第三十一話 剣聖歓迎?
ほほう、ダンジョンの中も森か。アリスの手紙ではここをまっすぐ行ったところに水辺があり、その近くに扉があると言うが。
それでは早速、と思ったところで茂みから群犬と蜥蜴男が出てきた。
「ガルガ!」
群犬が毛を逆立てて吼える。ふむ、魔族語か。久々だな。確か魔族語は。
「ドリュダ?」
思い出すのう、魔族語を習得したのはどれほど前だったか。確か泳ぎがうまく水中でも槍の扱いが上手い、蜥蜴男がいた頃じゃったか。
あの頃は水中で敵が斬れず悩んでいた頃じゃったか。その蜥蜴男の話を聞いて奴に泳ぎと水中での戦い方を習ったんじゃった。最初こそうまく言葉が伝わらず大変だったが、すぐになんとなく言葉が使えるようになったんじゃったな。おかげで泳げるようになり水中の敵にも強くなった。
代わりに蜥蜴男は剣を教えてやったな。魔族専用技能などを覚えて新たな発見があったな。何故か稽古場に通う者は魔族語を教えようとしても中々覚えぬ。おかしいの、アリスは儂と同様すぐに理解できたんじゃが。
魔族語が上手く伝わったようで相手さんは一層警戒心を高めた。
自分から話しかけておいて答えられたら警戒するとは、まあ一階位じゃから仕方ない。
後ろの茂みにも何匹か隠れておるが、最高でも二階位。斬る価値もない。
「ナニモノダ」
「ヴォルト・カッシュ。そうじゃな、アリスの師の方が分かりやすいか」
ざわっと騒ぎ出す茂みに隠れた者達。一応隠れているのだから反応する出ないわ。斬る価値がどんどん下がっていく。
「ホ、ホントウナノカ!」
「嘘じゃないわい。それに外にいるアリスが通したから入ってこれたんじゃぞ」
本当は実践稽古の果てにぶっ飛ばして、ぶっ倒れているアリスをまたいで入って来たんじゃがな。
どうやら儂の言うことを信じたらしく先に出ていた二匹は頭を下げ、茂みの中からぞろぞろと十匹ほど出てきてそ奴らも頭を下げた。一匹だけ二階位の蜥蜴隊長がおるな。
「これは失礼しました、まさかアリス先生の師の方とは。それでここには何用でしょうか」
つい笑いそうになるが我慢する。何じゃ、アリスの奴魔族に剣でも教えているのか。先生扱いされておる。
しかし用か。魔王を斬りに来たなどと正直に言っては面倒が起きるだろうから。
「我が弟子の様子を見に、それと挨拶かのう。弟子が世話になっておるようじゃし」
「そうでしたか。それでしたら魔王様に連絡しますのでそれまで我が集落でお待ちいただいてもよろしいですか?」
さすがにすぐに魔王の下まで、とはいかんらしい。しかし魔族が作った集落は気になるのう。最後に魔族の集落に入ったのはいつだったか。
連れて行かれるまま進み、集落が見えたとき儂は純粋に驚いた。
魔族の集落と言うのは基本、藁で作られた天幕のような物か、枝か板を適当に寄せ集めて固めた物で住処を作る程度だ。家、と言えるほど立派な者は魔族の中でもかなりの知能を持っている奴でないと作らず、記憶にある限り昔に斬り損ねた魔王悪魔王しかいなかった。
だが目の前の集落にはいくつもの家が密集していた。壁があり屋根があり扉まである。掘立小屋程度の代物だが住まいと考えるなら十分だ。王国の辺境の村ならこんなものかもしれない。
(こりゃあ、マジで斬らないとまじぃかもしれねなぁ)
人族と魔族、どちらが繁栄しているのかと言えば人族だ。この大陸の9割は人族の領土だ。それは単純に数の差もあるが、洗練された技術の差でもある。身体が強い魔族はあまり強い武器を求めなかった、しかし人族は敵を殺せる武器を求めた。剣で斬り、盾で防ぎ、槍で貫き、弓で射て、闘争に勝った。
だが、もし魔族が洗練された技術を持ち始めたら?
