第五十七話 行き違い
不貞寝した。しかし世界は変わらなかった。当然である。
しょうもないミスの所為で計画が崩れたショックで体が重い。動きたくない。
とはいえ、そう言っていられない。帝国へのアプローチが失敗したのならメインの計画へ移行しなければならない。
寝室を出てやることも決まっているしな。
技能で文字覚えなきゃ。
朝食に凍らせたワリの実を齧る。もし帝国と交易すること出来れば食材を仕入れてちゃんとした料理を食べることが出来たんだろうな。そう思うと涙が止まらなくなる。
まあワリの実おいしいから良いけど。
朝食を食べながらと少々行儀が悪いが、本を開いて人族の文字が技能にあるか確認する。なかったらランとライルの勉強会に俺も参加することになる。あいつら言語で俺は文字だけど別に問題ないはず。
……あった、言語と同じでやはり魔素の消費が少ない。非常に助かった、この間『寄生無効』と取ろうとした際に色々技能を取り過ぎた所為で魔素がカツカツだったんだ。これを取ればもう他の技能は取れなくなるが、些細なことだ。
さて本当に文字が理解できているか確認しよう。ということで早速地図を取り出す。
地図に書かれているのは変わらず模様のような文字だが普通に読めた。どうやらそれぞれパーティー名が書かれ、どこを担当するか、何日までに帰還することなど決め事も書かれていた。
他には街の名前などもあったが王国の街だけだ。国家群、もしくは帝国だったら非常にありがたかったのに。
読みは大丈夫だ。次は書きだ。
地図の隅にノブナガ、と書いてみた。すると自然と人族の模様型の文字になった。
自然とこうなってしまうのか?
今度は異界の文字を意識して書いてみれば、信長、と書かれた。どうやら意識の違いで済むようだ。
これでもう同じ失敗はしない。これで国家群に行ってもボロは出ないだろう。
だがその前に確認しないと。もうくだらないミスをしないように。
…………これ大丈夫か?
目の前にあるのは対国家群用生物兵器、寄生虫入りワリの実なんだが。
つ~んと鼻に着く匂い。腐っている? いや、腐りかけか? 寄生虫を生かすためにキッチンで常温に放置したのがいけなかったのか。
寄生虫は生きているか? まあワリの実が腐っていても死ぬことはないと思うが……。そうだ、シバにまた取ってきてもらおう。
「申し訳ありません。本日族長は南の警戒網の担当でして」
残念。どうやらシバはサイコロで悪い目を引いていたようだ。
あれ、でも外に出ているなら丁度いいか。
「シバに伝令を。寄生虫入りのワリの実を採取してきてほしい。出来る?」
「はい! それではすぐに伝えて参ります」
言い終えると同時に軍犬は走って行った。
これでワリの実については問題ないな。
しかし時間が空いたな。私室で遊ぼうか、それとも見回りでもしようか……。
魔素を集めに行くか。西の奥には三階位がいるとか言っていたし、南は王国の冒険者に出会う可能性も高いし、東は今度行くから北だな。
「あれ? 旦那じゃないッスか。おはようございます」
外に出たらそこには何故かライルが居た。しかも木を大量に抱えて。……いや、その前に一応こいつ軟禁扱いだったはずなんだが。
「おはよう、お前一人か? そんなに木を持ってどうした?」
「そうッスよ。この木は木像彫るのに必要何で集めて来たんすよ。あ、その木像がこれッス!」
懐からライルが取り出したのは人型で顔だけ端整なハニワの素晴らしい木像だった。いやあ、モデルは誰なんだろう。あ、俺かなあ?
「旦那の木像ッス。これ大人気でヒデさんとかランの姐さんが欲しがってるんッスよ。おかげで家に窓が付いたり、床が土から木になったり旦那様様ッス。あ、旦那の木像作って良いッスか?」
完全な事後承諾じゃねえか。しかも賄賂のような扱いを。まあ別に害になるわけじゃないし構わないが。
「感謝ッス! もし駄目と言われたらまた針の筵のような生活を送ることになってました」
……軟禁状態だからその生活が当然なんじゃないかな。それに蜘蛛人の覗きとかしていればそうなるのは当然だと思うが。
「それじゃ帰って作業します。旦那はこれからお出かけで?」
「北の方に散歩だな」
お気をつけて! とライルに送り出され俺は北へと足を進めた。
想定外の事態が発生。
魔物に一切で合わない。
どうやらシバやリンがかなり力を入れてこの辺りの魔物を掃討したらしい。そういえばアリスと出かけたときも魔物に出会ったのはかなり歩いてからだったな。
ちょっと歩いて少し魔素を回収するだけの予定だったのだが……。
「マオウサマ!」
どこからか呼ぶ声が、と思ったら木々が揺れ上から群犬が降ってきた。びっくりした。危うく『重力』を使う所だった。
「イカガナサイマシタ?」
「いや、少し歩いているだけだ。お前は北の警戒をしていたのか? 頑張ってくれ」
「ハイ!」
尻尾を振り嬉しそうに持ち場に戻る群犬。その後ろ姿を見てふと閃いた。
群犬の身体を借りて北に走れば良いんじゃない?
群犬は足も速いし体力もある。更に鼻も良く気配察知だって悪くない。魔物が良そうになったら元の姿に戻れば良いだけ。
そうと決まれば去りゆく群犬の姿を借りて目指すは北だ。
……あれ? 今軍犬が走り去って行ったな。交代かな?
「ま、魔王様がいない!」
北の警戒から戻ってきた軍犬が叫んだ。
かなり急いで戻って来たらしく息切れし、落胆の所為か地べたに座り込む。
旦那は俺以外には誰にも行先を告げず出かけたらしい。玉座の間から直接外に出たんだろう。入口の警備をしている奴らも知らなかったらしいし。
「旦那。北に散歩。出会わなかった?」
最近無理やり教えられた魔族語。間違えれば斬撃が飛び、正解すれば当たり前。という極悪な環境のおかげか聞き取りはほぼ完璧。話すのだって流暢とはいえ言えないが意味は伝わる程度にでは話せる。
ここだと人語話せるの旦那とアリスの姐さん。それとランの姐さんが教わりだしたので少し話せる程度。おかげで話し相手いなくて苦労した。
「すれ違ってしまったのか。何と言う失態」
頭を抱える軍犬を何とか慰める。
もしかしたら近くまで戻っているかもしれない、と外に出てみたが見えるのは広大な森。旦那の姿、気配は感じられない。
「急用? 何?」
事と次第によっちゃアリスの姐さんに相談しよう。姐さんならすぐ分かる気がする。
「実は魔王様が戻られたときに北から使者が来るかもしれない。手を出さずに早急に知らせよと言われていたのだが」
北、帝国からか。旦那この間帝国に行っていたな。その成果なんだろう。
しかし普通に考えればオワの大森林に入っても、ダンジョンまでは二、三日はかかるはず。なら旦那が帰ってきてから報告しても問題はないはず。
そわそわと辺りをずっと見回している軍犬を落ちつけようと肩を叩いて。
「大丈夫」
直後、ボッと北の森に火柱上がった。
その火柱が消えていくのを俺と軍犬は何の反応も出来ずに見ていた。
しばらくして、理解したくない状況を理解して。
「じゃないかも」
言葉を付け加えておいた。




