第三十四話 一時休戦
提案は承諾された。当然だ、同じ答えなのだから。
儂は剣をしまい、魔王も構えを解いて腕をくっつけた。
とはいえ、本当に休戦したわけではない。あくまで口約束。表向きは休んでも本当に休もうものなら首を掻っ斬るし、斬られる。
それが分かっている魔王は横にある扉に歩いていく。かなり警戒しているのか歩く速度が非常に遅い。もしや誘っているのか? 確かに隙だらけに見えるが斬りこんだら間違いなく剣が折れる。
儂は剣を点検する振りをしてヒビの確認、そして鞘に納めると同時にナイフを二本ほど忍ばせておく。これで剣を収めていることをこれ見よがしに見せ、油断したら首を狩るつもりだが、こんな初歩的な物には引っかからんだろう。
無論他にも策を用意しなければならない。くっく、幾年ぶりだろう。剣が通じず知恵を振り絞る戦いをするのは。
老い先短い今になって最大の難敵とは、儂は自然と笑っていた。
キッチンに逃げ込み、俺は大きく安堵の息を漏らす。
危なかった、あのまま睨み合っていたら魔力切れで殺されていたかもしれん。
『守りの戦闘態勢』から初期の姿に戻り鉛のように重い脚で移動する。
一時休戦、こちらから、そして向こうから提案されたことだが、俺は信じていない。
俺は果実を食い少しでも魔力を回復させたかったから言ったが、ヴォルトが言う理由が分からない。実は戦闘が十五分しか出来ない、とかそんな制限があるようには見えない。
なら何故、おそらく何らかの準備じゃないかと考えている。一撃が思ったより入らなかったことから、気を練る、精神を集中させる、など達人的な要素で威力を上げるつもりだろう。他には油断した所に斬りかかってくるとか。こちらもあり得そうだし警戒した。
おかげで俺はここまで移動に向かない『守りの戦闘態勢』で来た。足が重いのもその所為だ。
俺は入ってこられないよう手短なもので軽く扉を塞いで、俺は冷蔵庫を開ける。狙いは当然魔力を回復させる果実だ。
早速一口、シャリっと良い音が口に響き冷たい果汁が喉を潤す。
いや~良いね。本の収納を使えばいつでも取り出せるようになるが冷たくはならない。冷蔵するなら冷蔵庫に入れるしかない、それにこの果実は冷蔵の方が美味い。
このまま食べて魔力を回復するのも良いが、これではすぐに腹が膨れしまい、魔力回復もすぐに限界を迎えてしまう。
しかし、俺はすでに問題点を克服している。
用意するのは、ミキサー!
茎の部分は取って、投入。そして、スイッチON!
この数週間で学んだ一つにこの果実についてがある。どうやらこの果実は生で食うよりミキサーに入れてジュースにした方が魔力の回復量が多いらしい。
更にジュースにより腹が膨れるのが遅くなり、通常よりも多く魔力が回復できるようになる。
それでは一口、舌を滑るように入っていき力が、魔力が身体に満ちる感覚。
すぐに応急修理同然だった腕を回復した魔力で治す。
………ふむ、姿が初期の為かあまり魔力を消費せずに回復できた。
試しにくっついた腕を振ったり指だけを動かして動作を確認するが、特に違和感はない。
これなら簡単に斬られはしないだろう。まあ、何十回と斬られれば無理だろうから、寿命が延びたくらいしかないが。
さて、本当ならいつまでも引き籠っていたいがそうもいかない。目を離し過ぎるとあの爺が何をするのか見当もつかない。最悪配下を斬り始めるか?
籠に入れられるだけ果実を入れて玉座の間に戻る。当然『守りの戦闘態勢』で。
重い足取りで玉座に座る。ヴォルトは籠に入った果実をジッと見ていたがやらんぞ? これは俺の生命線だ。
果実を一口齧りこの身体でも魔力が回復するかどうか確認。……大丈夫そうだ。
これでひとまずは安心だが、何か打開策を考えないと。このままでは、果実が尽き魔力が切れた所で斬られるか、準備を終えたヴォルトの一撃に斬られるかだ。
な、何か考えなくては。
どうしたものか、休戦状態になって十分ほどが過ぎたが事態は何も変わっていない。
いや、むしろ悪化しているのかもしれない。
魔王がどこから持ってきた籠一杯の果実。儂が集落にいたときに出された物と同じだ。つまり今魔王は休戦という名目を利用して魔力を回復させている。
恐らく今度は腕を完全に治しただろう。もう一度戦えば魔王は万全の状態になっているというわけだ。
対して儂は、主武器の剣はひび割れ、ナイフを隠しているがあの姿の魔王に通るほど切れ味は良くない。体力が少し回復しただけで休戦は儂にとって何の利益ももたらせなかった。
策を考えようともしたが、よくよく考えればここ数十年は使っていない知恵、良い考えが浮かぶわけがなかった。
本格的に撤退を考えんといかんな。
扉に近いのは儂、進路も何となく分かるが、問題も当然ある。
目の前の魔王だ。これがもし追撃してきたら?
今の姿はそこまで速度は出せない気がする。問題は最初に見た姿と儂の姿を取った時。
儂の姿を取られれば、逃げ切るのは骨が折れる。何せこちらの考えを知ったうえで追撃に来るのだ。これを振り切るにはかなり無理をすることになる。
しかしそれより恐ろしいのが最初の姿。こちらはほとんど見ておらずどんな能力を持っているのか見当もつかない。それに儂に悪寒を走らせた正体不明の技。もしあれに捕まったら逃げられないような気がする。
やはり斬った方が良いか。しかし斬れないからこうして考えている。
進むも退くも難しい状況。
悩んだところで答えは出ず、いっそ渾身の一撃を入れて剣が折れたら逃げようか、と捨て鉢な考えが出たとき、ふと思い出した魔王が儂の姿になった時に放った一撃。
ジゲン流だったか、聞いたことのない流派だが。良い一撃だった。儂には肌が合わんが弟子の何人かにはあっちの方が合う気がする。
……ん? おかしいな、ここの魔王は生まれたばかりのはず。
「のう魔王。お前は一度でも変身した相手の技能や記憶をいつまでも保持できるのか?」
「あむ。それが出来たらどれだけ嬉しいか。二重の者は相手に変身して能力を得るんだ。そのまま保持出来たら最強だろうが」
確かにその通り。儂の記憶でもそうなっておる。ならば。
「ならジゲン流はどこで知ったのじゃ? 魔族の流派なのか?」
これならあり得る。魔族の流派はさすがに知らぬ。
しかし魔王は首を振った。
「違うぞ、魔族に流派があるかどうかも怪しいな。示現――」
バタンッ! と良い所で勢いよく後ろの扉が開く音がした。
誰だ、と思い振り返るよりも早く。
「師匠! 魔王!」
声ですぐに分かった。
バカ弟子が。