第百二十七話 ランジュタイ
二階層の影響は大きい。更に新種族や新入りの参入。これも中々に影響があったようだ。
その結果、想像を遥かに超える影響となり、ダンジョンのあちこちで問題が起きている。
おかしいな。予定では二、三日ほどで問題を解決してファース辺境伯に鉄腕の事を頼むはずだったのに。
二階層の探索もまだ、石切り場も道具がなく石壁の設置個所を検討中、ヒデら小悪鬼の所も樹霊や木人の素材回収待ち。
他にも配下の魔族同士の衝突。仲良くしろよな。
当分はダンジョンから出れそうにない。全ての問題が解決、といかずとも新たな問題が出てくるのを収めるまでは。
ああ、そういえばオルギアへの『技能付与』は成功したのだろうか。ときおり一階層に行っているが、大抵問題の報告と解決で終わってしまうため、とくに問題が起こっていない訓練などに顔を出せていない。
どう聞くかも問題だしな。新たに技能とか覚えなかったか、などと聞いて『技能付与』が失敗していた場合、完全におかしい奴だぞ。
あーやだ。引き籠っていたい。いや、引き籠ってはいるんだが。問題がやってくるんだよな。
唯一の救いはこうして玉座の間に居る時は誰も来ず、のんべんだらりとしていられるということか。
「ハニワの魔王よ、この赤い帽子を被った髭の人族が飛び回るげえむについて聞きたいのだが」
訂正。約一名俺の私室で俺以上に堕落した生活をしている闇の精霊がたまに来る。そして何より困ったことに。
「だから闇の精霊! お前アクションゲームは下手なんだからするなよ!? 詰まる度に聞きに来るな!」
「ぬ! 多少げえむが得意だから良い気になりおって! よかろう! ハニワの魔王の力を借りずともやってみせるわ!」
威勢の良い事を言ってまた私室に戻る闇の精霊。
俺は知っている。そう言ってしばらくするとまたこちらに顔を出して助言を求めてくるのだ。何より面倒なことに俺がやって見せるなどすると怒る。またはふてくされる。
あまりの酷さに密かに『重力』を使って潰してやろうかと思ったが、相手は闇の精霊。闇に重力など効くはずもなかった。
だからあいつから逃げるために俺は一階層に行こうと扉に近づくと。
「ノブナガ様、樹霊や木人の素材を回収して戻りました」
間の悪いことに軍犬のキュウが入って来た。わざわざ帰還の報告に来たようだ。
「あ、もしや一階層に向かう予定でしたか? お邪魔して申し訳ありません!」
「いや、問題はない。キュウ、素材の回収ご苦労であった。で、その後ろに置いてあるのは何だ?」
その通り、などと言えるわけもなく、何か話題を逸らす方法はないかと探すと、キュウの後ろに何かが置かれていた。
木のように見えるが丸太という訳ではない。縦に割られたかのように形も歪で、木目があるものの、やや白く特別な何かを感じさせる威圧感のようなものがある。
「はい。これは樹霊の中心から取れた木片であります」
話を聞くと樹霊や森人の素材は非常に多く、回収班のみでは全てを持って帰るのは不可能だった。しかも樹霊も森人も巨大。なので解体して持ち帰れるだけ持ち帰り、残りは後日にまた回収するということになった。
優先すべきは当然極上の素材になるであろう樹霊。
根や枝、葉なども念のために回収しつつ幹の解体をしていると、中心部分の色がやや違うことに気が付いた。
魔王である樹霊の中心部分ということもあり、特別な部位なのかもしれないとその色の違う部分だけを取り出したのが、この木片。
色が違うだけではなく、肌触りも木とは思えないほど滑らかであり、匂いも強くはないのに不思議とどこまで届くような香りを飛ばしている。
そのような希少な素材。ヒデに渡すよりもまずは俺に渡そうとここまで持ってきたとのこと。
……つまり肉で言うなら霜降り、魚で言えば大トロみたいなものか? なるほど、確かに貴重だ。ただの素材として消費するのはもったいないのかもしれない。
キュウからその木片を受け取る。想像以上に重い。あって良かった『身体能力強化』。なければ運ぶのに苦労しただろう。
