第四十二話
早朝、俺たちはブラントを出た。
さっさと国家群の対処をするため戻りたかったが、二人一緒に入って片方が先に出て行き、それもオワの大森林に入って出てこない、となると色々と面倒が起りそうなのである程度はヴォルトと共に歩く。
ブラントが完全に見えなくなったらすぐに戻ろう。
「それで、お前はこれからどうするつもりじゃ? 迎え撃つ準備か?」
「無理に決まってんだろ。なんとか動けなくさせるつもりだ。そういうお前はこれからどうするんだ? 王都に戻るのか」
「いやその前にハウスター辺境伯のいる街に向かおうかと思っておる。そこはここと違って栄えている、はずじゃし。そこで少し噂を広めてから王都に向かう」
噂、というのは俺が頼んだことだろう。確かに大々的に言い回ることでもないのでそれくらいは丁度いいだろう。
しかしよくよく考えたらヴォルトが噂を流すなんてことができるだろうか。はっきり言って不安だ。しかし頼れるのがヴォルトしかいない。
「……ん、そろそろ良いか。それじゃヴォルト頼んだぞ」
「おう、もし死にそうになったら儂の下まで来るんじゃぞ。儂が斬ってやる」
誰が行くか馬鹿が。
ブラントが見えなくなった頃、俺は斬りたがりの爺から逃げるようにオワの大森林に戻った。
オワの大森林に入ってしばらくして俺は元の姿に戻る。もうダンジョンに戻るだけなので一目を気にしなくていい。魔力の消費も勿体ない。
更に魔法の袋から子供が入りそうな大きめの布袋を取り出す。この辺りのオワの実などを回収するためだ。
行きは魔法の袋に頼ったが、今は魔法の袋が満杯で布袋分のスペースしか開いて居ない。果実なんて二つ三つで限界だ。
そんなわけで帰りながら布袋の中に果実を放り込んでいく。
勿論食べるわけではない。もう寄生されるのはこりごりだ。別の使い道があるだけだ。
「魔王様、お帰りでしたか」
帰りながら適当に採取していると見回りの軍犬に遭遇した。
「見回りご苦労。シバはいるか?」
「申し訳ありません。本日の族長の担当はダンジョン内でして」
そうか、いないのか。いたら群犬用に買ってきた道具を渡そうと思ったんだが。……いや、個々に渡すより幹部を集めてまとめて渡した方が不平不満は出ないか?
ならすぐに帰るべきか、と考えたがまだ果実があまり集めていない。そして目の前には身軽な部下が。
「いや、いないなら良い。それより今手が開いて居る者はいるか? この辺りの果実の採取を手伝ってほしいのだが」
「それでしたら辺りにいる仲間を集めて手伝わせます。しかし宜しいのでしょうか? この辺りの果実は腹を下すことで有名ですが」
そうか、知ってはいるが寄生虫の仕業だとは知らないのか。まあ確認のしようがないからな。
「問題ない。むしろそれが目的だ。目安はこの布袋いっぱいに集めれば恐らく大丈夫だとは思うのだが」
これくらいの大きさだ、という意味で布袋を渡すと、受け取った軍犬は中身を見て頷き。
「かしこまりました。それでは集めてダンジョンに届けておきます」
そう言って布袋を持って行ってしまった。
え? と思った時にはすでに遅い。軍犬はすでに森のどこかへ走り去った後。
俺の考えでは、俺が布袋を持って採取し、他の所で採取していた群犬が集めた分を俺の持つ布袋に入れ、布袋がいっぱいになったら周囲を警護してもらいながらダンジョンに帰る予定だったのだが。
現実は俺一人。持ち物は満杯の魔法の袋だけ。
仕方なく俺は一人とぼとぼとダンジョンに帰った。
行きは三日かかったが帰りは二日で戻ってこれた。何故か、一つは果実を一切集めずにまっすぐ帰ったからだろう、もう一つは夜の間も歩き続けたからだ。
果実については軍犬に頼み魔法の袋には入らないので見つけても見逃し、夜間に歩き続けたのは簡単な理由だ。
俺にサバイバル能力がないからだ。
行きの時はヴォルトがパパッと用意してくれた。寝床もまるで最初から知っているかのように雨風凌げる場所を見つけた。
対して俺は、火は点けられない、寝床は見つけられない、周囲に対しての警戒も難しい。魔法の袋に入っている道具を使えばある程度は出来ただろうが、出来れば新品を渡してやりたい。それに素人がやっても中途半端になるだろう。
だから歩いた。夜間だろうとなんだろうと。
特に問題はなかった。強い奴は俺が魔王を分かり襲って来ず、実力を測れず襲ってくるような雑魚は『重力』で簡単に潰せた。
強いて言うならあまり休めず疲労が溜まったことくらい。渡す物渡したら一度風呂に入ろう。
丘を登り、ダンジョンの扉を開けると。
目の前に木で出来た柵があった。
別に柵があったことは問題ではない。柵は俺がヒデにいない間に作るように命じたからだ。
作りも問題ない。木々を止めるのに蜘蛛人の糸を使っているから頑丈だろう。
問題は、配置場所だ。
柵があるのは入ってすぐだ。二歩も歩けば柵にぶつかるほど近い。更に扉をぐるっと囲む様にあるがどこにも出入り口がない。
明らかな欠陥だ。
「誰かいるか」
