第十八話 魔王の配下
集落に戻ると魔族は半数以下に減っていたが、予想よりも残った方だ。
「各種族の長以外は自由に行動すると良い。長は私に付いて来い」
残った種族は小悪鬼を率いる中悪鬼、群犬をまとめる軍犬、豚人とその頭の猪豚人、蜥蜴人と中心の蜥蜴隊長、粘液生物の群れにいる一匹だけ体格の違う大粘液生物、蜘蛛人を仕切る女郎蜘蛛。
計十二種六種族、三百人程。どれも一階位と長の二階位の群れ。三階位は出て行った群れの中にも見られなかった。
やっぱりオルギア級はいないか。いるとかなり心強かったんだが。
「では全員ここで待機。長のみついて来い」
俺は各種族の長を連れて玉座の間に戻ってきた。長たちは落ち着かない様子で周りの者を見ながらそわそわしていた。見慣れない物ばかりで興味と恐怖が入り混じっていた。
そんな彼らを見ながら俺はアリスを探した。出て行く前まで玉座の間にいたはずなのに今はいない。勝手に狩りにでも行ったのかと焦ったが、すぐに見つかった。
私室のソファでぐーすか寝ていた。適応能力が高いなどと言い換えればいいのだろうが、くつろぎすぎだろ。
俺は寝ているアリスを抱きかかえるように下から持ち上げ。
ちゃぶ台返しの要領で吹っ飛ばした。
瞬時に目覚め、体勢を整える。着地と同時にその場から跳躍し抜剣。
一流の剣士ということを思い出させてくれる惚れ惚れとした動きだった。最後の抜いた剣が折れていなければなお良かったが。
「アリス、これからの方針について話があるから来い。それと勝手にソファで寝るな」
玉座の間に戻ると俺を迎えたのは魔族たちの驚愕の表情だった。気持ちは分かる、襲撃者を平然と従えているのだ。
「配下の女剣士アリスだ。配下同士仲良くしてくれ」
「アリスです。よろしくおねがいします」
言外に過去のことは水に流せと言っておく。アリスが危ないからじゃない。彼らが危ないからだ。アリスなら全員を相手にしても勝てるだろう。……まともな剣があれば。……いや、素手でもいけるかもしれない。
未だに驚きの中にいる魔族を置いて話を進める。
「君たちには話すことがある。アリス、次にくる敵について話を」
「ハッ。遠からずこの森にハウスター辺境伯騎士団の騎兵がやってくるだろう」
魔族の顔が驚愕から恐怖へと変わる。俺には分からんが彼らには恐怖する対象のようだ。
「何故、分かる」
聞いたのは蜥蜴隊長。二足歩行する碧い鱗の蜥蜴だが背筋が真っ直ぐして姿勢も良い。物をすり合わせるような高い声だが、さすが二階位。言葉が流暢に聞こえる。
「そういう手順だからだ。魔王誕生の報せが出るとその辺りに偵察を送り込む。偵察の役割は場所の特定、あわよくば種族、能力の確認。
次に主力級による魔王の撃破。種族や能力が判明していれば相性が良い奴が送り込まれるが、今回は分からず近辺最強の私に声が掛かった。
そして主力級が帰ってこなかった場合、数の暴力で魔王討伐に乗り出す。それを超えられると手を出しても敵わぬと判断して防備を固める。これが魔王対策とその手順だ」
魔王としては嫌な対策だ。聞いてみればここ十数年はこの方法で魔王を誕生と同時に討伐してきたらしい。
「さて話を戻そう。相手は騎兵、数は多くて八百ほどだろう。辺境伯の兵だ当然練度もそれなりに高いらしい」
こちらは子供老人合わせて三百。三倍近い差になるんだろうが。
「どのくらいで来る?」
「正確には分かりませんが、騎士団を集め、周囲を説得してくるでしょうから一か月ほどかと」
「一か月か」
思ったより長いな。大分余裕が出来そうだ。いや、暇になるか。
そんな俺と違って魔族たちの表情は暗い。騎兵、三倍差、一か月と単純に考えれば絶望的だろう。
単純に考えればだが。
「では次の話だ。君らの中で農耕に長けている種族はいるかね? 畑はあるが種はこれしかないんだ。もし持っていたらありがたいのだが」
「お、お待ちを魔王様。今は農耕などより騎士団の対策をすべきでは!?」
声を荒らげたのは猪豚人。顔からは立派な角が二本生え、全身が茶色の体毛で覆われている。二メートル近い巨体を持つのだからもう少し落ち着いてほしいものだ。
「何を言っている。森の中に入ってくるような八百程度の騎兵だぞ。しかも一か月後だ。対策など片手間で十分できる。それより農業だ。私は諸君らを飢えさせるつもりはない。狩りなどと不安定な物より安定して収穫できる農業に力を入れてもらう。
無論農業だけをやるつもりはない。諸君ら種族の特性を聞いて最も適したものをやって行くつもりだ。しかし最初は農業だ。何においても食の安定的確保は重要だ。分かったな!」
俺は、果実と肉だけの食生活に飽きたんだ! 野菜を食いたいんだ!
つい迸る情熱を上手く言葉を変え彼らの説得に向ける。
……あれ? 何で彼ら泣いてんの?