第百二十四話 新たな階層、新たな役割
皆が第二階層を入って来てから唖然としている。森からいきなり山の中だ。驚くのは当然だと思うし、周りだって見渡したくなる。
しかし、今はやるべきことはたくさんあるのだ。ここを眺めるのは後で好きなだけしてもらうとしよう。
手を叩いて全員の注目を集める。
「この瞬間、シバら群犬に命じていた石切り場の探索は達成されたとみなす。よって、シバは族内から一名選出せよ。名を与える。また他の名を与える者たちも前に出よ。ここで名を与える」
名を与えるのは妖鳥人と蛇長人。それと蜥蜴隊長に軍犬か。
蛇長人や蜥蜴隊長はおおよそ決まっているが、妖鳥人や軍犬はどんな名が良いかも聞いていない。聞いてすぐに思いつければいいが。
「まずは妖鳥人。聞くが、どのような名が欲しい?」
「名前? えっとね、強そうで、かっこよくて、覚えやすくて、言いやすくて、王様みたいに偉い名前が良い!」
単純な頭をしているが故に要望を全部ぶっこんで来やがった。他の奴のようにまとめる事とか出来んのかこいつは。
しかし名を与えると言ったし、出来る限り要望に沿った名を考えないと。
強く、かっこよく、覚えやすく、言いやすく、王様のように偉い名前。
無理じゃ……? いや、待てよ。
「妖鳥人よ、お前の要望に合う名がある。しかしこの名はそのままでは覚えやすくて言いやすいだけだ。お前が王のように偉くなれば強くてかっこ良い名になる。頑張れるか?」
「頑張れる!」
「ではこれからはホウと名乗るが良い。いずれオウが付くと良いな」
ホウ、ホウと何度か呟いた後に嬉しそうに羽ばたいて子供の様にはしゃぎ出した。うん、嬉しいのは分かるが、うるさいフクロウみたいだから止めなさい。
まあ、いずれ疲れて止めるだろうから次に進もう。蜥蜴隊長の番だな。
「確か、リンに負けぬような名だったな」
「はい、その通りです!」
ホウに比べて何と簡単。名付けしやすい理由は大歓迎だ。
「リンの名はな、勇気のある者を示す。お前には力のある者、ガノの名を与えよう」
どこで区切るか迷ったが、音が強い部分にした。不満は、なさそうだな。
「ありがとうございます、これからはガノと名乗ります!」
「リン共々頑張るように。次は蛇長人か。まだ要望を聞いていない中で済まないが、お前の名をすでに考えてある。それでも良いか?」
ガノが下がり、蛇長人が前に出る。
蛇長人の名を考えるとどうしてもある名が脳裏にちらつく。無理に他の名を付けてもいつか呼び間違える自信がある。
ならば今脳裏にちらついている名にしてしまった方が安心なのだが、名は蛇長人のものだ。もし要望があると言うのならそれを聞かねばならない。
そして要望に沿うような理由を必死に考えて脳裏にある名を付ける。
「ノブナガ様がすでに私の為に考えてくださった名、そのまま頂きたく思います」
要望はなし。非常にありがたい。
「では、これからはマツと名乗れ」
「はい、ありがとうございます。その名にはどのような意味があるのでしょうか?」
裏切りを繰り返して爆死する、などと言えるわけもなく。
「建築を得意とする名だな。ああ、これはやや別になるが子だくさんという意味もある」
「子だくさんですか。種族の数が減ってしまった私たちには良い名ですね。ありがとうございます」
他の優れた所を考えている間に、同じ名の他の人物が浮かんだ。なのでそれも付け加えると、気に入ってくれた様子。
そりゃ、建築上手と言われるより子だくさんの方が嬉しいよな。
「さて、最後になるがシバよ。誰に名を与えるか決まったか?」
「はい、この者に。この者は首領悪鬼の軍勢との戦いで族長と名持ちがいない中、他の種族共々見事に指揮した者です」
「ほう、それは優秀。どのような名を望む?」
シバが選んだのは珍しく小柄な軍犬だった。
手柄を上げる者と言えば大抵はガノや猪豚人のゴウのような大柄な者が多い。エナやセキ、イチなども大きくはないものの、決して小さくはない。
