小話五話
ダンジョン入口の警備をしていたシバの下に一報が入る。
それは西を探索している部下からではなく、警戒網を築いている部下から。
少し前からその傾向があり、今日ついに来たと言うこと。
今までの傾向から危険度はそれほど高くない、しかし何らかの手を打たなくてはならない。
少し悩んだ挙句、シバは指示を貰おうと魔王の下へ向かう。
確かランの所が課題を終えたため魔王様から名を貰うのだったか? ならそちらから行ってみるか。
「家族の様に身近な存在になれるよう、だったな。ではこれからはイチと名乗れ」
作業場に着き魔王の来訪を聞いて近くにいた蜘蛛人に案内してもらうと、丁度一人の女郎蜘蛛が名を貰う所だった。
名を貰うとは特別なこと、シバは少し待つことにした。
「はい! これからはイチと名乗らせてもらいます」
どうやら名を貰った女郎蜘蛛、イチは女郎蜘蛛にしては全体的に小柄なようだ。
シバ自身最近知ったことだがランは女郎蜘蛛の中ではかなり大きい部類に入る。元々蜘蛛人という種族が大きいから分からなかったが、ランとイチを良く分かる。大人と子供位の差だ。
そしてそのランだが、なにやら苦虫を噛み潰したような顔をしていた。魔王様がいるのに何故、と疑問に思うシバだが答えは出ない。
「魔王様ありがとうござます。良かったわね、イチ? でもあまり図々しいお願いをしてはダメよ?」
「いえ、私はただ敬愛の証を示しただけです。魔王様それに応えてくれました。それに族長もあまり変わらないでしょう?」
ふふふ、と笑いながら異様なまでの険悪な雰囲気を醸し出す二人。遠くにいるシバですら尻尾を丸めて逃げ出したいほど。
この雰囲気をシバは一度感じたことがあった。それは二組の番が争った時だ。
そんなこと魔王の下に来る前ならよくあることだったのだが、その時は両方の夫が族長のシバに助けを求めてきたのだ。
普通なら夫同士で決めるのだが、その時は妻同士で決めることになっていた。
さすがに乞われれば行くのが族長、しかし現場について早々にシバは後悔した。
二人の妻が今の様に恐ろしい雰囲気を出していたのだ。しかも夫が口出ししようとすると揃って威嚇してくる。
互いに笑っているし仲が良いのかと思えば言外に明らかな敵意を飛ばしていたり、とにかく恐ろしかった。
その時にシバは理解したのだ。どう対処すればいいのか。その方法は。
「お話の所失礼。魔王様、実は至急報告したいことがございます。よろしいでしょうか?」
「ああ! 構わないとも。それではなラン、イチ」
関わらないこと、放置すればいいのだ。
魔王も渡りに船とばかりにシバの提案に乗る。だれもこんなところには居たくない。
「助かったぞシバ」
作業場から離れ一度玉座の間まで戻る最中、魔王から感謝の言葉を貰う。
魔王様と言えどあの場に残るのは苦なのだろう、と判断して素直に言葉を受け取る。
「お気になさらず。しかし、ランも何をやっているのか。魔王様がいると言うことを理解していないのか……」
先程の光景を思い出し、シバは自分の事でもないのに魔王への申し訳なさで自然と頭が下がり、今頃正気に戻り自責の念に駆られているであろうラン達の事を考えれば、何も言えず溜め息が出る。
「はっは、仕方あるまい。あれほどの数をまとめているのだ、意見の対立もあるだろう。それについて口を出すつもりはない、それは族長のすべきことだ。まあ、要請があったりどうしようもないと判断すれば口を出すが」
まるで気にしていないと魔王は笑うがシバはその言葉の裏の真意を必死に探る。
比べることもおこがましいが、魔王様は族長をまとめ意見の対立も争いも起こしていない。
つまり、数回までなら大目に見るから族長としてしっかりしろ。あまり手を患せるようなことをするな。という意味か。
後でランの一件も含め族長間で報告すべきと思いつつ、シバは魔王に頭を下げる。
「魔王様のご期待に添えますよう努力します」
「期待しているよ」
玉座の間。
魔王は玉座に座り本を広げ、その前ではシバが緊張した面持ちで立っている。
「それでは、西の探索、南の警戒網からの報告をさせていただきます」
緊張するのも当然。ランの様に課題を終えていないシバにとってこの報告がそのまま成果になる。
不甲斐ない報告は出来ない、しかし誇張するなどもってのほか。
「まず西ですが、申し訳ありません。未だ石切り場になるような場所見つけられておりません」
失態は失態として正直に報告する。それがどれだけ情けないものでも。
「また、西の探索自体難航しております」
「なに?」
その報告を聞いて魔王が本から目を離しシバへと目を向ける。
何も映らない真っ暗な窪みがシバを見つめる。そこに宿る感情はいかなるものか。
どんな咎めも受ける覚悟はある。命を受けて数か月、未だ満足な成果も見せられずに探索が難航など堂々と言えるものではない。
「ふむ、やはり西は遠いからな。距離が原因か?」
