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小話九話   うっかり魔王

 アリスとの模擬戦は夜まで続いた。

 その所為か作業を終えた者が集まり、ダンジョンに住む全員が観客となった。

 その中魔王は必死の抵抗をしていた。


 姿を変えアリスと同じ実力を有すも、ややトラウマになっている剣聖との戦いを思い出し、逃げ腰になってしまっている。

 更にアリスの知らないはずの技を放つも紙一重で避けられ、試しとばかりに同じ技を返してくる始末。

 更に精神力の差も出てくる。

 ギリギリの斬り合いを楽しいと感じるアリスと、剣先が掠っただけで恐怖を感じる魔王。

 防戦一方になるのはすぐだった。だがそこから魔王は粘った。


 配下が見ている手前惨敗しては侮られてしまう、と奮い立ち。

 一瞬でも気を抜いたら本当に斬られるんじゃないかという恐怖で防いでいた。


 変身したときには考えもしなかった新技を放つアリスから、悲鳴を必死にかみ殺して魔王は防ぎ続けた。

 しかしそれもいつかは綻びが出て、その綻びを攻められ続ければ防ぎきることは出来なくなり。

 ついに防ぎきれなくなった瞬間をアリスが見逃すはずもなく、一切無駄のない斬撃技能(スキル)『スラッシュ』が魔王の首元に狙う。

 防げない一撃、アリスの並外れた戦闘感覚がそれを教えてくれるが同時に防げないことも分かってしまう。だから、つい条件反射で発動してしまった。


『変身』

守りの戦闘態勢(タングステンの身体)

 

 キンッ! と音を立て首筋に当たった剣先が折れて飛んで行ってしまった。


「魔王、それははんそ――」


「今剣先当たったじゃねえか! 変身しなかった首切られたんじゃないか!」


 剣先は見事観客の間を抜け、気に突き刺さっていた。


「大丈夫。師匠との訓練なら良くあった」


剣聖(バカ)と一緒にすんな! 首切られたら死ぬわ!」


 怒鳴り終えてから先程まで封じていた恐怖がどっと押し寄せて、魔王は変身を解いてその場に座り込んでしまった。

 対してアリスは実に満足そうな顔をしてから、蜥蜴人(リザードマン)の方を向いた。


「見た通り、魔王が自分に変身しても勝てるんだ。決して勝てない相手じゃない、分かったな」


「はい!」


 蜥蜴人(リザードマン)はまるで英雄でも見る子供の様な目でアリスを見て、元気に返事を返した。その傍らでぐったりと疲れた様子の魔王をランが介抱して、こっそり自分の株を上げていた。




「それでは総評だ。集まれ」


 アリスとの模擬戦が終わった後、観客はほとんどが帰り、残った蜥蜴人はアリスの総評を聞くことに。魔王は付かれていたので休もうとしていたが何故かアリスに連れてこられた。


「前回の指摘されていた点、防御の意識は全体的に出来ていたと思う。が、体の固さについてはサボっていた奴がいるようだな。今回の模擬戦で分かったと思うが尾も武器となる。お前たちにしかない武器だ。決して腐らせなよう気を配れ。以上!」


 戦闘指南役として意外にきっちり役目を果たすアリス。蜥蜴人(リザードマン)も真剣に耳を傾け、魔王は何故ここに連れてこられたのか疑問に思っていると。


「次に個別の評価に入る。じゃあ魔王頼んだ」


 すぐに答えが転がり込んできた。

 何故任せるのかと聞けば、私は戦ってないから分からん、と半ば投げやりな返答が来た。

 どうしようかと頭を悩ませ、魔王はとりあえず一日目から振り返ることにした。


「最初の蜥蜴隊長(リザードコマンダー)は、お前か。攻撃防御共に問題点はなし。でも体が固かったな。おかげでサマーソルトキックをするとき槍を棒代わりにしないと出来なかった。それと相手を見るとき、手や足など一部分ではなく相手全体的に見た方が良い。そうすれば尾の追撃も防げたはずだ」


 何とかその場で考えて評価を下していく。印象に残った相手と印象が薄い相手とでは出てくる量に差こそあったが何とか納得できる内容のようで、次々と評価を下していく。


「それで四日目、七人目は。……特にいうことはない」


 魔王の言葉に場が騒然となった。

 今までやや差があるものの平等に評価をしていたのに対し、七人目、序列八位の魔王と唯一接戦にまで至った蜥蜴隊長(リザードコマンダー)に何もないとは何故なのか。

 意外な事態に真っ先リンが反応した。


「恐れながら魔王様、彼女は剣と盾を装備することの発案者です。また魔王様の言葉に従い、誰よりも関節を柔らかくなれるよう努力した者です。どのような言葉でも構いません。どうか評価を下してはいただけないでしょうか?」


