第二十七話 アリスの誤算
ふふふ~ん、と記憶に残る何かの歌を口ずさみながら俺は大浴場に入った。別に入りに来たわけではない。血塗れた武具を洗いに来たのだ。
最初は粘液生物に任せようとしたが「血、ごはん、違う」と断られた。うん、あいつらの御飯の定義が分からん。人間はそのまま溶かして食っていたんだがな。
配下に頑張って剥いでもらった武具は凹んでいたり、穴が開いていたりと状態の悪い物ばかりだったが、たまに血塗れしているだけの状態の良い物があるので直すときはそれを基準にしたい。
お湯にぶち込んだ方が早いかと思ったが錆びそうで怖かったので、濡れた布で拭いた後乾いた布で拭き、すぐに玉座の間に戻して干す。これでも錆びてしまったら仕方ないので砥石で無理やり削り落とす。
いや~、しかし心躍るな。オルギアを襲った冒険者の武具はひしゃげて使えなかったし、魔族の献上品は武器ばかり。まともな状態の鎧など初めて手にしたことになる。
後で着てみようか? カッコいいかもしれん。『守りの戦闘態勢』の方が硬いけど。
鎧を拭きながらいろいろと妄想に耽っていると。
「ここにいたのか魔王」
「ふえええいい!」
いきなり声をかけられつい変な声を上げてしまった。振り返るとアリスが不思議そうな表情でこっちを見ていた。
「な、何だアリスか。どうしたんだ? ああ、風呂に入りに来たのか、残念だが駄目だ。外に出ている分を洗い終わるまで入らせん」
「いや、そんなことはどうでも……、どうでも良くないな。早く終わらせてほしい。それと聞きたいことがあってな」
いやそこは手伝うって言う所だろ。何楽しようとしてんだ。
「この後の展開について、お前はどう考えているのか知りたいんだ」
……この後? ああ、なるほど。
「もう今回の戦の褒美が欲しくなったのか? それは明日渡すと言うことで解散したから駄目だ。褒美が欲しければ明日まで待て」
最も、配下たちはもう一つの褒美である人の死体を食べているだろうがな。話に聞くと歯ごたえがあるらしいのだが、食べようとは思わんのよなあ。
「違う、褒美の話じゃない。私が聞きたいのはこれからのお前がどう行動するのか知りたいんだ。……勿論褒美は明日もらうがな」
図々しい奴だ。それに今その褒美を磨いているんだからやっぱり手伝えよ。
しかし今後の行動か。こいつも俺の役に立とうと思っているんだな。……役に立とうとしているか? まあ良いか。
「今後の行動って言っても残る大きな問題は石切り場を探すくらいか?
騎士団を殲滅したことで人族は防備を固めて攻めてこないだろう。その間に一層の扉から少し離れた所に石壁を作って出来れば連弩も製作出来れば良いな。
しかしそうなると手が足りなくなる。そこはオワの大森林に魔王が騎士団を全滅させた、と喧伝すれば保護を求めて魔族が来るだろう。
そうなると問題は食料だが豚人によれば畑は順調らしい。とはいえ足りなくなるからその辺りは頑張りだな。狩りで補いつつ外に畑を作ってもいい。ああ、もちろんお前はその間も戦闘指南は続けて――」
「待ってくれ! 一遍に言われても分からん。もっと簡潔に教えてくれないか」
自分から教えてくれと言いつつ文句とは。しかし一度に言い過ぎたのは確かか。……簡潔にか。
「壁作って、魔族呼んで、食い物増やす」
「なるほど、分かりやすい。で? その後は?」
………その後?
「それで終わりだが?」
へ? と間抜けな顔を晒すアリスについ首を傾げる。何故その後が必要なんだ?
「周辺国家を攻める準備は?」
「何でそんな危ないことしなきゃいけないんだよ」
どこからそんな怖い発想が出てくるの? そんなことして何の意味があるんだよ。
何故だがアリスの表情が段々白くなっていく。
「だ、だって安全に生きられるようにって」
「ああ、騎士団全滅させ力を見せつけて、人族がビビッて防備を固めている間にこっちも防備を固めて、不落のダンジョンにして悠々自適に暮らすってことだが? 何かまずいのか?」
「い、いや! そんなことはない……そんなことは」
ふらふらとした足取りでアリスは戻っていった。
あいつは何をしに来たんだ?