第四十話
「ほれ、買ってきてやったぞ!」
余計なことをさせやがって、立てつけの悪かった扉を八つ当たり気味に蹴り開ける。すると何故か椅子が飛んで行った。
部屋に入ると、そこには先程すれ違った行商がいた。握手を求められ、泣きながら喜んでいたから良く覚えている。
「何者か、答えよ。さもなくば斬るぞ」
腰の剣に手を掛け殺気を飛ばす。すれ違った行商人とは気配が似ているが何かが混じっている気がする。
殺気を飛ばしても何の反応もなし。勘だがかなり強いと見える。
まさかノブナガに続いて更に強者に会えるとは。
瞬時に火が付く闘争心、しかしアッと言う前に消えてしまう。
「何だ、ヴォルトか」
声はあの行商そのものだが、儂を見て興味を無くしたように視線を元に戻せる奴と言えば一人しかいない。
「何じゃ魔王か、期待して損したわい。それと入ってきたのが儂じゃったから良かったが、ここの者じゃったら若干面倒になるから気を付けい」
「ああ、そうだな」
何とも気の抜けた返事をして魔王は元のハニワの姿に戻り腕を組む。
何か悩んでいるのか、難しい顔をしているのか? ハニワだからまるで表情が読めない。
「もしや腹の痛みで頭がやられ……」
「人斬りしか頭にない奴に頭の心配されてたまるか」
なんじゃ、残念じゃのう。苦しむくらいならいっそ楽にと思ったんじゃが。
「…………そうだ、ヴォルトって有名だったよな。それなりに名が通っているよな」
「それはそうじゃが、何じゃ藪から棒に」
確かに『剣聖』の名を使えば宿程度は無料じゃし、鍛冶師に頼めば他の依頼を後回しにしてでも優先してくれるじゃろう。
「どうも国家群が軍を動かそうとしているかもしれん。それも都市国家一つ、二つじゃない。連合だ」
「ふむ、連合か。小さくても五千、大きければ万を超える軍が出来るのう」
「そんなにか。その軍が向かう先だがオワの大森林に向かう可能性がある」
国家群の中でも西寄り、オワの大森林に接している国ならば魔王誕生により大森林に入れず不利益を被っている、故に魔王を討伐したいと言うのは分かる。しかしそれで連合まで話が膨れるじゃろうか。
「可能性、ということじゃが他にもあると?」
「これは行商人の知識から考えた推測だが、六で王国、三でオワの大森林、一で国家群の魔王だな」
北の帝国は含まぬと。
「理由は?」
「本命の王国だがこれは簡単だ。国境を守るハウスター辺境伯の軍の弱体化。精鋭騎士団殲滅となれば絶好の機会。逃す理由はない。
対抗のオワの大森林だが、これはいくつかからの都市国家の要請を受けと言った所。もしくは国家群は強いという示威行為かもしれん。内側の魔王も狩れぬ愚国と思われないための。
さて、大穴だがこれは魔王の居場所を突き止めたのかもしれない。だから万全を期すために軍を集めようとしていると言ったところだな」
なるほど、 割合については疑問が残るが理由は分かる。
「それで、儂のどうして欲しいと?」
「俺を討伐したことにしてくれ。そうすればオワの大森林に進軍する理由はなくなる。王国と戦争しようが、他の魔王を討伐しようが俺には関係がない」
王国出身の儂によくもまあそんなことを言ってくれる。ま、儂自身王国がどこと戦争しようとどうでも良いと思っておるが。しかし。
「それは無理じゃな」
この魔王知識はあるようだが常識がない。まあオワの大森林から出たことが無ければ仕方ないが。
「主神教がおる。お前は知らんだろうが主神教の神官はお告げで魔王誕生を察知しておる。それと同じように魔王が討伐されたら分かるらしい。魔王誕生も討伐も外れたと言う話は聞かん」
おかげで儂が斬りたいと思う相手も現れんかった。儂の相手を減らした上にことある事に金銭を要求してくるのだから、何度斬ろうかと思ったことか。脂まみれになりそうじゃからせんかったが。
「なら国の上層部に話を通せないか? 俺に敵対意思がないと言うことを」
「残念ながら無理じゃな。まず儂はそんな腐ったような奴らと話をしたくない。伝手もないしの。更に主神教から確実に邪魔が入る。奴らのやることは金を巻き上げるか、魔王について報告することだけじゃ。その魔王が敵対意思なし、無害の存在となれば金を巻き上げる理由がなくなる」
想像するだけで嫌気が差す。力のない者が見えない力を求めて醜く争う姿。本当に斬り捨てたくなる。
儂の言葉を聞いて魔王は唸り腕を組んで考え出した……多分。ハニワだからボーっと上を向いているだけに見える。
「では魔王と激戦の末追い詰めたが逃げられた。しかし『剣聖』は魔王の討伐を諦めておらず、一度王都に戻るが再討伐の為準備を進めている。というのは」
「ふむ、なるほど」
有効やもしれんのう。軍を集めるのも、動かすのもタダではない。集めれば他の所の兵が減り、動かすために大量の食糧が必要になる。
更に軍がいないとなれば、国家群に潜む二匹の魔王が動き出した際の対処が難しくなる。
そこに魔王に深手を負わせた『剣聖』がもう一度討伐に向かうと聞けば、遠征を先延ばしにするだろう。討伐に成功すれば問題は解決、失敗しても手負いの魔王を軍で襲撃するだけ。損をする理由がない。
それに王国や国家群の魔王に対して軍を起こしたのであれば問題はない。そのまま戦争になるだけだ。儂にはどうでも良いし魔王も同じだろう。儂は準備を整えて本当に来ればいいだけじゃし。
となれば。
「良いじゃろう。ただし、条件がある」
「条件? 儂に斬られろとか? 嫌だぞそんなの」
儂から距離を取るように下がりだす魔王。全く、そんな条件を出さずとも勝手に斬るから関係ないわい。
「簡単なことじゃよ。今度来るときに弟子を連れてきても良いか? アリス程強くもなく才能もないが、それなりに腕がある、と思う。魔族がどんな戦闘をするのか見せてやりたい」
そしてジゲン流を見せてやってほしい。儂も真似事程度は出来るがあまり得意ではない。ジゲン流とは残念ながら波長が合わぬ。しかし弟子の中には儂の流派よりもジゲン流の方が合う奴がおるはず。
そしてジゲン流の剣士として強者となれば、アリスとはまた違った斬り合いが出来るはず。
まだ見ぬ未来に心が躍る。早くその時が来ないかと切望してしまう。
「まあ、それくらいなら良いだろう。ああ、でも俺もひとこと言わせてほしいことがある」
何じゃ、ジゲン流は教えないか? それとも場所をばらさない等……。
「そろそろトイレに行きたい。話はここまでで良いか」
「あ……、ああ。分かった。良い時間じゃしついでに夕飯でも食うか」
俺が食えるように見えるか、とばかりの視線が飛んできたが無視する。
そんなもん知るか。