第三十二話 魔王VS剣聖
「そういや、お前ら全く違う種族なのに平然と接していたのう。てっきり魔族は種族が違えば敵とみなす生き物と思っておったわ」
魔王の下に向かう道中、ふと集落でのことを思いだし聞いてみた。
「そうですね、普通でしたら特に仲が良いと言うわけではないのですが、悪いわけでもないですね。ただ狩場や縄張りが被ることが多いのでその場合は戦います。その所為ではないでしょうか?」
なるほど、そういうことなのか。確かに魔族が別の種族の集落を潰したなどと言う話は魔王が関係していない限り聞いたことが無い。
「私たちの場合は魔王様の指示で種族での諍いは禁止されています。個人での争いは認めておられるようですが。そもそも魔王様の庇護下に入っていらい食に悩まされたことはありません。少し前に住人が大幅に増えましたが、その時も畑や外での狩りを増やして対処しました。ですからあまり争う理由がないのです」
まるで仁君じゃねえか。配下には住処を与え、食の不安もさせない。外の貴族共に見習わせてやりたいぐらいだ。
しかしその裏では、と考えると笑えてくる。この魔王は本当に王なのだと理解できる。
表では仁君を装い裏では準備を進め、そして時が来たら何らかの理由を説明して魔族を一斉に動かすのだろう。魔族どもは喜んで死ぬはずだ、何せ仁君なのだから。間違っているはずがない。
ただ命令されるよりきっと強いだろう。きっと楽しいだろう。
「珍しい魔王だなあ」
今まで斬ってきた魔王とは比べ物にならないほど考えて行動している。今所在の分かっている雑魚魔王とは一線を画している。
「そうですね。私たちが話に聞いてきた魔王とはまるで違うお方です。話に行く限りでは魔王とは力があるが粗暴で、己が種族を優遇して、他の種族は奴隷扱い。ですが魔王様は種族の優遇などはせず、私たちのことを考えてくれる素晴らしい方です。着きました、ここが玉座の間への扉でございます」
話をしている内に着いてしまった。もう少し話を聞きたかったが仕方がない。どうせ斬る相手だ。
扉に手をかけ、ふと気づいた。
「お前さんは入らないのか?」
「はい、魔王様から誰も入るな。二人で話すことがあると言われておりますので」
ガッハッハ、まだ会った事すらねえのに話なんてあるわけねえだろ。こりゃ警戒されてるな。
しかし何もせず俺をここまで招くと言うことは何か考えがあるのか、それとも自分の力に自信があるのか。
どちらにしろ、面白い。
「道案内ありがとな」
「いえ、それでは失礼します」
そういって女郎蜘蛛は集落の方へ戻っていった。
扉をゆっくりと開ける。罠の気配はない。
警戒しながら中に入ると、そこはまるで別世界だった。
煌々と輝くシャンデリア、自ら光り輝く玉座、汚れ一つない赤い絨毯。そしてこの場には不釣り合いな下手な人形。
「初めましてヴォルト・カッシュ殿。このダンジョンで魔王をしております」
ああ、あれが魔王だったのか。ふむ、アリスの手紙通り変な姿だ。本当に二重の者の魔王なのか。
それに強さもほとんど感じ取れん。
「初めまして、ノブナガ殿。儂は外の世界で『剣聖』をしております」
互いの名程度すでに割れている、というちょっとした攻撃。交渉をするならこういう些細なことから始めるのだが。
「それでヴォルト殿は何か御用で?」
だが生憎、交渉をしてやるほど気は長くない。
「ノブナガ殿を斬りに」
瞬間、凄く嫌な予感がした。ここにいたら危ないと。
咄嗟に横に跳んでみたが特に何かが起こったようには見えない。だが明らかに魔王は動揺していた。……動揺しているよな? 変な顔だから分からん。
「あんた今何したんだ?」
駄目元で聞いてみた。しかし結果は芳しくない。
「……まさか理解していないのに避けたと言うのか。完全な不意打ちのはずなんだがなあ」
何かをしたようだが、何をしたかは分からない。だが、なんとなくだがあれには捕まらない方が良さそうだ。多分面倒なことになる、よっと!
