第四十八話
「それでは行ってくる。今回はお前たちしかいない。警戒を厳重にな」
「リン、この中ではお前が一番強い。いざという時は先頭に立ちなさい」
早朝、帝国へ向かう俺とアリスを見送るために配下全員が扉の前に集まっていた。
別に皆集まらなくて良いんだよ? 似たようなことをヴォルトを追い出した時にしているし、何カ月も開けるわけじゃない。
俺のいない間はランが代わりになっている。問題が大事でない限りは幹部たちと話し合い解決するよう言ってある。
隣ではアリスがリンに何か話している。アリスがいないダンジョンでは主力は蜥蜴人、最高戦力がリンとなる。
はっきり言って不安だ。ランの能力に疑問があるわけでも、リンら蜥蜴人の戦闘能力に不満があるわけではない。
最近九九を終え割り算に入ったばかりのランだが、意見をまとめたりする能力は確かなものだと思う。でなければ幹部代表のような顔は出来まい。
先日うっかり圧勝してしまったリンだが、アリス曰く実力で言えばライルと互角。ライルはふざけてこそいる物のレベルは九十。百の壁にぶち当たっているらしいが、冒険者で言えば一流に足を突っ込んでいる。しかも元ではあるが騎士でもあった。決して弱くはないのだ。
それでもアリスと同格の冒険者が来ればひとたまりもないだろう。そうはいないらしいが、安心はできない。
出来るだけ早めに戻ろう。
「いってらっしゃいませ」
「魔王様、アリス先生。お気を付けて」
配下に見送られて俺とアリスは扉をくぐった。
オワの大森林。俺が生まれ、ダンジョンがある場所だが俺にここについて異様にでかく、様々な果実があることしか知らない。
それにこの森を歩く自体、数えられる程度だろう。オルギアとヴォルトを除けばあったかどうかすら怪しい。ほとんど部下任せだ。
そしてこれは王国側に向かった時も思ったことだが、帝国に向かうのも同じらしい。
景色が木か草でほとんど変わらん。一人で入れば苦痛以外何物でもない。
例えアリスだとしても話せる相手がいるのは助かる。
「とりあえず北に行けば帝国領なんだろうが、どれほどかかる?」
「さあ? ああ、でも魔王の居場所についてハウスター騎士団の奴らに説明されたときはオワの大森林東寄りの中の方と言われたから、王国領に着いたときと同じくらいじゃないか?」
随分と曖昧な言い方だが地図がないのだから仕方がない。アリスが頭を使って応えただけでも僥倖と思おう。
そう言えばオルギアさんに殺された冒険者の持ち物に地図があったな。あれなら少しは当てになるか。
今回は前回の失敗を活かし準備万端で来ている。オワの実は勿論、必要になりそうなものは一通り詰め込んできた。特に買って帰る予定の物もないので余裕もあまりない。
地図を取り出して広げてみるが詳細に書かれているのは偵察のルートと王国領の情報ばかり。帝国についてはほとんど載っていない。王国側の冒険者だからだろう。
この地図の縮尺が正確とは思えない、となると誤差一日位は考えるべきか。
となると帝国領に着くのは二日から四日。そうなると帝国の冒険者がオワの大森林入口辺りにいる可能性も………ん?
「アリス、お前は王国の依頼で俺を倒しに来たんだよな?」
「正確には辺境伯からだが、それがどうした? 斬って良いのか?」
物騒に腰の剣に手を当てたのですぐさま『守りの戦闘態勢』に移る。するとアリスは舌打ちだけして剣から手を放した。
ヴォルトと違い今の腕では無駄だと分かっているのだろう。でも変身するだけでも魔力を使うのだから止めて欲しい。
「帝国は俺を討伐に来ないのか? 王国が来るなら国家群、帝国も人を割きそうだが」
国家群は今まさに人を割こうとしているので全力で止めるつもりだが。
「多分割けないんじゃないか? 帝国はすでに一体の魔王と長年にらみ合っているし」
え? 魔王? そうか、俺以外にも魔王はいるんだったな。ヴォルトも俺とかじゃなくてそういう奴らを斬りに行けば良いんだ。
「何だその魔王は。国相手ににらみ合うとは強いのか?」
「確か首領悪鬼だったか。それなりに多くの魔族を従えているらしいが、正面から戦えば帝国が圧勝するだろう。時折やってきて被害を残した後帝国軍が来る前に逃げるそうだ」
……話に聞く限りじゃそこまで強そうじゃないな。多くの魔族を従えているのは憧れるけど。優秀な魔族もいるんだろうな。
「帝国軍は何故討伐しない? 邪魔だろうその首領悪鬼」
「そうだろうが、知っているか? オワの大森林西の方に山脈があるんだ。そこを根城にしている所為で難しいらしい」
なるほど、自然の要塞か。それにダンジョンに加え、様々な魔族。
王国の騎士を見る限り平地なら脅威だろうが、足場が悪い場所なら工夫すれば撃退程度は訳ないだろう。
「羨ましい立地にいる魔王だな。そして帝国は魔王相手に二正面はしたくないと。他の魔王とか知っているか?」
「帝国のはその魔王一体だけ。国家群には二体魔王がいる。同時期に現れたから双子の魔王と呼ばれいるな。王国にも魔王が二体いるらしいがどこにいるかは不明。被害も出ていないし、存在が疑われいるレベルだ」
そこに俺を含めて計六体。多いのか少ないのか分からんな。
「そんだけいればヴォルトが嬉々として斬りに行きそうだが」
「師匠曰く「一刀のもとに切り捨てられる雑魚ばかり」だそうだぞ? だから斬れないお前にすごく喜んでいただろう」
あいつが喜んでも俺は怖いだけだよ。それに魔王すら一刀で切り捨てられるってどんな化物だあいつ。
「ふーむ、まだまだ分からんことが多いな。それで一番近い町はどこだ?」
「知らないが?」
え?
アリスは何を言っているんだ、とでも言いたげに首を傾げていた。
「な、何で知らないの?」
「私は王国生まれだぞ? 帝国にも国家郡にも行ったことはない」
知らなくて当然だろう、と俺を見て明らかに見下した目で溜め息を吐く。
お前の生まれなんて知るか、と叫んで、連れてきた意味ないじゃん、と怒鳴りたかったが余計にかわいそうな目で見られそうなので止めておく。
道中で魔族、もしくは人族と会えれば教えて貰えるか前向きに考え、北に進んだが。
出会えたのは魔物ばかり。アリスが刀を抜くのも面倒と『手刀』ばったばったと切り殺し、三日後には森を抜け。
それから二日間、魔物がアリスに殺されていく様を見ながら彷徨い続けついに大きな町を発見した。
実は森から街に向かって歩けば三時間ほどで着くと知った時は、空洞の目から涙が出るかと思った。
出るかどうかは知らないが。




