第二十四話 魔王の罠
「騎士団の侵入を確認しました」
その報告が来たのは俺が昼食を摂っているときだった。
朝の一報からいつ来るのかと緊張半分、ワクワク半分で待っていたがいつになっても来ず、群犬に偵察を向かわせ周りの集落には一切手を出さず向かっている、という情報を信じて待っていればやはり来ない。
待つのに飽きて私室で少し遊んだ後、果実を更に美味く出来ないかと創作料理を試し中々の出来だ、と食いながら感心していた時である。
もう少し味わいたがったが仕方がない。料理を掻き込む。
「げっふ、失礼。……確か偵察の話だと騎士団の規模は」
「五百程でございます」
ふむ、アリスの話より大分少ないようだが、ありがたいことだ。容易くなる。
本を通して見ると確かに一層の扉付近に何人か騎兵の姿があった。更に扉からまた一人騎兵が出てくる。
五百か、まだまだ時間が掛かりそうだな。
「軍犬。全員に窪地前に集まるように伝令を」
「申し訳ありません。すでに各種族に玉座の間前に集まるように伝令を出してしまいました。出過ぎた真似を」
おおう、すでに自分で考えて行動できるとは優秀だな。俺はその行動を、精神を高く評価しますよ。
「良い、最善を考え行動したのだろう。ならば褒めても責めるようなことをしない」
全員集まったら呼べ、と命じて軍犬を外で待機させる。
一人になった俺は本とにらめっこを開始する。目的は一つ。
団長さんは誰かな~。
ようやく二桁に届くか届かないか、と程度の数だったので全員のステータスを覗いて探していく。
その中に一人だけ百レベルを超える騎士がいた。
《名前》 ロルフレア・バッハ
《種族と階位》 人間族 Lv103
《職業》 槍士中級
周りの騎士のレベルが80~90と考えると頭一つ抜けた強さを持つのだろう。
まあ、ステータスを見る前から何となくそんな気はしていた。
騎士たちの顔を見れば分かるが明らかに歳が離れている。周りの騎士が若さと老いが入り交じり精根満ちる顔しているとすれば、このバッハは老いばかりが目立つ顔のくせに精根滾る老境に入ったおっさんだった。
他にも槍を握るその銀腕、見る限り閉じると開くしか出来ない義手のようだが槍を握る以上力は入るのだろう。傷の数も一人だけ多く、歴戦の勇士と分かる。
俺はその顔を焼き付けるように見ておく。どんな時でもすぐに見つけ出せるようにジーと。
全員が集まった、ということで外に出ればそこには三百人の配下が緊張した面持ちで待っていた。
もう少し気を楽にしてもいいのに。いや、ある程度は緊張感がないと駄目か。
全員に見えるようアリスには椅子になってもらい、その上に立ってふっと笑って見せる。
「安心しろ、今日お前らは誰も死なん」
不意打ちのような言葉に反応に遅れる配下。誰もがここで魔王から言葉を貰い意気軒昂のまま攻め込むと思っていたのだろう。
だがそれは困る。ここで鬨を上げられれば相手に攻めると教えるようなものだ。警戒されるような真似は避けたい。
だから出来るだけ静かで落ち着きのある言葉を選ぶ。声を張り上げないよう、それでもやる気だけは出てくるように。
「今日まで俺の指示通りに動いただろう。今日も指示通りに動け。そうすればお前らは死なん」
魔王の自信に満ちた言葉。それだけで全員の動揺が薄れ、無駄な緊張もなくなる。
その好機を見逃さず、次の段階に移る。
「命令、中悪鬼と女郎蜘蛛は弓を持ち部下を連れて窪地の上の木々に隠れろ。なお矢はアリスの戦闘指南を受けた者に鉄の矢を、他の物には石と木の矢を持たせておけ。行動に移れ」
サッと頭を下げる女郎蜘蛛、それにやや遅れて中悪鬼も頭を下げてそれぞれ部下を連れて移動を開始した。
更に続ける。
「命令、デークと蜥蜴隊長は部下を連れて窪地前の茂みに身を隠せ。俺の合図の後に窪地の周りに待機、出てこようとする騎士団を刺し貫き叩き潰せ。行動に移れ」
二人は同時に頭を下げ、部下を引き連れて移動を開始する。
「命令、軍犬は部下を連れて先の二人より更に後方に待機。手が足りない所を補ったり、逃げられた騎士を一か所にまとめて罠にかけろ」
すぐに頭を下げると群犬は迅速に移動を開始した。
良し、これで声を張り上げると言う問題はなくなった。
最後に残った粘液生物に命令をだして終わりだ。
「命令、粘液生物は例の所で待機。言っておくが仲良く分けろよ?」
喧嘩できるのか知らないが一応言っておくとは~い、と返してぞろぞろと粘液生物が移動する。ごはん~、ごはん~と口ずさみながら。
全員が配置についたのを確認して、特殊訓練をした群犬に作戦を説明して放つ。
後は窪地で待つだけ。固有技能の『偽りの私』で蜘蛛人の姿を借りて木々の上まで移動、変身を解いて待つ。
「おや? 魔王様。てっきり私の部下かと思いました」
丁度近くにいた女郎蜘蛛が俺に気づいてやってきた。
「すまんな、木に登るが楽そうだから姿を借りさせてもらった」
足が多いおかげか簡単に昇れた。
「それでしたら私の身体を利用されればよろしいのに」
「これは相手を視認しないと使えないからな。女郎蜘蛛は隠れるのが上手くて見つけられん」
「あらあら、今度はもう少し雑に隠れようかしら」
それは困る、と呑気に話をしていると騎士団に動きが出てきた。そろそろ全員出てくるかという時に一人偵察を出してきた。
これを野放しにしておくと盆地の存在や、伏せている豚人や蜥蜴人もばれてしまう可能性が高い。
「アリス、頼んだ」
「分かった」
言われてすぐアリスは身軽に木々を渡り、偵察のいる方へと姿を消した。
正直今回のアリスの配置は困っていた。配下とはいえ人族だ。騎士団の殲滅に直接参加させて良いものかどうか。
それなら偵察一人を無力化してもらい外れてもらった方が良い。
と、騎士団が動き出したようだ。
「女郎蜘蛛、俺が降りて少ししたら矢を放て。俺は無視して構わん。絶対に傷つかないからな」
何だか嫌そうな顔をされたので安全は保障しておく。アリスの剣で傷一つ付かないんだ。矢だろうが槍だろうが無傷で済む。
他の奴にも同様の指示を回すように言っておくと、群犬が騎士団を連れて戻ってきた。
そろそろ頃合いか?
騎兵のかなりの数が窪地に落ち、糸のおかげで転倒している。後はここで駄目押しの一撃を。
俺は先程目に焼き付けた団長をすぐに見つけ出して変身。
「何をしておるバカモノ! とっとと助けに来んか!」
相手の混乱に拍車をかけさせてもらう。おっと、更に騎兵が転んでくれた。
そうこうしている内に騎士団全員が盆地にまんまと入ってくれた。
後は『守りの戦闘態勢』に切り替え、準備完了。
いざ降り立つ!
「どうもお初にお目にかかるハウスター辺境伯の騎兵の皆さん。魔王ノブナガだ」
全員の目を集める。そうしなければわざわざ囮をする意味がない。
「遠路はるばるご苦労だったな。疲れただろう? 休むと良い、永遠にな」
さあ、始まりだ。