「やはり避ける。ヴォルト殿、何か予兆でもあるのかね?」
「いや、なんとなく危ない気がしたから逃げただけだが。いったい何してんだ?」
「無音無動作で発動できる技能だよ。アリスも食らったんだがなあ」
何だ、あいつこれを食らったのか。やれやれ、まだまだ甘いなあいつも。
とりあえず食らったら危ないというのは分かった。だがなんとなく分かるし多分当たらない。
なら今度はこちらの番だ。
ゆっくりと愛剣を抜き放つ。
「さて、斬られる覚悟は出来たかい魔王?」
「さすがレベル二百越え。想像を上回る難敵。仕方がないプランBといこう」
そういうと魔王は瞬時に姿を変え。
俺になった。
ああ、それは下策だぞ魔王。
失敗したかもしれん。
ヴォルトの姿を借りた俺が最初に思ったことだ。
別に固有技能の発動を間違えたわけでない。俺は今完全にヴォルト・カッシュの力を持っている。
それと同時に知識と記憶も持っている。その中にあまりに恐ろしい記憶があった。
ヴォルト・カッシュは今までに何百と言う二重の者を斬り殺している。
一時期、斬る相手に困り対等な勝負が出来るであろう二重の者を集中して狩っていた時があった。
それは楽しかった。自分と同等の力、技、思考をもつ相手。
何十、何百と斬り合い、気づいてしまった。
自分は必ず二重の者に勝ててしまうと。
確かに対等な勝負。しかし振り返ると苦戦と言う苦戦もしなかった。戦いの中学んでいく自分と学ばない敵。そこには絶対的な差があった。
それ以来ヴォルトは二重の者を集中して狩るのを止めた。楽ではないが勝てる相手だと分かったので。
では俺はこの体を十全に扱えるか、と言われれば扱える。そういう技能なのだから。
しかし学んで進化できるか、と言われれば無理だ。あくまでその時の相手を映すだけで、それ以上になることは出来ない。
しかし、打つ手がないわけではない。
「失敗したなあ魔王、儂じゃあ儂には勝てねえよ」
「確かにあんただけじゃあ勝てないだろうなあ」
剣を構えたまま一呼吸置いて。
「チェストォオ!」
全身全霊を込めて一太刀。振り下ろされた一撃。
記憶の通りなら、ヴォルトは初撃を相手の力量を確認するために受けるのだが。
「――っち」
思いっきり後ろに下がり避けられた。多分なんとなくで見抜いたんだろう、今の一撃の意味を。
「てめぇ、今のは何だ。儂の剣じゃなかったぞ」
「示現流、とでも言えばいいのかな。なんとなくでやってみたが意外に出来るものだな。さすが規格外」
『異界の知能』の中にあった剣術。それを用いれば勝算は十分にある。
「便利な体だ、やりたいと思ったことを本当にやってくれる!」
もう一度縦に一閃、それを寸でのところで避けられるが予想通り。ヴォルトが斬り返してくる前に。
「燕返し」
振り下ろした剣を振り上げる。
下からの斬撃に一瞬反応が遅れ、ヴォルトはすぐに下がるが、頬に一筋の血が流れる。
「……初めてだ。|二重の者『ドッペルゲンガ―』に苦戦したのは。レベル二百に上がり血を流したのは」
「そのまま敗北してくれると嬉しいのだが」
「冗談じゃろ。儂はまだお前を斬っちゃいない。お前の剣を見て、試してみたい技も出来たしのっ!」
神速の横薙ぎ。避けきれないと判断し、剣で防ごうとして気づいた。
防げない一撃だ!
力強い一撃、おそらく剣と一緒に体も斬るつもりの一閃。
剣が折られた。
「変」
腕も斬られた。
「身!」
そして……