「いえ、距離は大した問題ではないのですが。原因は二つありまして一つは西に住む魔族です。確認されている限り小悪鬼、群犬など私たちと同じ種族の他に蛇人などもいるのですが、全てが魔王様の傘下に下る、または協力を拒否しております。さらに目の敵の様に嫌われているのか、出会うたびに襲ってくる始末で。同数程度なら追い散らせるのですが、相手の方が多く出会うたびに逃亡ばかりで満足に探索が出来ず」
シバ自身は西に行っていないが、報告によれば決して強いわけではないらしく、個々の能力は時おりアリス指導の下訓練を行っているこちらに軍配が上がる。
とはいえ、向こうは西全体が協力体制に近く、戦えば連戦確実、数も相手が勝り大怪我を負わない内に退くしかないという状況。
「そうか、仕方あるまい。魔王など同種の魔族でもなければ災厄以外何者でもない。捕まれば酷使されると考えれば参加に下るはおろか、協力など出来ないはずだ。敵対行動も西に来るなと言う警告か。これは俺が直接西に行って話すほかないな。まあ、西に行けるほど時間が空くのはどれほど先か。それまで待っていてもらえるかシバ」
「魔王様のお手を煩わせるようなことになり申し訳ありません。それと、もう一つの原因が魔物にありまして。何故か三階位の魔物が数匹うろついておりました。さすがに三階が相手は数が居ても厳しく、見つからぬよう逃げるか隠れるかしており、探索が進まない状況です」
言い切った。早い話が自分たちは弱いので逃げ帰ったと言う情けない内容を。
これには魔王も激怒するだろうと、歯を食いしばるが待つが何の衝撃も来ない。
何故か、気になったシバが薄らと目を空ければ魔王は別段起こった様子はなく玉座で腕を組んでいた。
「西にて三階位の魔物か。三階位は珍しいはず、それが数匹? 激しい争いが続いた? もしや東や中央にいた魔物が俺の存在、剣聖に驚き西に逃げたのか。そのため縄張り争いが激化、生き残りが三階位になった? 遠回しに俺の所為か」
ぶつぶつと何か言っている魔王。耳の良いシバでも全てを拾うことは出来ず、それでも聞き取れた欠片の情報から西に三階位が多い理由を予測したのだと分かった。
「分かった。三階位は俺、ではなくアリスに任せよう。アリスもしばらくは離れられんから後になるな。……シバ、西の探索を一時凍結。東か中央で探し忘れがないか調べてくれ。他に西について言うことはあるか?」
「いえ、ございません。……あの、お叱りなどはないのでしょうか? 命を果たせず今になって困難に当たる始末。当然お叱りを受けると思っておりましたが」
「叱ることもあるだろう。だが報告を聞いたところお前の落ち度はないと判断した。これで叱るほど俺も鬼ではない。シバよ、これからも励め」
叱責を覚悟していたが、受けたのは激励。まさかの事にシバは一時的に放心状態になり、しばらくして正気に戻り、すぐに頭を下げた。
「ありがとうございます! 粉骨砕身の精神にて当たらせてもらいます」
「ああ、ほどほどにな。西の件はそれで終わりか?」
魔王の激励にもはや緊張も恐怖もないシバは頷いて話を進める。
「はい。残りが南の警戒網の話しですが。実は数日前より人族が数人オワの大森林の境界辺りに現れていたのですが、本日ついにオワの大森林に侵入しました」
「そいつらはまっすぐダンジョンに向かっているのか?」
今オワの大森林になるのではあれば狙いは当然魔王の首。と思いきや。
「いえ、浅い所でワリの実を採取しているとのことです」
目的はワリの実。もしくは薬草など。魔王など探す姿などどこにもない。
これには魔王も驚いた様子で、反応に困った様子を見せる。
「つまりオワの大森林に来たのは俺の首が目的ではなく、ここにある物を求めてきたと言うのか」
「おそらくそうかと。どういたしますか? 監視しておりますので、不快と申されればすぐにでも襲い掛かりますが」
更に今は西の探索が難航の為、その分を警戒網に人数を回している。監視の数、警戒網を築いている数もいつもより多い。
今なら誰一人残さずに殺せる。だが。
「いらん。今は下手な手を打ちたくない。とりあえずオワの大森林への侵入者は監視。深くまで来た場合リンに連絡を取りつつ侵入者をダンジョンまで誘導。ダンジョンに入ったと同時に狩れ。もしアリスのようなお前たちでは手に負えない相手に出くわした場合即座に撤退。その情報を必ず持ち帰ること」
緊張して損したとばかりに魔王は指示を出すと大きくため息を吐いた。敵かと思えばただの果実を採取しに来ただけなのだ。あまりの落差に反応だって出来ない。
報告を終え指示を貰ったシバは一礼し、その場から離れようとした時声を掛けられた。
「そうだ、どうやらランとイチが落ち込んでいるようなだめておいてくれ」
あの口論より時間も経ち二人とも頭が冷え自己嫌悪に陥っている最中だろう。それに魔王の言葉を無碍にはできない。
「承知しました」
なんと声をかければいいのか、シバは考えて出て行ったが結局思いつかなかった。