大柄な者が前に出るために小柄な者が指揮を執る、などの理由があるのだろう。
「わ、私個人では非力でして、なので集団の力をもっと引き出せるようになりたいです」
集団の力をもっと引き出せる、つまり指揮能力が高くなりたいと言うことだろうか。
指揮が上手い、となると候補がいくつもある。むしろあり過ぎて困るくらいだ。どうしたものか。何か異名のある者だと説明しやすいか。
「……名人? 堀、いやキュウか?」
「それはどのような意味が?」
「戦上手は勿論、何でもそつなくこなせる名だな。……そう、集団の力を出すと言うのは指揮だけにあらず。他のこともこなせて一人前。それらを一人前以上に、名人と呼ばれるほどに上手になれ、という意味だな」
「おお、それは! 素晴らしい名です。是非その名を!」
「そうか? ではこれよりはキュウと名乗れ。期待しているぞ」
シバの系列なら犬だしチヨの名も良いかと思ったが、キュウの方が要望に沿う名に思えた。即席にしては悪くはないだろう。
「では名付けはこれにて終了とする。次にするのはこれからの話。見ての通り二階層が出来てダンジョンも大きくなり、種族も増えた。なので今一度役割を確認しようと思う」
反対意見は無し。皆が黙って話を聞いてくれている。……アリスやトドンは関係ないとばかりに寝ているが。スズリに目配せして起こさせる。
「まずヒデら小悪鬼は今まで通り物作りに励んでもらう。新入りについては飯を食わせてからアリスの所に突っ込み、体力を付けてから作業を教えてくれ。あ、種族が増えたから作業量が増えるな。しかも家屋の建築や石材確保の見通しが立ったから石壁も作らないといけないな。少し頭数が増えただけで作業量は倍近く増えている。各種族で助けてやるように」
うーん、悪いが当分暇になることはないな。せっかく森人や樹霊の素材が手に入ってクロスボウやバリスタの開発が進みそうだったのに。そちらに時間を回せる余裕があるだろうか?
「次はシバら群犬だが。新入りの扱いは同じだ。飯を食わせてアリスの所に突っ込ませろ。その後に色々と教えてやれ。それで役割である警備や伝令だが、少々見直す必要がある。まず警備についてだが鳥人と協力して上と下からの二重警備で実施しようと思う。すぐに、とは行かぬだろうが覚えておくように。また伝令だが、見ての通り二階層が作られ広くなっている。何かあってもすぐに玉座の間に辿り着くのは難しい。そこで狼煙ならぬ遠吠えを使う。二階層の入り口から玉座の間まで何名か配置して緊急時に遠吠えで知らせるのだ。俺は玉座の間から一階層に直接移動できるので詳細は不要。一階層に着いてから聞く。何名配置するかはそちらで二階層の広さや地形を考慮して考えてくれ」
やることは多いように思えるが実際はそれほどではないだろう。石切り場を探しに遠征させていた頃の方が忙しかったはずだ。最初の内は新入りと鳥人の方が整うまで二階層の調査しか特別することはない。暇だったらオワの大森林中央に置いてきた森人や樹霊の素材を回収して来てもらおうか。
「さて、カイら豚人も新人はアリスの所に送り込め。その後だが、二階層の探索を頼む。岩肌むき出しの山だが植物が生える要素があるかもしれない。必要なら闇の精霊を使え。役に立つかは知らないが。それと木人! 土や植物をお前らの力で改善、もしくは駄目な部分など分かるか? ……ふむ、木らしく土や植物について色々と分かるか。木人と協力して畑の改善、拡張を目指してくれ」
二階層に西の山脈をそのまま持ってきたものだ。元は緑のある山だったとオルギアから聞いている。二階層でも何かが栽培できるなら是非したい。現状の二階層は広いだけだからな。
それと豚人と木人の協力。木人曰く「土と植物の状況は大体わかる……かも」と言っていたのでやらせる。土や植物の状況さえ分かれば豚人たちで何とかしてくれるだろう。ダンジョン内でワリの実の栽培だって可能になるかもしれない。
