第十六話 タングステン
いやあ、危なかった。
目の前で跪くアリスを見て、先程の戦いを振り返る。
先制攻撃の『重力』十倍。あれで倒せるなどとは思っていなかったが、ああも簡単に立ち上がるとも思ってなかった。耐え切れず倒れるが死に至るほどでもなく、延々と苦しむ程度のダメージを入れられ、魔力残数を気にして変身するつもりだった。だというのにあっさり立ち上がり瞬時に間合いを詰めてからの攻撃。もし変身が間に合わなければ私の身体は二等分されていただろう。
まあ変身と言ってもベルトなどを使う類ではなく、俺の固有技能である『偽りの私』の能力。これは二重の者の固有技能『偽る私』の上位能力。
能力の一つは相手の姿、記憶、知識、性格、癖、技能などを完全に模倣できる。これは下位の『偽る私』でも可能だ。
もう一つは『偽りの私』だけしか出来ない能力、想像への変身。
これは自分が想像した姿になれる。とはいえ無限ではなくなれる姿は四つまで。
一つはいつもの姿、服装の俺だ。のっぺらぼうだった時もこれで変えたのだから。なのでこれが初期型扱いになるので魔力の消費はない。
二つ目が先ほどまで使用していた『守りの戦闘態勢』だ。しかしこれにはばれなかったがいくつか弱点がある。
まずは消費魔力。初期型からかけ離れるほど消費魔力は増大する。つまり調子に乗って大きな姿になればすぐに魔力が消費され、ぶっ倒れることになるだろう。
他には技能の使用不可。どうやら初期姿でしか技能を扱えないようになっているのだろう。
更にタングステンが重すぎるのか、俺は変身すると鈍重になる。一歩一歩が重いのだ。
他にも見つかっていない弱点がありそうだが、それを補って余りあるのが『守りの戦闘態勢』の性能だから仕方がない。
タングステンの身体の初お披露目、それと同時に放たれたアリスの斬撃。
アリスの剣が折れた瞬間、どちらが詰んでいるのかが決まった。
もし、アリスがタングステンを斬ることが出来れば、俺が詰んでいただろう。戦闘経験など皆無な俺だ。削るように殺されたはずだ。
しかし驚いたのは剣が折れてなお、アリスが戦いを続けたこと。両手に何らかの力を宿して俺に振るった。
当然剣で傷つかなかった俺に手でどうにか出来るはずがない。無傷な俺と壊れていくアリスの両手。
それでも同じ箇所を執拗に攻撃して破ろうとする執念。
その姿に感銘を受けた。抗う強者の誇りを見た。
だから俺はアリスを殺したくなかった。殺せば大量の魔素が手に入るだろう。しかしアリスを失いたくなかった。
アリスが攻撃を止めるまで待ち、尋ねた。
「さて、ではどうするかね?」
逃げる、と言えば手伝うわけにも行かないが目を瞑るくらいはしただろう。配下に加わりたくない、と言えばどこかに牢屋でも作り監禁して徐々に説得しただろう。
しかしアリスは配下になると言った。腹に一物あり気に。
まあ、何を考えていようが自由だ。それにアリスでは俺を殺せず、次に来る騎士団にアリスより強いのはいないと言っていた。
さて、魔族たちとも話して騎士団迎撃の準備をするか。