その一言で前の茂みから群犬が、わずかに遅れて蜥蜴隊長が姿を見せた。
「おかえりなさいませ魔王様。魔王様が軍犬に命じた果実集め、終えております。ラン様が玉座の間に運びました」
「分かった。後で確認しよう。それよりヒデはいるか? いるならすぐに呼んできてほしい」
目の前に柵があるせいでなんだか動物園の檻にいるような感覚だ。この場合動物側にいることになるのか。
そばにいた群犬が頭を下げるとすぐに集落の方へ走って行った。
残ったのは蜥蜴隊長一人。
「私がいない間に何か変わったことはあったか?」
「我々はいつも通りアリス先生の下で訓練をしておりました。変わったことは例の人間が小悪鬼や蜘蛛人の所に通うようになりました。後カイ様が何やら困っている様子でした。どちらも見た程度で詳細は分かりません」
ふむ、人間というのはライルのことか? あいつ小悪鬼や蜘蛛人の所に行って何をやっているんだ? ……そうか、暇なのか。軟禁状態だからな。何か仕事でもやらせるか。
だがカイが困る理由が分からん。まだ開墾していない土地はあるし、農具も粗悪な小悪鬼製だが補給されているはず。
後で聞こうと結論を出すと同時に誰かがこちらに走ってきた。いや、誰かは分かっている。
ヒデだ。
「お帰りでしたか魔王様、お出迎え出来ず申し訳ありません。それと私をお呼びとのことですが」
「出迎えについては気にしていない。では呼び出した理由だが分かるか?」
「……魔王様が作るように命じられた柵についてでしょうか? どこかに不備でも?」
不備、と言えば不備かもしれないが若干違う気がする。
「分からぬか?」
「申し訳ありません。魔王様に言われた通り作ったつもりでした。耐久性の確認も致しましたが」
「違う、形や強度についてとやかく言っているのではない。ヒデ、お前はこれを設置して何か思ったことはないか」
「……外への出入りが面倒になりました」
「そうだな、この配置では面倒だろうな。それに猪人や蜘蛛人は出来りが出来ないのではないか?」
「確かにカイから出入りが出来ないと苦情がきております」
苦情がきているなら少しは対応しようよ。
「ヒデよ、私が何故これを作り設置するように言ったか。考えたか?」
「……申し訳ありません」
その言葉を聞いて大きくため息を吐く。勿論、ヒデにではなく俺自身に対して。
失敗した。今まで言われた通りにさせ過ぎた所為で考えることを忘れてしまっている。そういえば考えさせるなんてランにしかさせてない。
これまではずっと俺がダンジョンにいたから別に良かったがこれからは難しい。情報収集もしなければならないし、まだ外に出る理由がある。その度にこのような失敗をされ続けては面倒だし、時間のロスだ。
俺の代わりに全体を見てくれる奴がいてくれればいいがそれもまだ無理だ。可能性のあるランは未だに勉強中であり、アリスの頭に期待するなんて阿呆のすることだ。
つまりこれからは一人一人が考えて行動してもらわないと困る。
「良いか、この柵は未だに採石場になりそうな場所が見つからず石壁が出来ないために応急処置として作らせたものだ。つまりこれは壁の代わりなのだ。壁とは敵の侵入を防ぐもの、だが仲間の行動を阻害しては意味がない。更に壁と扉の間が近すぎて敵が多く入って来れないだろう。そうすると外で待ち伏せしてくるかもしれない。そうなれば被害は増大する。よいか、騎士団を殲滅したときのように敵は誘い込んで叩くのだ。だからもっと柵は扉から離せ。それと出入りが楽になるように柵で完全に囲むのではなく一部を空けるか、開閉の出来る柵にしなさい」
頭を下げ怒られる子供のように震えるヒデに俺は教えていく。
言葉を重ねれば重ねるほど、ヒデは落ち込んでいくが仕方がない。今は我慢してもらわないと。
「だからな、これからは俺にどんな考えがあるのか。どうすれば効率が良いのか、自分で考えながら作業をしてくれ。無論これはお前だけではなく配下全員に言えることなんだが」
「かしこまりました。これからは魔王様の指示の真意を何とか読み取り、お考え通り作業が出来るように努力していきます」
先ほどまで落ち込んでいた姿はどこへやら、ヒデはやる気に満ちた目で頭を上げる。
「うむ、期待している。これを全員に言っておいてくれるか。考えて行動するように。それと族長全員とアリスとライルを玉座の間に呼んでおいてくれ。渡す物がある。ヒデに渡す物もその時に渡す」
幸い今日は誰も外に出ていなかったらしく、すぐに話は広まるそうだ。
待っていると言い残して俺は玉座の間に移動する。
玉座の間に入るとすぐに目に入ったのが玉座の横にある大きな布袋。おそらくあの中に寄生虫入り果実があるのだろう。後で確認しよう。
それよりも先にしないといけないことがある。
各幹部に渡すための道具を出して準備をしておく。
そのため魔法の袋を逆さにして中身をすべて出すと、人並みサイズの山が出来た。
山を見て俺は嫌なことに気づいてしまった。
「やべえ、整理しないと」
山の中身は見事にぐちゃぐちゃだった。