「リンら蜥蜴人は似ているようで若干異なる。岩蜥蜴はアリスの下に送る。ただその前に岩蜥蜴は蜥蜴人とどのように異なるのかを調べて欲しい。その結果は俺とアリスに伝えてから訓練させるように」
蜥蜴人と岩蜥蜴。近親種なのだろうが、やはり違う者同士。同種族としてまとめると些細ないざこざがあるだろうが、その辺りを考えて役割は今まで通りにする。変化がない分一番楽そうに思えるが、岩蜥蜴との関係次第では最も大変になるのではないかと思う。
「それでランら蜘蛛人だが、しばらく目が回る忙しさになるだろう。鳥人や蛇人の服。更に言えば服の形も少々特殊なものになるので苦労するだろう。木人はいらないが、他の種族の新入りの分も必要となる。更に石壁作りで蜘蛛人の糸が必要になるかもしれない。ヒデ同様、暇はないと思って欲しい」
役割が増えたわけではないが、やることは大幅に増加している。しかし数が増えたわけではない。目の回る忙しさになるだろう。しかもヒデら小悪鬼と違い、他種族から協力を受けることも出来ない。蜘蛛人の糸を出せるのは蜘蛛人だけだからな。
「ヴィら粘液生物はこれまでと何ら変わりはない。今まで通り過ごしてくれて良いが、人族の町に興味はないか? あるだろう? いつか、とは言えぬがオルギアの鉄腕の件で外に出る時に共に来ないか? さすがに全員は無理だな。ヴィとセキで何名か選んでおいてくれ」
粘液生物の役割には特に変わりはない。精々食事が増えるという喜ばしい事だけだ。だから外に出る際に話もしておく。鉄腕をオルギア用に直してもらえるように頼みに行くのだ。何らかの対価が必要となるだろう。その一つとして粘液生物のゴミや汚物の処理能力を知ってもらう。勿論、他にも対価になりそうなものを考えるが、粘液生物のゴミ、汚物の処理を主軸に置きたい。そうすれば人族と魔族の間が狭まり、魔族、魔王だからという理由で襲われることがなくなる。更に粘液生物の貸し出し、鳥人の空輸などを行うことが出来るようになれば収益となり、交易品も増やせる。
危険が減り、交易品を増やせ、俺は外に出ないで済む完璧な計画。その第一歩が粘液生物なのだ。
しかしそうすると外でのまとめ役が必要となるか。……まあ、まだ先の見えない計画だ。その頃までに誰かが成長するだろう。
「それではホウとマツ、木人よ。聞いていて分かったと思うが、このダンジョンに住む以上何らかの役割を負ってもらっている。鳥人と蛇人は一度アリスの訓練を受けて体力をつけてくれ。木人は、体力が付くのか? 期待は出来ないな。木人はカイの指示の下、畑の作物や土の様子、また二階層の土の調査をするように。カイの迷惑にならんようにな」
木人は他の魔族と違ってかなり特殊だ。粘液生物くらいに特殊な生き物だ。だから木人には木人にしかできないことをしてもらう。いまは豚人と共に土や植物を調べてもらうが、いずれは木人だけで行えるようになるのが望ましい。まあ、カイの指示の下と言われて喜んでいる様ではまだまだだろうが。多分自分で考えなくて良かった、とか考えているぞ。
「ホウら鳥人は先程も言ったが訓練後はシバら群犬と共に警備についてもらう。が、それとは別にどれくらいのものを持って飛べるか、どれほどの速さで飛べるか等を調べる。我がダンジョンで空を飛べる唯一の種族なのだ。期待しているぞ」
鳥人は貴重な飛行する種族だ。頭こそ問題があるものの、種族としての可能性は魔族随一。警備では空からの監視、平時であれば空輸を担当し、戦時であれば飛行戦力として十分な活躍が出来るはず。
そのためにはまず鳥人の飛行能力を知らねばならない。どのくらいの速度で、どの程度の重さを持って、旋回能力はどれほどなのか。何名かで連携して重い物を持つことが可能なのか。一日でどれほど飛べるのか。調べなければならないことは無数にある。
……面倒だな、指示だけして後はスズリに投げよう。
「マツら蛇人も訓練を受けた後に石壁作りの石材を運んでもらう。正直な所蛇人は何が出来て、何が得意なのか分からないのでな。荷運ぶの傍らで色々と試験運用もしてもらうことになるだろう。各種族を一通り回ると思ってくれ」