「あ、リンさん。丁度良かった、魔王様に言われて作ったでっかい弓なんだが、引けるかい……ってあれ? そちらは誰だい?」
集落から中悪鬼がやってきた。騎士団の者と思われる鎧を身に着けていたが、それ以上に目を引いたのがその手に持つ弓。
「ヒデ、この方はアリス先生のお師匠様だ」
「え、アリス先生のお師匠様かい? これは失礼しました」
ヒデ、と呼ばれた中悪鬼は頭を下げて逃げるように去って行ったが、その間儂の目を奪い続けたのはあの大弓。
連射の利く半弓ではなく、飛距離があり威力も高い大弓。しかも聞いていた限りでは魔王の指示で作っていたとか。
つまり魔王は武器作成の知識があると言うことだ。しかも名持ちにやらせる程度には優先順位が高いと言うこと。
もしこの魔王が今のまま戦力を拡大すれば、アリスの手紙通り周囲の国を脅かす存在となるだろう。
そうなれば、きっと血沸き肉躍る楽しい世界となるだろう。だが。
(その頃まで儂が生きていられるか)
魔族への武器の配給に、ダンジョン周辺と中の防備設備。集落から少し目を離せば畑を作っているのが分かるがまだまだ開墾中。それに武器の作成と言っても試行錯誤を繰り返すだろう。
それらが終わり、魔王が外へと向かいだすのは何年後か。そして一国が滅ぼされかけこの魔王の本当の恐ろしさに周囲の国が気づくのは何年後か。血沸き肉躍る世界に変貌するまで何年かかるか。
儂は若いとは言い難い。同年代の友が孫を自慢してくる程度の歳だ。それまで生きていたとしてこの力を維持していられるか。恐らく難しい。
(なら、今斬らねえとなぁ)
人族の未来を憂い、などというくだらないものじゃない。儂がいない所でそんな面白そうなことになるのが許せないからだ。今魔王を斬ればそれもなくなるだろう。
魔王を斬る理由が増えたな。まあ、斬れればいいんだが。
「ここが私の家です。ここで少しお待ちください」
考え事をしている内にどうやら着いたようだ。他の掘立小屋と変わらないように見える、つまり建築技術はこれが最高なのだろう。
中に入ると別世界、ということはなく質素な内装だった。隅に脱皮の皮と欠けた鱗が無ければ人族の家とさして変わらない。
一応椅子があったのでそこに腰を下ろすと、蜥蜴隊長も向かい側に座る。
「………………」
「………………」
沈黙。すべきこともなければ気を引くものもない。この場合は会話をすべきなのか? 人付き合いも魔族付き合いも浅いから分からん。まあ黙っていればいいか。
それからしばらくして扉が開いた。来たのは猪豚人だった。
瞬時に鼻をつまもうとして、気づく。豚人特有の悪臭がしない。
猪豚人は儂と蜥蜴隊長の様子を見て、呆れるようにため息を吐いた。
「リン、お前は相変わらず気が利かねえな。客が来たらもてなすもんだぞ。それもアリス先生のお師匠様なら当然だ」
「な、デーク。いや、すまん、カイだったな。何故それを知っているんだ、それにその手に持つ果実は」
「ヒデから聞いたんだよ。すみませんねえ、アリス先生のお師匠様。こいつ戦うことしか頭にないアホ何で許してください。あ、これ森で採れる果実です。嗅ぎ分けて特にいいのをお持ちしました」
そう言って籠の中に入った果実を儂に手渡す。たしかこれは魔力を回復させる、なんじゃっけ? まあ高級品であるのは確かだった。
一口かじれば果汁が口に広がり、二口目でのどを潤してくれる。それに新鮮なのか実がかなり柔らかい。
「うまいのう、持ってきてくれて感謝する」
「いえいえ、アリス先生にはいつもお世話になってますから。……そういえばアリス先生は?」
「奴なら外でぶっ倒れておるぞ」
儂がぶっ飛ばしたからな、と続けそうになり気づく。
言っては不味かったか。
あくまで儂はアリスに通されたことになっている。それなのに外で倒れていたらおかしい。
これは斬って魔王の下に進むしかないかなあ、と思ったが。
「おお、さすがアリス先生の師。訓練をなさったのですね、訓練はぶっ倒れるまでやるのが当然ですからね」
何故か蜥蜴隊長が納得していた。アリスの奴どんな稽古をさせておるのか。
「それじゃあ俺は失礼するぜ、まだ開墾作業が残っているからな」
そう言って出て行き、すぐに誰かに出会ったようで話し声が聞こえてきた。
「おう、ランか。お客さん? ああ、この中だ」
ガチャ、と扉が開き、姿を見せたのは女郎蜘蛛だった。
「御待たせいたしました、ヴォルト様ですね。案内させていただきます」
ようやくかい。
儂は黙って女郎蜘蛛の後に付いて行った。