第三十五話 なまごはん
いや蜘蛛人の糸って本当に丈夫だね。
足首を縛らせ逆さまに吊らされているアリスを見てつくづく思った。
「つまりあれか? アリス、お前はこの魔王の言葉を間違って解釈して、儂をこんな遠いところまで呼んだんじゃな?」
「はい、そうです」
「つまりあれか? アリス、お前は俺の言葉を変に解釈して、斬ることしか考えていない危ない爺を差し向けたんだな?」
「はい、そうです」
ペシッと叩いてアリスをくるくる回す。おお、この糸は捻じれにも強いのか。
「おい爺。お前の弟子だろう? ちゃんと教育しろよ」
「お前の配下じゃろう。あまりアホな行動はさせないでほしい者じゃな」
責任の押し付け合い。それによって生じる苛立ちはアリスの回転速度を上げることにより解消させる。
「う、うええぇぇ……。気持ち悪……」
「吐きたければ吐いても良いぞ? その為にヴィを呼んだのだから」
もしものためにアリスの下にヴィと愉快な仲間たちが「ごはーん」と嬉しそうに待機している。事後処理はちゃんと考えてある。
人として、もしくは女性としての尊厳か、口を押えて我慢しようとしている。愚かな、吐けば楽になるのに。
「全くバカ弟子は。しかし魔王、本当に周辺国を侵略する気などは無いのか?」
「当たり前だろう、何でそんな危ないことをしないといけないんだよ。俺は安全に生きられればそれで良いの」
そもそも周辺国とか知らない。知らない所を侵略する意味が分からない。
そう言うと何故かヴォルトは困った表情を浮かべる。何故?
「う~ん、そうなると厄介じゃのう」
「何? 何が厄介なんだ?」
周囲を攻めないで厄介になるのか? もしかして攻めてこない魔王として舐められて、何度も攻めてくるとか? それは確かに厄介……。
「お前を斬る理由がなくなってしまう」
……何平然と危ないことを言っているんだこの爺。
「なくなって万々歳だよ。誰が好き好んで斬られるか」
「気にせんでも良いじゃろ。どうせ治るんじゃし」
俺を蜥蜴か何かかと勘違いしてないか。腕を斬られて、脇腹斬られて喜ぶ奴がいるか!
「のう、なんか悪いことをしてくれんか? そうしないとお前を斬れんのじゃ」
「なにちょっとした頼みごと感覚で言ってんだ。しかも頼みを聞いた結果俺が斬られてるじゃねえか。ふざけたことを言うのもいい加減にしろ」
軽く『重力』三倍を使ってみるがあっさりと回避される。何で避けられるんだこの爺。
更に爺が挑発してくるがそれには乗らない。恐らく乗ってきて争い始めたところを正当防衛で斬りかかるつもりだ。
「ちっ」
舌打ちしたぞ、この爺。
「うえ……、あの、そろそろ降ろしてくれませんか」
宙吊り回転と言う稀有な体験をしていたアリスが蒼白の顔色で言ってきた。
貴重な体験なのにもう良いの? 仕方ない。
ヴォルトの姿を借りて、スッと糸を斬る。防刃耐性なのにあっさり斬る辺りヴォルトの腕は本当に恐ろしい。
「うぅ、わわ」
糸が斬られ支えを失ったアリスはそのまま粘液生物の中に落ちて行き。
「ヴィ、アリスを大浴場で洗ってきてあげなさい。お前のやり方で良い」
「へ!?」
わっしょい、わっしょいと運ばれるアリス。ヴィとその仲間は「なまごはーん!」と嬉しそうにしていたが何だ生って?
それからしばらくして大浴場から。
「ひゃああああああああああああ!」
甲高い悲鳴が聞こえてきた。
きっと肌が綺麗になって帰ってくるだろう。
「失礼します、あの魔王様」
ランが何かを引きずりながら入ってきた。簀巻きどころではない。もはや繭だ。
緊急の用事ならシバが前もって来るはずだから、おそらく緊急でも重要なことでもないのだろう。
「どうしたラン?」
「はい、ダンジョン入口近くに倒れていた人族が目を覚ましたので連れてきました」
…………え? 誰?