「ほう、剣と盾の発案はお前だったのか。一見剣と盾を装備するなど安易な発想と思われるかもしれないが、剣のみ、槍のみを武器が主流の中で考え付くのは並大抵ではない。

関節についてはお前になった私が蜥蜴人(リザードマン)の中で最も柔らかいと知っている。……彼女、つまり雌か。雌雄で差が出るのか。

それと評価だが、何ら指摘する点がない。ほぼ完璧だと思っている。強いて言うなら尾を最初から武器として気づくくらいか。そうすれば勝敗が変わっていたことだろう」


リンの願いどおり評価が下るが、その内容に場が一気に静まり返った。

それを勘違いしたのか、魔王はそのまま個別の評価を進めて行った。




 全員の評価を終え、頭の身体も疲れ切った魔王は、もう帰って良い? と目でアリスに尋ねると頷いたのを見てその場を離れようとしたが。


「上位十名は今の評価を胸に刻み訓練に励め。他の蜥蜴人(リザードマン)は模擬戦の内容を理解して自分の力に役立てるよう。後私と魔王の模擬戦については忘れておけ。あれはまだお前たちには無理な領域だ」


 アリスが場の締めを始めたので動くに動けなくなった。とはいえ、すぐに終わるだろうと魔王は黙って待つことにしたが。

 

「では最後に序列八位、前に。魔王が名を与えるそうだ」


 それが間違えだった。

 どんな勘違いだ、と抗議の目を向けるとアリスが小声で話しかけてきた。


「実はな、今訓練が停滞しているんだ。リンに聞いているかもしれないがこれから教えるのはある程度強くないと駄目なんだ。

だが模擬戦で見た所教えても良い、と感じたのがリンとあいつだけだ。どうせ模擬戦は当分できないんだろう? だからあの二人の強さを新たな訓練を受けられる当分の目安にしたい。しかし目安がリンと序列八位では締りが悪い。だから名を与えて、名持ちが目安と言うことで蜥蜴人(リザードマン)のやる気を刺激したい」


 勘違いではなく蜥蜴人(リザードマン)を考えてのことと言われれば。魔王もさすがに断れない。

 仕方がない、魔王も無駄な抵抗を止めて前を向く。


「名は体を表す言う。お前はこれからことをしたい、もしくはどんな自分になりたい。それを聞いてから名を決めよう」


「はい、私は。族長を手助けできるような者になりたいです。手となり足となり族長を助け、魔王様のためになれればと思います」


 チラリとリンを見てから述べた答えについ頷いてしまった。

 何せ最近の名を付けたとき、足が速くなりたいなどと子供のような願いや、家族同然と言いながら、その後すぐに族長と言い争っているのだ。

 それに比べればなんと忠誠心溢れる言葉か。魔王も名を考えるのに力が入った。


 リンの手助けか。リンを見たときの反応を見る限り好意はあるのだろう。なら出来る限り近くにいられる名を。リンと共にある名。エポ? ポナ?


「分かった。ではこれからはエナと名乗れ」


「ありがとうございます。これからはエナと名乗らせてもらいます!」


 突如上がる歓声。エナを祝福する蜥蜴人(リザードマン)の喜びの声。

 誰もがエナを称賛し、他の種族から苦情が来るまで騒いだ。




「誰かさんの所為で予定以上に疲れた。もう風呂入って寝たい」


 名を付け終わったと、興奮する蜥蜴人(リザードマン)の騒ぎからこっそりと抜け出し玉座の間に戻ってきた魔王は後ろにいる人物に意識して口を開く。

 

「ふふん、背中ぐらい流してやろうか?」


 後ろには魔王と共に場を後にしたアリスがいた。皮肉も聞き流して魔王に恐ろしい提案をする。


「冗談だろう。お前との風呂など気が休まん。そろそろ手紙の返事が来るかもしれんのだ。疲れすぎて寝過ごすなんてしたくないからな、少しでも風呂で疲れをとりたいんだ。入ってくんな」


「無駄な心配を。魔王の首を落とすときはあの黒いコートを着ているときだけだ。……手紙と言えばどんなことを書いたんだ?」


「手紙か? 特別なことは書いていない。定型文のような挨拶から交易をしませんかという内容だ。気になるのか?」


 手紙には単純なことしか書いていない。何らかの偶然で剣聖に知られ悪と判断されるのを恐れたのだ。だからやましいこともなくアリスにもはっきりと教えられる。


「気になると言うか、読めなかったのでな。どこの国の文字なんだあれは?」


「そりゃにほ………………。え?」


 魔王は記憶を探る。自分が手紙に書いたのは『異界の知能』から得た文字ではないか。アリスたちが使っている文字はどんなだったか。

 急いで文字らしきものが書いてあったオワの大森林の地図を玉座の裏に隠している本から取り出す。

 地図に書かれてあるのはどこかで見たような、模様な文字。


「アリス、もしやこれは文字か」


「何を当たり前な。それは偵察組に配られた地図か? どの班がどこを分担するなど色々書かれてあるが」


 魔王は目を凝らして地図を見るが、どうしても読めない。分からない。それと同じようにアリスも手紙が読めなかったとすれば。




 その日、魔王は不貞寝した。


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