第三十三話 負けない戦い
瞬く間に身体が変わる。ヴォルトと言う最強の身体からタングステンと言う最硬の身体へと。
アリスの斬撃、騎士団の猛攻を受けてなお、傷一つ付かなかった身体。
守ることだけに特化し、俺の心の拠り所だった身体。
その自信が砕かれた。
「なんだとぉおお!」
変身したため剣がないのは分かる、落ちている腕が未だにヴォルトの腕のままだというのも分かる。だが、脇腹に斬り込みいれた一撃だけが分かりたくなかった。
数センチの斬れ込み。それでも確実に『守りの戦闘態勢』に傷を与えていた。
俺が驚いている間にヴォルトは一度距離を開けた。恐らく変身したことへの警戒や、今の斬り込みが異常に浅かったことが原因だろう。
だが今はそんなことはどうでも良い。
斬られた部分を抑え、念じるように『自動回復』を発動させる。身体の所為かかなりの魔力が取られたが手を離すと傷は塞がっていた。ひとまずは安心と言ったところか。
「世界は広い、という言葉を初めて実感したのう。渾身の一撃で真っ二つに出来なかったのは初めてじゃよ魔王」
「こっちだってこの体に斬り込みを入れられたのは初めてだクソ爺。腕まで斬りやがって……。腕くっつくかなあ、生えてくるとかはなんか怖いし」
拾ってみると腕はまるで上書きされるように、ヴォルトの腕からコートに包まれた銀灰色の腕に変わった。
おお、反応があった。なら希望もあるか!
さっそく腕に付けてみるが、くっつく気配はない。しかたなく『自動回復』を発動させるがあくまで表面だけにしておく。おそらく完全に回復したらこの姿を維持できる魔力が残らない。
「良かったのう、くっついて。では早速」
すっ近づき、まるで滑るような柔らかさで接合部分に刃を入れ、そのまま斬り落とした。
「ああーーー!」
「……ふむ?」
人が、いや魔王がせっかく治した腕をこの爺!
「おかしいのう、さっきとはまるで硬さが違う」
「このクソ爺! 治したばかりだと言うのに!」
俺の腕がぁ……、泣き出すぞこの爺。
すぐに腕を回収して持っておく。治したところでまた斬られては堪らない。
「ふむ、じゃあ再開でもするか」
「少ししか斬れんくせに何言ってんだ。すぐに回復するわ」
などと強がりを言ってみたが実際は難しい。魔力は有限だ。この姿を維持するのにも魔力を消費し、傷まで治していたらおそらく数分で尽きてしまう。
どうしようか、と悩みふと手に持つ腕に気づいた。
……あれ? もしかして防御に使える?
タングステンの腕だ。先の一撃でさえ数センチの斬り込みしか入れられなかった。この腕で守れば身体を守れる?
しかし現実はそんなに甘くなかった。
「甘いわっ!」
あっさりとヴォルトの剣は俺の腕を無視して脇腹に入る。今度は撫でるだけで傷は付かなかったが腕が役に立たないと悟るには十分だった。
さっきまではヴォルトの身体だから剣も見えた。だが今の、戦闘の素人の俺ではほとんど見えん。
これはまずいんじゃないだろうか。
俺は満足に動けず防御も出来ない、そしてこの自慢の『守りの戦闘態勢』もヴォルトの剣は斬り込んでくる。
たとえそれが僅かでも斬り続ければいずれかは切断される。それに斬れるという希望さえあれば挑むだろう。挑み続ければいつか俺の魔力が底を尽き、初期の身体になれば斬られるは必然。
………詰んでいる。
生き延びるための方法を探る。警戒するように腕を構えるが反応できないのは分かりきっている。だから考えることに集中する。
そして至った結論は。
これは、詰んだのかもしれん。
魔王から若干距離を取り構えるヴォルトはいつでも斬りかかろう、とばかりに構えているが内心はすでに斬りこんでも意味がない、むしろ事態が悪化すると理解していた。
魔王への最初の攻撃。これが失敗だった。
力任せの一撃。魔王の戦い方を見て思いついた攻撃を試したわけだが、これが失敗だった。
確かに俺に変身した魔王を斬るには良い方法だっただろう。事実剣を折り、腕も斬った。
しかし更に変身した魔王には駄目だった。あれは力で斬れるものではない。斬れない物を斬ろうとすれば無理が祟る。この剣のように。
あの力任せの一撃の所為で剣にひびが入った。魔王に悟らせないため、逆転を探すために二度ほど振ったが、おそらく後一、二回で折れるだろう。
剣を失えば魔王に対する攻撃手段を失う。『手刀』を使ったところで無意味。伝説とまで謳われた名剣の一撃で、脇腹に少し斬りこんだだけ。もし魔王が大声を上げなければ儂が驚きの声を上げる所だった。
なればどうする。相手は斬った腕を武器に構えたまま集中している。儂を殺せるかと言えば無理だが、あれと打ち合えば剣は折れる。
剣が折れ、その時に魔王がまた儂の姿になったら? その時剣を持っていたら?
儂は確実に負ける。
剣と剣との戦いなら本望、死力を尽くした戦いの果てなら仕方ない、しかしこんな非常に硬く、相手の物まねで戦う奴に負けるなど……。
どうするか、どうすれば生き残れる。
普段は斬ることしか考えない頭を必死に巡らせ、その末に出た答え。
「「一時休戦しよう」」
同時に同じ答えが出た。




