小話四話
魔王、オワの森へ帰還。
その情報はオワの大森林の見回りをしていた群犬によってもたらされた。更に進行速度が速く、遠くない内にダンジョンに帰還すると言う情報まで。
おかげで今ダンジョンは騒がしい。
「ふんどしを五、いえ十! 網は一つだけで。 それじゃない! 魔王様にお見せする物、出来の最も良いものを選びなさい! 無地は一つだけにしなさい! 我々の創意工夫、技術を魔王様にお見せできる場なのですよ、着色がうまくいった物を中心にしなさい」
蜘蛛人の作業場。そこでは珍しくランの怒号が飛んでいた。
基本ランはこの作業場に来ても指示を出すことはしない。自分の仕事は魔王の補佐が出来るようになることと決め、作業は他の女郎蜘蛛に任せている。
しかし今はその女郎蜘蛛さえ走らせて指示を出す。
魔王帰還の情報を得てすぐにランは作業場に走り、魔王の課題により作られたふんどし、網を選んだ。
名が貰える、という報酬があるがそれよりも張り切る理由がランにはあった。
他の種族が未だに魔王の課題を終えていないということだ。
クロスボウ、バリスタ。連弩など兵器の作成を課されたヒデら小悪鬼。
常に魔王の要望に応え様々な物を作り続けたヒデ。ランが最もライバル視していた種族だったが先日の柵設置の失敗、またどの兵器も完成の見込みがないらしく魔王に出来ることなど皆無に等しい。
今回魔王帰還の情報を回したシバの群犬。
周囲の警戒網を築きつつ狩りをしたり東へ探索を広めたりと、忙しい種族。魔王の為大変な努力をしていることはランも認めるが、残念なことに結果を出せていない。なにやらオワ大森林東部の探索で何かあったようだが、課題の石切り場ではないのはすでに知っているのであまり気にしていない。
ダンジョン内で耕作を続けるカイが率いる豚人。
実はランは豚人が最も魔王への貢献が低いと考えていた。作物を作っているようだが実るまでには時間が掛かる。カイは魔王の命により好物であるワリの実の栽培に手を付けていたようだが悉く失敗と聞いている。最近はダンジョン外で何かしているようだが良く知らない。後作物に花が咲いたと言う話をあったが、花は染料に使うものと考え、ランはここも自分たちを追い詰める力はないと判断する。
アリスの下で訓練を続けるリンと蜥蜴人
前に視察がてら訓練の様子を見に行ったことがあるランだが、そこには地獄があった。倒れるまで訓練を続け、倒れたら水の中に放り込まれるのだ。前に騎士団を相手にするためアリスに簡単に弓を習ったことがあるランだったが、あれがいかに簡単なものなのかその時に理解した。しかしそこまで努力したリンでさえ、魔王との模擬戦では手も足を出なかったと聞いていた。その差を十数日で埋められたとは考えにくい。だから心配はしていない。
そして現在最大のライバルであるヴィ、そしてセキによる粘液生物
悔しいことに最も魔王に貢献しているヴィ。基本ダンジョン内を自由に動き回り汚物の処理などをしている。前まではあまり気にも留めていなかったがランだが、前回の一件で警戒対象に認定した。汚物の処理がどれほどの貢献なのか、気になり前に聞いたことがあるランだが、臭気など最初こそ理解できていたが、話が進むにつれ疫病防止などになり根を上げた。つまり魔王の深遠な知識により粘液生物の貢献は認められたのだ。ここ十数日行動に変わりはないが魔王から見れば違うのかもしれない。唯一の救いはヴィと粘液生物には課題が出ていないと言うこと。
最大の敵は課題の報告に出て来ず蜘蛛人優位は決まったようなもの、ランはそう考え一気に他の種族と差をつけようと目論んでいた。
実は名をなどランにとってどうでも良かった。すでに得ているのだ。
他の種族の中で蜘蛛人が評価を得る。その評価は族長でもあるランにも影響する。そうなればランの夢である魔王の隣も近づくことになる。
そこには絶対に負けられない決意があった。
準備を終え、ランは魔王を出迎えるため部下を数名引き連れて入口の扉へと向かう。
着くとそこにはすでに他の族長が集まっているが、魔王の姿は見えない。間に合ったことに安堵しつつ、また確かな勝利を確信して微かに笑みを浮かべる。
理由は柵の中、扉のすぐ近くで待機している族長たちではなく、柵の外で待機しているそれぞれの族長の部下たちを見て。
ほそらく伝令役、何か命じられた際にすぐに行動、情報を伝達するために待機させているのだろう。そのため全員が手ぶらだ。
当然魔王の出迎えをする族長らが手に何かを持つわけもなく、この場では女郎蜘蛛を除き全員手が空いている状態だ。
つまり、この場で課題を終えたのはラン達蜘蛛人のみということ。
この場で唯一と言う状況が蜘蛛人という種族を、ランと言う個人の評価を引き上げてくれる。
あふれ出そうになる笑い声を笑みだけに抑え、ランは部下を柵の外に待機させ扉の前まで向かう。
