第三十話 剣聖襲来
騎士団殲滅の一件が過ぎ二か月近くが過ぎた。
その間に色々とあった。
配下の増加。
騎士団が森に入っていたことは周囲の魔族には伝わっていた。そこで群犬を使い、騎士団殲滅の話を流すと予想通り辺りから魔族が集落単位で保護を求めてきた。
最初は混乱が起きるんじゃないかと心配したが、大きな混乱もなく畑と集落の増築で済むことになった。これにはいくつか理由がある。
一つはすでに住んでいた者の中に二階位に達している者が複数いたから。集落の中に二階位まで達しているのは長くらい。下手すれば二階位のいない集落もある。
もう一つは名前持ち、それも魔王から頂いたものがいたから。俺は知らなかったが、名前を授かると言うのは一定の信頼を得た証でもあるらしい。幹部、とでも思えば良いのだろうか。
ちなみに。
中悪鬼は器用な者になれるよう、と望んだので『ヒデ』
軍犬は忠義を尽くせるように、と望んだので『シバ』
猪豚人は力強き者もなれるよう、と望んだので『カイ』
蜥蜴隊長は勇気ある者になれるよう、と望んだので『リン』
大粘液生物はたくさん食べる、と言ったので『ヴィ』
女郎蜘蛛は常にそばにいられるよう、と望んだので『ラン』
意外に喜んでくれた。呼びやすさを重視して要望から思いついた名前を削ったり変えたりしただけなんだけど。
また彼らには全体をまとめるために役割を課した。
ヒデには器用なものを集めさせ、シャベルなど道具から弓など武器まで製作を担当させた。全体が物造りに慣れてきたら俺も手を出そうと思う。
シバには周囲の偵察と警備を任せた。とはいえ今は部隊の育成中でまだ完成していない。手の空いている者には、石壁のための石切り場に適そうな場所を探させているが成果は芳しくない。
カイには多くの者を任せた。開墾に苦労していたが俺の助言により、森に生息する蚯蚓を捕獲し使役させることに成功。これにより開墾と共に実りが良くなったらしい。
リンには荒くれものを任せた。力が余っているなら戦う力に役立ててもらおう。俺が視察に行くと、大抵アリスの訓練でリン共々ぶっ倒れていることが多い。一部ではアリスの神格化が始まったらしい。何故?
ヴィはそのまま粘液生物をまとめさせてダンジョン内の清掃を任せた。俺の中では一番貢献してくれていると思っている。あれの処理は誰もしたがらない。
ランは何故か俺の秘書のようなものになった。全体の進捗状況の報告や俺の補佐をしてくれている。とはいえまだまだ知識不足で、予想の甘さや計算間違いなどしてくれるのでその都度いろいろと教えている。魔族では四、五桁の計算は滅多にしないだろうし仕方ない。おかげで私室に引きこもることも出来なくなかったが。
私室と言えばアリスだが最近様子がおかしい。訓練が終わるとダンジョンの外に出て修練に励むようになった。何故外なのか尋ねると「も、門番代わりだ!」と大声で答えられた。修練中に聞いた所為で気持ちも高まっていたのだろう。以後気を付ける。
他にはクエストの大量消化だろう。
消化したクエストは『配下に加えよう』『配下に加えようⅡ』など似たようなで中身の数字が違うだけなんて物だったが。配下の増員と他種族討伐ばかりだったのに合わせれば十個以上クリアしていたのは驚いた。おかげでそこそこの食料と武器が手に入った。技能も一応手に入った。一応だが。
手に入ったのは『自動回復』『体温調節』だ。
『自動回復』魔力を消費して徐々に傷を癒す。指先を軽く傷つけただけなら十秒ほどだ。大きい怪我は分からんが過信はしない。まあダンジョン内なら寝れば大抵の傷は一晩で治るが。
もう一つは『体温調節』だ。……うん、多分変温動物系の魔物が所有している技能なんだろう。これも魔力も消費して体温を上下させる。本当に無作為なんだと悟った技能だ。
技能と言えば保有している魔素だが騎士団殲滅のおかげでかなり溜まった。今まで取ったのはオルギア来訪時に『魔族言語』とオルギアが去った後に取った『人間の人語』だけだ。何を取ろうかと迷ったが溜めておくことにした。
理由としてはまず取得できる技能が全て弱いことと、言語系がまだまだあり、もしその種族が来たときに魔素が無ければ話せなくなるからだ。決してケチな訳ではない。
後は……? おや、誰かがきたようだ。
「セイッ! セイッ!」
師匠に教わったようにいかに斬るかを考えて剣を振る。力もいらぬ、速さもいらぬ、斬る、それだけで良い。
仮想敵は黒い服を着た銀灰色の魔王。黄土色のハニワの魔王なら軽く斬れるのだが、この姿の魔王だといくら振っても斬れる姿が見えない。
縦に、横に、突きに、首に、手に、指に、足に、どこを狙っても傷つけられる気がしない。
だからこそ魔族への訓練と言う準備体操を終えてからの素振りは異様に集中できる。分かりやすい壁があるのだ。
前に師匠が「斬れない相手が欲しい」とぼやいていたがその理由が今なら分かる。斬れない相手というのがこれほど重要とは思わなかった。
「セェイッ!」
気迫の一太刀。相手が誰であろうと斬るつもりの一撃、それでも魔王は斬れなかった。
……疲れたな、一度汗を流してもう一度――!
感じたのは強大な力を持つ誰かが森に入った重圧。修練中も聞こえていた鳥の鳴き声がピタリと止み、風すら息を殺すように途絶えた。
強烈な殺意を放ちながら馬を超える速度でこちらにまっすぐ向かってくる。
自然と私はそれに向かって剣を構えていた。
相手は私よりも強い、それも桁違いに。
頬に汗が流れるがこれは修練の所為だと信じたい。
そしてそれはついに森を踏み越え、恐ろしい速度で迫ってきた。
「ガアッ!!」
強烈な一撃。もし構えていなければ反応すら出来なかった速度で。
「セッイッ!」
身体全体を使って押し返す。私を襲ってきたのは。
「師匠!?」
忘れもしない師の姿。右手には伝説の武器を、左手にはこの前逃がした騎士の一人を。
「アーリス! 少しは強くなったのか。先程の素振りは中々のものだったぞ」
まだ森に入っていなかったはずなのに何故見えているんだ。いや、それは師匠だから考えてもしょうがないか。
「師匠、強行軍をしましたね。あれに耐えられるのは私ぐらいなんですから一般の騎士を巻き込まないでください」
「んん? おお、そうだった道案内を頼んでおったわ。途中でへばるとはひよっこ騎士はこれだからいかん」
道案内がいなくても辿り着きそうだけど、と思いながら剣を下ろそうとしたときおかしなことに気づく。
師匠が騎士を平然と投げ捨てたのに未だに剣をしまう素振りを見せない。
「おお、偉いぞアリス。もし剣を収めたらぶっ飛ばしておったわ」
ガッハッハ、と大声で笑い剣を両手で握った瞬間、瞬時に凶悪な殺気をまき散らした。
「どれアリス、久々に実践稽古といこうかの? どれほど腕を上げたか見せてもらおう」