運ぶ途中でほんのりと良い香りがする。決して主張することはないが、心が落ち着く微かな匂い。
……香木か? だとすれば『ダンジョンを造ろう』にしまうのはもったいない。玉座のすぐ横にでも置いておくか。だとするとこれを置くためのものを用意してもらって。
……香木。俺の物。つまりは宝物? 閃いた。
「キュウよ、これは非常に価値のある物だ。俺の宝としよう。そしてこれを見つけ、俺の所に持ってきた判断は非常に正しかった。だからお前に褒美を与えようと思う」
「あ、ありがとうございます!」
魔法の袋からこの間の褒美の品の余りであるナイフを取り出す。キュウはこれが褒美だと思って目を煌めかせて尾をブンブンと振っているが、残念ながら違う。
この木片が歪な形で良かった。ナイフを使って切るのはやや出っ張り過ぎた部分。
切り出した木片をキュウに渡す。ナイフはしまう。
目から輝きが消え、残るのは疑問。尾も静かになりくるりと巻かれている。
すまないな、キュウ。これは実験も兼ねている。お前達魔族がこれに価値を見出せるかどうかの。
「お前には俺の宝である……、名はどうするか? ランジュタイで良いか。ランジュタイの欠片を与えよう」
頼む、これの価値に気付いてくれ。
俺の頼みとは裏腹に、キュウの目から輝きも疑問も消えて失望の色が強くなっていく。
これで駄目なら諦めようと、最後の悪足掻きをする。
「これで、俺と同じ宝を持つことになるな」
目の色に変わりはない。やはり理解は出来ないのか、と思った矢先に。
キュウの尾が最初の頃よりも激しく動き始め、キュウの目に輝きと力が戻って来た。
「ノ、ノブナガ様! ありがとうございます! 一生の、一生の宝とさせていただきます!」
頭が割れるんじゃないかと思うほど勢いよくキュウが頭を下げる。良かった、理解してくれたようだ。
俺が頷き一階層に戻るように指示をする。キュウはご機嫌な様子で退室した。
「あー、良かった」
大きく安堵して玉座に座り、ちらりと木片に、ランジュタイに目を向ける。
はっきり言ってこれは木片だ。良くて極上の木片。ヒデなど工作を行う者からすれば垂涎の品かも知れないが、キュウなど工作に興味のない者からすればただの木だ。精々、香木が限界。
しかし俺が持ち、宝物として名を付けることで大きな意味と価値が出る。
簡単に言ってしまえば、魔王である俺がこれは凄いと言って大切にしているから、他の者もこれは凄いと思ってくれる。
これに文化だの歴史だのが加われば権威などという言葉が出てくるのだろうが。
今はそんなものは必要ない。必要なのは褒美がなくなってしまった際に渡せる宝物だ。
前回の論功行賞の時は運よくクエスト達成の報酬で様々な物を得ていたから良かったが、次もそうだとは限らない。
褒美として渡すものは特別なものでなければ俺の信用を失うことになる。ファース辺境伯との交易が盛んになれば俺が今まで渡していた褒美など一般的な道具か、高価な道具になり下がる。
勿論、交易をすることで褒美となる物を得られるかもしれないが、特別な褒美はいくつあっても困る物ではない。
今回はやや特殊な価値を含んだ褒美なので魔族に理解できるか知りたかった。オルギアなどは普通に理解してくれるだろうが、リンなどが気づいてくれるかは怪しかった。
ただキュウは理解した。そしてそれを持って一階層に戻った。ご機嫌で。きっと自慢するだろう。自分が持っている木片が、俺の宝の一部なのだと言いふらすだろう。
そうなればこのランジュタイは魔族にとって特別な褒美となる。後は俺が常に近くに置いて、褒美として滅多に渡さなければ価値がどんどん上がっていく。
このランジュタイはそれなりに大きい。良い物をキュウは持ち帰ってくれた。
それに今まで問題だった木材の回収をしてくれたのだ。これでヒデたちが動き出して、ここ最近の問題は大方解決するだろう。
とりあえず数日ほど様子を見て、問題がなければファース辺境伯の所に行くとしよう。