蛇人は現状では何をさせるのか最も悩んでいる種族だ。その蛇のような特殊な胴体は獲物を絞め殺すのに非常に適しているのかもしれないが、ダンジョンで何の役に立つのかが不明。意外に踏破能力は高いので二階層で何らかの役割を与えられるかもしれないが、今はまだ分からないので誰でも出来る荷運び、石材の運搬を任せる。
胴体が蛇ということ以外は普通なのだ。何か適する役割があるだろう。
「アリスは今まで通り訓練を担当してくれ。オルギアはアリスの補佐だ。ライルはヒデの手伝いをするように。イフリーナ、セルミナはアリスやトドンの手伝いだな。トドンは石壁作りを監督してくれ。スズリは……色々だ。頑張れ」
人族とオルギアにも手早く指示を出す。といっても人族はトドンとスズリ以外は特に変化はなく、オルギアもアリスの手伝いなので事細かに指示する必要はない。
ただトドンは二階層で最適な石切り場を探さなければならないし、スズリには俺の代わりに面倒事を色々とやってもらう必要がある。
こちらの意図が伝わってしまったのか、スズリが非常に嫌そうな顔をしていたが知らぬ。
さて、これで全て終了。後は数日間皆の様子を見て役割を問題なくこなせるかを確認した後に、オルギアと粘液生物、トドンを連れてファース辺境伯に頼みごとをしてこなければならない。
……まだまだやることが残っているぞ? 当分暇になるはずだったのだが……。
とりあえず今日だけはもう休もうと解散を口にしようとした瞬間。
「ノブナガ様、お願いしたいことがございます」
蛇長人、マツが前に出て来て頭を下げて来た。
冷静な振りをしながら周りの反応を見ると誰もが驚いている。つまりこれは配下の魔族の願いではなく、マツ個人の願い。
族長などは冷ややかな視線をマツに向けている。褒美として名を受け取った上で何を願うのか、とやや怒りが混じっている視線だ。
「何だ?」
とにかくマツの願いを聞かねば対処のしようがない。しかしマツの願いは非常に判断に困るものだった。
「現状、我が種族は非常に数が少なくなっております。卵を産む許可を下さいますでしょうか?」
願いは出産、ではなく産卵。まあ、似たようなもので数を増やす行為だ。
今のダンジョンは二階層が出来てそれなりに余裕がある。しかし新入りや新種族を招きまだ日が浅い。これからどうなるかなどまだまだ分からない。それなのに、数を増やす?
「スズリ、現在の各種族数は分かるか?」
「申し訳ありません。同種族を迎え入れ、新しい種族もおりましてまだ把握できておりません。今しばらくお時間をください」
ただ断る理由が欲しかっただけなのだが、分からないと言われてしまった。となると、どうするか。普通に断っても良いが、マツの真剣な表情。蔑ろにするのは躊躇われる。
「……マツよ、気持ちは分かるが現在は各種族の個体数も把握できていない状況だ。いや、出来ていたとしても、他の種族と同じ程度に増やすのは確実に反感を買うことになるだろう。なんら功績がないのに、と。それは俺としても避けたい。それに、新入りや新種族を受け入れ日が浅く、安定しているとは言い難い。よって、現状では許可は出せない。しかし、マツが真摯にこちらに願っているのも事実。故にだ、石壁が出来た際の報酬として、許可したいと思う。それならば、日が経ち安定しているだろうし、個体数の調査も終え、どれほどまで増やして良いかの判断基準も出来よう。それでも良いか?」
「はい! 格別の配慮、ありがとうございます」
今は駄目だけど、後なら良いよ戦法。要は問題の先送りで、時間稼ぎに過ぎないのだが、石壁完成まで時間を稼げれば十分だろう。
他の願いを申し出る者はいないか、やや恐怖しながら見渡すも誰もいない様子。良かった、想定外の出来事は苦手なんだ。
「では、解散とする!」
……あれ? 闇の精霊の奴がいねえぞ! 自分の紹介が終わったからと帰りやがったのか。休んでいるのか、俺を差し置いて!?
許せん! 俺もとっとと休んでやる!