第二十一話 騎士団対策準備完了
全ては順調。
各種族から集めた精鋭はアリスが手を抜かず、育ててくれたおかげで弓も槍も使い物になる程度にはなった。特殊訓練を課した群犬も通常よりも脚力が大分強化されている。窪地の作成もほぼ完成し後は糸を張り巡らすだけ。蜘蛛人の糸製の服も全員に配り終えた。粘液生物との協力により凶悪な罠も出来た。
豚人も作物が芽を出し始めたと嬉しそうに報告に来たし、蜥蜴人からも水質は外と変わりなく枯れる心配もないとのこと。
騎士団が来るとされている期限もそろそろで時間的にも丁度よく、やり残しが無いか確認して見回っていると女郎蜘蛛に出会った。
「ん? どうしたこんな時間に」
今は日が沈みかけ仕事が終わり、ほとんどは飯の支度をしている時間のはず。
「これは魔王様! 申し上げにくいのですが水浴びに行こうと思いました」
どこか照れるように言う女郎蜘蛛。確かに仕事が終わった後だ、汗も流したいはず。それに魔族とはいえ女性なのだ。身だしなみに気を使うのは当然。
「不躾な質問だったな。すまない――」
一瞬脳裏に浮かぶのは豚人の体臭。もしかしたら臭いで居場所がばれる?
「待て女郎蜘蛛。せっかくだから玉座の間にある浴場を使え。蜘蛛人も呼ぶと良い」
「よろしいのですか!?」
「構わん。近々戦うのだ、その程度の贅沢は許す。その代わり入り終わったら他の種族にも教えろ。必ず全種族を浴場に入れるんだ」
「ありがとうございます! すぐに集落の皆に教えに行きます」
女郎蜘蛛はそう言って集落へと走って行った。
「魔王、聞きたいことがあるんだが」
人が玉座に座りながら読書中だと言うのにアリスは遠慮もなく話しかけてくる。何でここに座っているか分かる? 頑張っているアピールの最中なんだよ。
「何の用だ。風呂なら今は小悪鬼が入っているから後にしろ」
「何を言っている、すでに勝手に入った。そんなことより」
勝手使ってんじゃねえよ。というか毎日使ってるんじゃないかこいつ。
「どこまでやるつもりなんだ?」
「…………質問の意図が分からん」
「私にはお前の考えが読めなかった。これだけ近くにいて何をしているのかまるで分からない。でも、生かして捕らえるとか、適当に殺して追い返すようには見えないんだ」
「…………続けろ」
「続けるも何もない。私の質問は最初に言っている。どこまでやるつもりなんだ?」
凍りつくような緊張が場を支配する。初めて出会った時のような殺気が漂う威圧とは違う。根本から異なる別の緊張。
異なるは、覚悟か。
最初は何があっても相手を殺す覚悟、今は殺されても成そうとする覚悟。似て非なる二つの覚悟。
だから俺は微笑む。覚悟ある言葉を誤魔化すほど外道ではない。
「俺が安全に生きられるまでだ」
受け取り手により解釈が変わるような言葉だが、事実だ。俺の最初からの方針だ。
まるで探るような目線を受けるが、それで腹の内が探られてしまうほどこのハニワ顔に多様性はない。
「そう、分かった」
何が分かったのか、それは告げずアリスは私室へと戻っていった。
………あ? そこは俺の私室でお前の部屋じゃねーぞ。
「ま、魔王様? なにやら恐ろしい気配がしましたが」
浴場から恐る恐るとした様子で中悪鬼が顔を出した。
「何でもない。浴場に入るのはお前らが最後か?」
「い、いえ。粘液生物が「垢、汚れ、ごはん」などと言って最後だけは譲りませんでしたので」
「ああ、なるほど、そういうことか」
あいつら垢舐めでもあったのか。まあ、掃除が楽で助かるから良いが。
そして三日後の朝。騎士団来襲の報が届く。