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第二十六話 騎士団壊滅

 

「絶対に、絶対に生きて帰るんだ」


 満身創痍で逃げる途中、仲間の誰かが決意を固めるように呟いた。

 おかげで今回の敗戦で意気消沈していた他の仲間たちも顔を上げた。

 そうだ、帰らなければならない。帰って魔王の危険性を、バッハ団長の弔いを。

 剣を握る手に力が戻る。

 大規模な追手は来ていない。先程からたまに群犬(コボルト)豚人(オーク)が接近してくるが、軽く剣を振るえば逃げて行く。

 正面から戦えば勝てるんだ。この剣さえ持っていれば負けないんだ。魔王にさえ合わなければ勝てるんだ。


「おい、なんかあるぞ?」


 仲間の一人が指差す先には、白い糸が木々に絡みつき隙間だらけの壁になっていた。

 腕一本くらいなら通せる穴がいくつもあるが、体を通すのは無理だった。ずらして大穴にしようともしたが、糸が固くずらすことさえ出来なかった。

 

「随分と頑丈な作りだな。この先に何があるんだ?」


「普通に考えて魔王の部屋か、あの窪地を通らずに帰れる道じゃないか?」


 半分は願望だが半分は俺なりに推測した結果だ。ここまで厳重にしているということは、この先に何かがあると言っているようなものだ。

 そんな戯言に等しい俺の言葉で仲間たちはやる気を出して白い糸に挑んでいく。

 ある者は剣で切り付け。ある者は糸をずらそうと、ある者は木々ごと伐採しようとしていた。

 

「この糸頑丈だが、剣で斬れそうか?」


「斬りにくいな。だが斬れないわけじゃなさそうだ」


 その中でも成功しそうな気がした仲間の様子を見に行く。そこでは仲間が剣をのこぎりの様に動かし白い糸に挑んでいた。

 俺も試しに白い糸に斬りかかったがあっさりと弾かれ、仲間と同じように動かすがこれでも傷らしい傷がつかない。

 あまりの頑丈さに剣を投げ捨てたくなるが我慢し、辛抱強く白い糸が斬れるよう剣を動かす。その時。


「やった! 切れ目が入ったぞ!」


 今まで黙々と剣を動かしていた仲間が声を上げた。

 見てみれば確かに白い糸に切れ目が入っている。しかもその切れ目が自然と大きくなっていく。手を出さずとも切れるだろう。


「千切れたら壁を解いて走るぞ。入口の扉を見つければ生きて帰れるんだ」


 入口には敵が待ち受けているだろう、しかし魔王以外ならどうにかなる。誰かが魔王を抑えている間に外に出れれば……。

 魔王を引きつける役が誰、とは決めない。近い奴がなれば良い。運としか言いようがない。

 誰もが糸が千切れるのを待った。その思いが力にでもなったように千切れる速さは増し、ついに千切れる。

 やった、と全員が糸を解こうと手を伸ばすが、それよりも早く糸が勝手にほどけていく。

 何故、と疑問を思い浮かべる前に襲ってきたのは浮遊感。いつの間にか足場が消えていた。

 落ちる最中、瞬時に糸に伸ばそうとしていた手で木の根を掴む。

 なんとか落下するのは免れたが、安堵する暇はなかった。


「な! ぎゃああぁぁ…………」


 落ちた仲間から悲鳴が響く。目を向ければ映るのは仲間とそれに取りつく粘液生物(スライム)それも十や二十なんて数ではない。すぐに仲間は粘液生物(スライム)に飲み込まれる。

 助ける術はない。粘液生物(スライム)に物理攻撃は効かない。魔法を使うか、松明など火があれば瞬時に死滅させられるが残念ながら持っていない。

 このまま落ちてしまえば自分も仲間と同じ結末を辿ることになる。

 頼みになるのは木の根を掴む腕だが、訓練や魔物の討伐で酷使し続けた腕だ。体を引きずりあげるくらいは出来るはず。だが、


「クルプフ!」


 いつの間にか豚人(オーク)が後ろにいた。棍棒を持った手を振り上げ、それを思いっきり振り下ろして―――。




「うわぁ、本当に全滅した……」


「だから言っただろう。ここの魔王を甘く見るな。私には良く分からんが、あいつは効率の良い殺し方を知っている。それも数や質を無視して殺す方法をな」


 ずっとあの魔王の近くにいたが何をしているのかさっぱり分からなかった。窪地を作ったり堀を作ったと思ったら糸で隠してその糸で壁を作ったり、戦闘指南をさせるのも各種族数匹だけ。分かったのは群犬(コボルト)にしていた訓練だけだ。

あれは良い訓練だ。全身に負荷がかかった状態での訓練は通常の訓練の数倍の厳しさになる。


「じゃああれッスか? 防備を固めて攻め込んでくるのを待つ」


「いや、それは駄目だ」


 即座に否定する。あいつなら砦や城くらい簡単に落としかねない。それに何より。


「これだけやれば人族が防備を固めるのを奴に教えた。なにか考えがあるはずだ」


「考えッスか? アリスさんは魔王の近くにいて何か聞いてないんッスか?」


「一つだけ、聞いたことがある」


 魔王の言うことを聞いて少しでも考えを理解しようとしたが、一か月という短い期間では何も得られなかった。いや、もっと長くても分からなかったかもしれない。

 そこで、少し前に覚悟を決めて聞いたことがあった。


「この戦闘が始まる数日前に聞いたよ。どこまでやるつもりなのかって」


「どこまでって、今回の戦闘の話ッスよね?」


「私はそのつもりだったがあいつは違った。あいつは『俺が安全に生きられるまで』と答えた」


「安全って、オワの大森林に防壁でも築いて引きこもるつもりッスかね」


 その程度だったらどれだけ嬉しいか。ただあの時の魔王は確かに笑っていた。感情の分かりづらい顔だというのにすぐに分かるくらいに。


「あいつは脅威となる周辺国家を滅ぼすつもりだ。そこまでして『安全』なんだ。今回の騎士団殲滅もその足がかりだろう。兵の質について聞かれたしな」


「そ、そこまで……。どうするんッスか。アリスさんが寝首をかくとか」


「無理だ、一度寝室に勝手に入ろうとしたが開かなかった。魔王にしか開けられないようでな。だからと言って起きているときに襲っても無意味だ。あいつは私の剣では傷一つ付けられない」


 サッと血の気が引いたように蒼白になるライル。私でも傷一つ付けられないということがどれ程異常なのか分かっているようだ。

 しかしライルが偵察に出てくれたのは私にとって幸運だった。もしライルが騎士団と一緒にいれば本当に騎士団が全滅することになっていたはずだ。そうなればこれを渡す相手がいなかった。

 魔王にばれないようにしたためた手紙をライルに渡す。


「それを王都にいる剣聖(師匠)に届けてほしい。私には無理でも剣聖(師匠)なら魔王を斬れるだろう」


「あの権力嫌いの剣聖を動かす手紙ッスか。さすが一番弟子。了解ッス! 必ず届けます」


 ここから王都まで一か月半。往復なら三か月になる。しかし剣聖(師匠)なら二か月で来れるだろう。


 ライルを外に逃がして私は魔王の下に向かう。

 私がこれからすべきことは魔王がこれから二か月、外に侵略などを開始しないように見張ることだ。


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