頼も景気の良い物が多い。
しばらくはお祝いムードを利用して金を稼いで、それからゆっくり国家群を回り良い所があれば居を構えるのも悪くない。
今みたいな宿暮らしも悪くはないが、今回の様に宿が必ず空いているわけもなく、今回のようなお祭り騒ぎでは宿を取る方が難しい。せっかく街についても野宿する羽目になる。むしろ今回宿が取れたのはほぼ奇跡に近い。
窓を開ければまだ朝だと言うのに道には大勢の人で賑やかになっている。この中にはおそらく宿を取れなかった者も大勢いるだろう。
冒険者ギルドはもう混雑なのだろう、見えるはずもないのにそちらを見ると久々に『察知』が反応した。国家群は兵も冒険者の質も帝国と比べると低く、途中で通ったユゥラ樹林国以来だ。
さすがにこの人ごみでは『察知』が反応しようと見つけるのは無理、早々に諦めようとして嫌なことに気づいた。
『察知』が反応した方向が明らかに今向いている冒険者ギルド方面ではなく、むしろ反対の城門側だったこと。そして今まで見ないで『察知』が反応したのはたった一度しかなかった。
振り返り身を乗り出して見れば。
「冗談じゃねえ……」
いた。人ごみの中でも一際目立つ巨躯、鋭い隻眼、そしてあの圧倒的威圧感。混雑する人ごみの中、あれの周囲だけは穴が開いたかのように人がいない。
名を確か、ノブツナと言ったか。
まさか、追いかけて? そんなはずはない。ユゥラ樹林国にも強者はいた。追いかけてくる理由はない。そのはずなのに、悪寒がする。
俺はその日の内にカルネア公国を出た。
もう国家群は駄目だ。王国行こう。