「すみません皆さん。準備に手惑い遅れてしまったようで」
「……まだ魔王様は戻られていない。遅れてはいないだろう」
ヒデがこちらに気づくと同時に柵の外で待機している女郎蜘蛛に気づき微かに顔を歪めるが、すぐに平静を装い言葉を返す。
他の族長もほぼ同じ、外にいる女郎蜘蛛に気づいて己の力のなさを恥じるように俯きすぐに元に戻る。
唯一変わらないのはヴィ。そもそも気づいているのか、表情の変化があったのかさえ分からない。非常に厄介なライバル。
それから族長同士少し言葉を交え、細々とした報告がそれぞれあることを確認していると。
扉から誰かが入ってきた。すぐに魔王と思いランは頭を下げようとしたが。
「マオウサマ、モウスグオカエリデス」
入ってきたのは群犬だった。魔王様の帰還を教えた者とは別のようだ。
視線だけでシバに説明を求める。
「うむ。前に魔王様が戻られたときのことは覚えているか? あの時は結局潜んでいた門番が出迎えると言う体たらくをお見せしてしまった。だから新しく魔王様がオワの大森林より出た場合、オワの大森林に入った時、ダンジョンに近づいた時と二つの連絡が来るようにした」
今回は何らかの理由で最初の報告とほぼ同じくらいの速度で返って来たらしい、と付け加えてシバは笑った。
そう言われてその場にいた全員が納得した。前回に族長が誰も出迎えられなかったのは失態と言っても良い、なのに手を打ったのがシバだけと言うことに自分の浅はかさを恥、シバに敬意を示す。
話が終われば行動は単純。すぐ近くまで来たと言うのなら入ってくるまで頭を下げて待つだけ。
それから数十秒後。
誰かが扉から入ってくる。それと同時に満ちる敬愛するお方の気配。
「おかえりなさいませ、魔王様」
族長全員で出迎えられるとは思っていなかったのか、魔王とアリスは驚いた様子を見せたが群犬の警戒網を利用したものだと知るとすぐに納得する。どうやら群犬の気配には気づいていたらしい。
また警戒網の利用を考えたシバは魔王に褒められた。
その後、魔王も街での目的を果たし半月ほどダンジョンを離れないこと、また早く帰れた理由などを教えた。
ランら配下にとって愛する主がしばらくいると言うのは最高の朗報だった。今の作業に腕を振るい見てもらえる機会だ。それに必要なこととはいえ魔王自ら動かなければならないと言う状況、自らの不甲斐なさを噛みしめる日々を過ごさなくて良いのだ。
だが朗報に喜ぶよりも出てきた感情は心配だった。
「となると徹夜でオワの大森林を? 魔王様、すぐにお休みになられますか?」
本当なら課題を見てもらいたい、だが優先すべきは自分ではなく魔王。
ランは他の族長に目配せをして、全員が頷く。異議を唱える者はいない。
「そうだな、少し休みたい。少し眠い」
後ろにいるアリスはまるで何事もなかったようにぴんぴんしているが、魔王は眠そうな顔をしているような気がしなくもない。
報告は明日以降に回し、この後で族長同士で報告する順番の話し合いを開こうかとランが考えていると。
「む、そこの女郎蜘蛛。何を持っている」
魔王が何かを見つけたようで柵の外で待機していた女郎蜘蛛を呼ぶ。
その女郎蜘蛛が持っているのは、魔王の課題でありランが持ってこさせたふんどしと網だ。
「魔王様、こちらは試作品として作ったふんどしと網ですが。まずはお休みになられてください、見ていただくのはその後で良いので」
「いやいや、せっかく持ってきてくれたんだ。それに作るように言ったのは俺だ。見るくらいしてやらないと」
そう言って魔王は女郎蜘蛛からふんどしと網を受け取る。
ジッとふんどしと網を調べる魔王。自信のあるものを持ってきたランだが、それでも緊張してしまう。どこか不備があるんじゃないかと不安が湧き出る。
それからしばらくして。
「ふんどしについては問題ないな。これをヒデ、シバ、リン、カイに配るから相応数用意してくれ。それと網だが網の目はすべてこの大きさか?」
網の目とは何なのか、聞こうとしたがすぐに魔王が網の穴を指しているのだと理解した。
「はい、多少誤差はありますがその大きさで統一しております。大きすぎたでしょうか」
「いや、基準としてはこれで十分だが。更に網の目が大きい物と細かい物、三つ用意してくれ」
今のを普通とし更に穴の大きいのと細かいのを。了解の返事をしまた女郎蜘蛛を先に帰らせ全員にその言葉を伝えさせておく。
魔王は他に課題を持っている者がいないか柵の外で待機している者を見て、誰もいないと知ると族長の方を向き。
「部屋に戻るが何もないな?」
当然誰も魔王を引き止めることもなく魔王は玉座の間へと戻りその場は解散となる。
アリスに訓練の為連行されたリン以外は一度集落に戻る。
課題を終えていない者は少しでも良い報告が出来るように、ランは魔王の更なる要求にこたえるために。
全員の心は一つ。
全ては魔王のために。




